ちっちゃな王妃様に最も愛されている男

くる ひなた

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第八話

王妃様はお姉様に進化する4

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 所変わって、マーラント伯爵家別荘の一室。
 テラスの向こうには池があり、あちこちに蓮の葉が浮いて模様のように飾っていた。
 レベッカが妊婦と判明したことで、大事をとって会談の場を客室に移したのだ。
 ちなみに彼らが庭から戻ってきた時、一階のテラスでは鬼畜面のケットと鬼畜面のヴォルフ帝国の騎士達が、マイリに言われた通り律儀にお茶をして待っていた。

「それにしても、マイリはすごいね。まだ腹も膨らんでいないというのに、よく見破ったものだ」
「わらわの母も、今お腹に子がいるからな。レベッカは、母と同じ顔をしておる」
「そうか……アシェラももう二人目を身籠っているんだね。それはめでたい」
「うむ! わらわな、おねえさんになるんじゃ!」

 えっへんと胸を張るマイリに、レベッカは柔らかな笑みを向けた。
 その面差しに確かに滲む母性を認めて、ウルはロッツに対するのと似た感慨深さを覚える。
 しかし、レベッカとその腹の子の状況を思えば、呑気にしてはいられなかった。
 またお姉さんぶってお茶を淹れ始めたマイリをさりげなく手伝いつつ、ウルは気遣わしげに問う。
 ちなみにお茶請けは、寒冷地であるヴォルフ帝国特産ベリー詰め合わせである。

「ジルは、子供ができたことを知っているのか?」
「いや……実は、まだ伝えられていない。エレメンスの方もいろいろと込み入っていてな……」

 エレメンス王国では、どうやらジルの弟である現国王だけではなく、妾とそれが産んだ子まで虫の息らしい。
 子供のいなかった正妃に至っては、夫を心配するどころかさっさと祖国に戻ってしまい、エレメンス王家はまさにジルを残して壊滅状態にあるという。

「妾と子まで? おいおい……まさか、流行り病か何かか?」
「いや、それがだな……」

 流行り病なら、ヴィンセント王国としても対応を考えなければならない。
 表情を固くするウルに、レベッカは他言無用と断ってから、声を潜めて続けた。

「どうやら正妃と折り合いが悪かった妾親子のために離宮を建てようとして、王城に隣接していた神殿の敷地を削ったらしいんだ」
「はぁ!?」

 ウルは素っ頓狂な声を上げ、反射的にマイリを見る。
 彼女はいつの間にかベリーが詰まったカゴを抱えてテラスに出ていた。
 せっせとカゴに手を出し入れしているところを見ると、随分とヴォルフ土産が気に入った様子。
 どうやら池を眺めているようだが、テラスには四歳児の背丈よりも高い柵が設けられているため、先の湖のように落ちそうになる心配はないだろう。
 マイリはウル達に背を向けたまま呟いた。

「王にふさわしくなかったんじゃなぁ」
「……そうだね。まったく、国王にあるまじき行いだ」

 マイリの正体を知らないレベッカは、エレメンス国王が妾のために神域を侵した行為を言っていると思っただろう。
 しかし、ウルは違った。彼は、ふと気づいてしまったのだ。
 ふさわしくなかったのはジルの弟の行いではなく、彼そのものなのではないか、と。
 エレメンス王国では、初代君主の直系しか玉座を継げない――そう定めたのが、ヴィンセント王国にとってのマイリのような存在だったとすると……

「神域を侵したこと自体はきっかけに過ぎない。最初から、玉座に座るべき者ではなかったのかも……」

 それはつまり、現在エレメンス国王として立っているジルの弟が、初代君主の直系ではない――前エレメンス国王の子ではないということになる。
 夫の不義を嘆いて亡くなったはずの前王妃も、実は不貞を犯していたということになるのだ。

「ドロドロしておるの」
「……」

 相変わらず背を向けたままの四歳児の冷ややかな呟きに、ウルはただ小さく息を吐くことしかできなかった。
 何も知らないレベッカは、そんな彼の顔色には気付かず続ける。

「正妃が毒を盛ったのではと言う者もいるが、彼女を先に蔑ろにしたのはエレメンス国王だからな。これ以上正妃の祖国から反感を買わないよう、ジルが国内に箝口令を布いている」
「いやいや、それにしても妾って……エレメンス国王の母親は、妾の存在に心を痛めて亡くなったことになってるんだろう? それなのに、自分も妾を囲っていたのかよ……」
「その母の弟……私の父の目を気にして、妾の存在は隠していたらしいんだがな。父が亡くなったとたん、やりたい放題さ。その挙句に天罰を食らって自滅とは……私も、とてもじゃないが父の墓前に報告できないよ」
「いや、うん……お父上には黙っていて差し上げるのがいいだろうな……」

 神域を侵したために、エレメンス王家は神殿からも凄まじい反感を買ってしまった。
 ヴォルフ帝国と同様にエレメンス王国の民も信心深い性分のため、神殿の発言力は大きい。
 国王や妾親子を擁護する者は誰もおらず、ジルはとにかく王家と神殿の関係を回復するのに必死のようだ。
 ただ、ジルが国に戻って以降は新たな災いが起きていないため、彼の存在が神の怒りを鎮めたとして、エレメンス王国も徐々に落ち着きを取り戻しているらしい。
 すなわち、エレメンス王国の家主がジルを新しい契約者として認めたということか。
 だとしたら、やはり彼が国王となるより他に、かの国を存続させる手立てはない。
 そして、ヴォルフ帝国もレベッカ以外に皇帝となりうるものはいないだろう。
 ウルが難しい顔をして考え込んでいると、マイリがテラスから戻ってきて、彼の隣のちょこんと腰を下ろす。
 その手元を見て、ウルはぎょっとした。

「おいっ、カゴが空じゃないか! いくらなんでも食べ過ぎだろう!?」
「わらわはちょびっとしか食うてはおらん。池におったこわい顔のヤツに分けてやったんじゃ」
「怖い顔のヤツ? 怖い顔のヤツって誰だ? ケットのことか?」
「何を言うておる? ケットの顔は〝こわい〟ではなく〝かわゆい〟だぞ?」

 守衛の鬼畜面に対する見解の相違はともかくとして、ちょっと食べたらすぐぽんぽこりんになる四歳児のお腹がさほどぽんぽこりんでないところを見ると、本人が言う通り一人でベリーのカゴを空にしたわけではないのだろう。
 それでは一体、〝こわい顔のヤツ〟とは誰のことなのか。
 訝しい顔をするウルの耳に口を寄せ、マイリが内緒話をするみたいに囁いた。

「ウル、全ての世界はつながっておる。そこな池だって、先の湖とも、海とも――もちろん、レベッカの国の湖ともつながっておる」
「ヴォルフの湖とも……?」

 レベッカは確か、ヴォルフ城の湖にはドラゴンの言い伝えがあるようなことを言ってはいなかっただろうか。
 はっと息を呑むウルをよそに、マイリはにこにこしながらレベッカに向き直った。
 
「おぬしの子は、わらわの弟か妹と同じ年の生まれになるんじゃな」
「ああ、そうだね……マイリは、弟と妹、どちらがいいんだい?」
「どちらでもよいぞ。弟でも妹でも、わらわがおねえさんになるのに変わりはないからな」
「そうか……」
 
 マイリがその誕生を楽しみにしている弟か妹は、やがてヒンメル王立学校へと進むだろう。
 そうして、レベッカが産む子と机を並べて学び、同じ寄宿舎で寝起きをし、喜びや悲しみを分かち合い、あるいは恋をするのかもしれない。
 ウルとマチアス、ロッツとアシェラ、そして、レベッカとジルのように。
 この大陸の国々は、いつの時代もどこかで必ず交わっていく。
 マイリが言うように、全ての世界は繋がっているのだから。
 レベッカとジル――ヴォルフ皇帝とエレメンス国王の選択は、いつかきっとヴィンセント王国にも影響を及ぼすだろう。
 どうせ巻き込まれるのなら、悲劇よりも喜劇の方が断然いいに決まっている。
 ウルはマイリが淹れたお茶を飲み干すと、改まって口を開いた。

「レベッカ、簡単なことではないかもしれないが、ジルとの未来を諦めないでほしい。マチアスの覚悟を、どうか無駄にしないでやってくれ」
「ウル……」
「だいたい、思い通りにならぬ人生も致し方ない、なんてしおらしいのはあんたの柄じゃないだろう。王立学校で王のように君臨していたレベッカ・ヴォルフのあの気迫はどこへ行った?」
「ウル、よしてくれよ。あの頃は私もまだ子供だったんだ……」

 自嘲して俯くレベッカは、幼い下級生達が憧れたかつての彼女とは程遠い。
 とはいえ、ウルだってもう、彼女を見上げるばかりだったあの頃とは違うのだ。
 マイリの視線を頬に感じつつ、ウルは毅然とレベッカに向かい合った。

「ジルと早急に話をするべきだ。それから――マチアスを国政に戻すよう進言する」

 ぱしゃん、と水の跳ねる音がいやに大きく聞こえた。



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