店長代理と世界一かわいい王子様 ~コーヒー一杯につき伝言一件承ります~

くる ひなた

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4話 新しいコーヒーを召し上がれ

新しいコーヒーを召し上がれ 2

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 時刻は十五時半を少しすぎたところ。
 三階大会議室から大階段を下って一階まで戻ってきたイヴは、同行したウィリアムと顔を見合わせた。
 『カフェ・フォルコ』の前が何やら騒がしいのだ。
 
「あー、あなた! いつぞや見た愛想のカケラもない男じゃない!」
「うちは愛想で商売しているんじゃなくて、コーヒーの味で売ってるんだよ。俺の面に文句があるならとっとと帰れ」
「はー? その接客態度はどうなの? っていうか、イヴちゃんをどこへやったのよ!?」
「イヴには使いを頼んでいる。あの子に会いたいのなら、出直してくるんだな」

 カウンターに向かって息巻いているのは、先日一緒に浮気男を振って意気投合した侍女、リサとヴェロニカである。
 それぞれキツネ族とヤマネコ族の先祖返りである二人の頭の上には、今日もフサフサの三角耳が立っていた。
 一方、常連客である彼女達を前にして、にこりともしないのが……

「リサさん、ヴェロニカさん……愛想のない兄ですみません」
「あっ、イヴちゃん! わわ、ウィリアム様も!?」
「って、兄? これが!? ぜんっぜん、似ていないっ!」

 イヴの兄、オリバー・フォルコである。
 かれこれ一月以上留守にしていたが、先ほどひょっこりと帰ってきたのだ。
 確かに、イヴが黒髪なのに対しオリバーの髪はプラチナブロンドで、兄妹の印象はまるで違っている。
 全然似ていないというリサの指摘に、ウィリアムは一瞬顔を硬らせたが、オリバーはフンと鼻で笑った。
 そうして、彼はカウンター越しに腕を伸ばしてイヴを引き寄せると、頬同士をくっ付けて言う。

「似てないわけあるか。よく見ろ、目なんてそっくりだろう」
「えっ……まあ、瞳の色は、似てるといえば似てるけど……」
「それに、笑えば瓜二つの愛くるしい兄妹だと昔から評判なんだぞ」
「そう言うなら笑ってみせなさいよ。その仏頂面じゃ判断しようがないわ」

 オリバーの瞳は、深い茶色みがかった色合いをしていた。
 黒いエプロンの下は簡素な白いシャツ。ロケットを首に下げているため、銀色の細い鎖が襟元から覗いている。
 リサとヴェロニカはまだ何か言いたそうだったが、オリバーはそれぞれの手にカップを押し付けると、しっしっと手を振って追い払う仕草をした。

「それ、うちの新作候補。試飲させてやるから、向こうのテーブルで飲んできてくれる? ここにいられると邪魔だから」
「「感じわるっ……!!」」

 そうして、ブーブー文句を言いながらも侍女達が離れるのを見届けると、彼はイヴの隣に並んだ幼馴染みに向き直った。 

「やあ、ウィリアムくん。ただいまー。元気にしてた?」
「おかえり……相変わらずだな、君は。しかし、もう少し愛想よくできないのか?」

 呆れた風に問うウィリアムに、オリバーは大真面目な顔をして首を横に振る。
 
「俺の愛想は有限なものでね。旅先で使いまくってきたから今は枯渇しているんだよ」
「そういえば、異国で兄さんを見かけたという方から、アンドルフにいる時とはまるで別人で不気味だった、と言われたことがあります」
「何でも極端なんだよ、オリバーは……」

 新たなコーヒー豆を求めて大陸中を旅するオリバーは、初対面の相手との交渉を円滑にするため、外では実に感じのいい好青年を演じているらしい。
 しかし元来の彼は愛想がある方ではない。
 そのため、祖国に戻ったとたん、一切取り繕うのをやめてしまうのだ。
 
「それで、イヴ? どうだった? 新しい豆の評判は」
「上々でしたよ。マンチカン伯爵閣下が、ご家族にも飲ませたいから焙煎したものを少し譲ってほしいとおっしゃっていました」
「なかなか個性的でうまかったな。深煎りでも、風味がしっかりと残っていた」

 イヴとウィリアムの言葉に、オリバーがなるほどと頷く。

「産地が火山の近くでね。肥沃な火山性土壌で栽培されているんだ。高原地帯だから、日中は暑くて夜は涼しい。その寒暖差を活かすことで、旨味が凝縮された豆ができあがるらしいよ」

 彼は続いて、立ち飲み用のテーブルで試飲している侍女達にも声をかけた。

「そこのお姉さん達。コーヒーの味はどう?」
「酸味が控えめでコクがあって、おいしいと思うわよ。淹れた男が気に入らないけど」
「シナモンやハーブみたいな風味がして、かなり好き。淹れた男はいけすかないけど」

 自分に対する彼女達の辛口評価は気にも留めず、今代のフォルコ家当主はここで初めて満足そうな笑みを浮かべた。

「じゃあ、期間限定で品書きに加えてみるかな」







「――オリバーが戻ったそうね」

 そんな声が響いたのは、ちょうど『カフェ・フォルコ』が閉店時間に差し掛かる頃だった。
 せっかく戻ってきたというのに、店長オリバーはまたイヴに店を任せている。
 ウィリアムやマンチカン伯爵を引き連れて、新しいコーヒー豆を焙煎しに行ってしまったのだ。
 不在の兄の名を紡いだのは、凛とした若い女性の声だった。
 続いて、チャリン、と硬貨が料金箱に落ちる音が響き、カップにホイップクリームを盛っていたイヴは顔を上げる。

「いらっしゃいませ……何になさいますか?」
「結構よ。誰がコーヒーなんか飲むものですか」

 愛想よく問いかけるイヴとは対照的に、相手の女性は無愛想に返した。

(コーヒー専門店に来ておいて、コーヒーなんか、はないでしょうよ……)

 そう心の中で突っ込みを入れたのは、この時カウンターでコーヒーを待っていたマンチカン伯爵家のジュニアだ。
 この日も猫又じいさんのお守りで王宮を訪れたものの、焙煎の煙がどうにも苦手なため同行を拒否。『カフェ・フォルコ』で時間を潰すことにしたのだ。
 イヴがこの時作っていたのは、彼の〝いつもの〟――カフェモカだった。
 
「コーヒーをご注文なさらないのでしたら、お代はいただけませんよ――ルーシアさん」

 ジュニアがネコ族の先祖返りである一方、イヴがルーシアと呼んだのは、オオカミ族の先祖返り。
 ただし、その姿はウィリアムともロメリアとも違っている。
 彼女は、オオカミの耳と尻尾があるだけではなく、マンチカン伯爵や庭師のラテみたいに、ヒト族の血を感じさせない獣そのものの姿をしているのだ。
 白金色の毛並みに覆われたその身を包むのは、上品な青のワンピース。足下は、黒い編み上げのブーツだった。
 ジュニアは頭の上の猫耳をピンと立て、目を丸くして彼女を凝視する。
 その前にカップを置くと、イヴは料金箱を開けて硬貨を一枚取り出した。
 入れられたのは金貨だったようで、コーヒー代として受け取ったとしても、おつりを渡さなければならない。
 ところが、オオカミ娘ルーシアが目に見えていらいらとしだした。

「コーヒーはいらないけれど、伝言を頼みたいから対価を支払ったんでしょ。それくらい、察しなさいな」
「いえ、困ります。伝言を承るのはあくまでコーヒーのおまけであって、それを商売にしているわけではありませんので」

 オオカミ娘の名はルーシア・メイソン。イヴやロメリア王女と同い年の、メイソン公爵家の娘である。
 実は、現メイソン公爵の姉が先代のフォルコ夫人に当たるため、イヴとルーシアは従姉妹同士ということになるのだが……

「つべこべ言わずに受け取ればいいのよ。本当に融通が利かないわね。これだから、どこの馬の骨とも知れない女の子供は嫌だわ」

 吐き捨てられたその台詞に、金貨を返そうとしていたイヴの手が小さく震えた。
 横で聞いていたジュニアは、盛大に顔を引き攣らせている。
 メイソン公爵家の人間は総じてプラチナブロンドの髪をしており、オリバーのそれは母譲りである。
 一方、アンドルフ王家の末席に連なるフォルコ家の多くは、銀色の髪をしていた。イヴ達の父もそうだ。
 けれども、イヴの髪は黒い。それの意味するところは……

「一人前に家名を背負っていい気なものだわ――私生児のくせに」

 ルーシアは、薄青色の瞳をイヴから逸らしてぼそりと続けた。
 イヴと王立学校の在籍期間が被っていないリサやヴェロニカは知らなかったが、実は同年代の間では有名な話なのだ。
 イヴがフォルコ夫人が産んだ子供ではない――つまり、オリバーとは腹違いの兄妹だという事実は。


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