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第4話:もう一人の自分
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雨上がりの夜は、どこか街全体がひとつの夢の中にいるようだった。
舗道に積もった水たまりが街灯を揺らし、車のヘッドライトが濡れたアスファルトを一瞬だけ照らしては消える。
蓮は、駅前のアーケードを抜けた小道を歩いていた。
肩を濡らすことも、靴が水を吸うことも気にせず、まるで引き寄せられるように。
(あの感覚……また来る)
直感だった。
けれど、それは確信でもあった。
時間が一度、わずかに“戻った”公園。
あの場所に、もう一度行かなければならない気がしていた。
◆
そして、公園の入口に足を踏み入れた瞬間——空気が変わった。
ひとけのない公園。
夜のしじまに溶けるブランコの鎖が、誰もいないのに微かに揺れている。
蓮はゆっくりと視線を上げた。
そこに、“自分”が立っていた。
街灯の明かりに照らされた影。
25歳の自分と、瓜二つの顔。
けれど、着ているスーツはわずかに古く、表情には深い疲労と諦めの色があった。
「……お前、誰だ」
そう口にしたとき、自分でも滑稽に思えた。
答えは、言葉にするまでもなかった。
男はゆっくりとこちらに歩み寄る。
一歩、また一歩。
「久しぶりだな、蓮。……いや、俺」
「……未来の、俺、か?」
頷きもせず、男は傘をたたみ、近くのベンチに腰を下ろした。
雨粒が、まだコートの裾からぽたりと落ちる。
「お前、今……混乱してるだろう」
蓮は無言で頷いた。
「記憶が、少しずつ抜け落ちていく。名前が思い出せない。母親でさえ“誰かがいた”ことしか覚えていない。……そのうち、自分も忘れる」
「……なんでこんなことが起きる」
未来の自分は、ゆっくりとポケットから何かを取り出した。
古びた懐中時計。蓮が幼い頃に父からもらったものと、同じだった。
「これは“時間干渉”の副作用だ。
過去に干渉すればするほど、世界の自己修復力が働いて“余分な記憶”を削除していく。
そして、必ず対価が必要になる。
つまり、“誰かの存在そのもの”が消えるんだ」
蓮は口を閉ざした。
葵が言っていた“3人で遊んでいた”記憶。
母さえも忘れていた“もう一人”。
そして、自分の胸に残る空虚感。
(それは、ほんとうに……記憶の問題じゃなかったんだ)
蓮が問う。
「じゃあ、お前は……何度、過去に干渉した?」
「……三度だ」
答えは重かった。
そして、その次の言葉はもっと重かった。
「そのたびに、大切な人が一人ずつ消えた」
「……誰?」
「……最初は、翔太。
次に、父さん。
最後は……葵だ」
蓮は思わず立ち上がる。
胸が締めつけられるように痛んだ。
「……葵が……消えた?」
「俺は……救おうとしたんだよ。翔太を。事故を防ごうとした。でも、それだけじゃなかった。
気づいたら、もう“救う”という言葉自体が、目的になってた。
“誰かを助けたい”んじゃない。
“自分が後悔したくない”からやってただけなんだよ」
未来の蓮は、自嘲気味に笑った。
それは見ていて、酷く哀しい笑みだった。
「一度目は、“人を救いたい”だった。
二度目は、“自分の後悔を消したい”だった。
三度目は、“全部、やり直したい”だった」
「でも、全部……失ったんだな」
「そうだ。全部、だ。
そして、お前が今、その最初の段階に立ってる」
沈黙が流れる。
夜の公園は、虫の声ひとつなく、ただ雨の匂いだけが空気を満たしていた。
蓮は、手のひらを見つめた。
自分の記憶、自分の人生、自分の存在。
それらすべてが、何か脆く、壊れやすいものに思えてくる。
「どうすれば……失わずに済む?」
「それを俺は……まだ知らない。
だが、ひとつだけ言えることがある」
未来の自分は、まっすぐに蓮を見た。
その目は、過去の自分に対する願いと、未来の自分への呪いが混じっていた。
「“変えなければならない”と思う時点で、お前はもう選ばされてるんだ。
だが、“何を守るか”を選ぶことは、まだできる」
蓮はその言葉を、しっかりと胸に刻んだ。
たとえ未来が“閉じた円環”に飲み込まれていても——自分は、まだ何かを選ぶことができる。
「また来るよな。お前」
未来の自分は、わずかに口角を上げた。
「お前が“答え”に近づいたとき、また会おう。
……できるなら、次は俺じゃない誰かが“そこにいる”未来で会いたい」
そう言って彼は、闇の中に消えていった。
蓮は一人、雨の匂いを吸い込み、立ち尽くす。
ふと、風が吹いた。
懐かしい、どこか遠い夏の日の風だった。
それは確かに、誰かと笑い合った記憶の中にあった。
けれど、その“誰か”の名前は、もう……思い出せなかった。
舗道に積もった水たまりが街灯を揺らし、車のヘッドライトが濡れたアスファルトを一瞬だけ照らしては消える。
蓮は、駅前のアーケードを抜けた小道を歩いていた。
肩を濡らすことも、靴が水を吸うことも気にせず、まるで引き寄せられるように。
(あの感覚……また来る)
直感だった。
けれど、それは確信でもあった。
時間が一度、わずかに“戻った”公園。
あの場所に、もう一度行かなければならない気がしていた。
◆
そして、公園の入口に足を踏み入れた瞬間——空気が変わった。
ひとけのない公園。
夜のしじまに溶けるブランコの鎖が、誰もいないのに微かに揺れている。
蓮はゆっくりと視線を上げた。
そこに、“自分”が立っていた。
街灯の明かりに照らされた影。
25歳の自分と、瓜二つの顔。
けれど、着ているスーツはわずかに古く、表情には深い疲労と諦めの色があった。
「……お前、誰だ」
そう口にしたとき、自分でも滑稽に思えた。
答えは、言葉にするまでもなかった。
男はゆっくりとこちらに歩み寄る。
一歩、また一歩。
「久しぶりだな、蓮。……いや、俺」
「……未来の、俺、か?」
頷きもせず、男は傘をたたみ、近くのベンチに腰を下ろした。
雨粒が、まだコートの裾からぽたりと落ちる。
「お前、今……混乱してるだろう」
蓮は無言で頷いた。
「記憶が、少しずつ抜け落ちていく。名前が思い出せない。母親でさえ“誰かがいた”ことしか覚えていない。……そのうち、自分も忘れる」
「……なんでこんなことが起きる」
未来の自分は、ゆっくりとポケットから何かを取り出した。
古びた懐中時計。蓮が幼い頃に父からもらったものと、同じだった。
「これは“時間干渉”の副作用だ。
過去に干渉すればするほど、世界の自己修復力が働いて“余分な記憶”を削除していく。
そして、必ず対価が必要になる。
つまり、“誰かの存在そのもの”が消えるんだ」
蓮は口を閉ざした。
葵が言っていた“3人で遊んでいた”記憶。
母さえも忘れていた“もう一人”。
そして、自分の胸に残る空虚感。
(それは、ほんとうに……記憶の問題じゃなかったんだ)
蓮が問う。
「じゃあ、お前は……何度、過去に干渉した?」
「……三度だ」
答えは重かった。
そして、その次の言葉はもっと重かった。
「そのたびに、大切な人が一人ずつ消えた」
「……誰?」
「……最初は、翔太。
次に、父さん。
最後は……葵だ」
蓮は思わず立ち上がる。
胸が締めつけられるように痛んだ。
「……葵が……消えた?」
「俺は……救おうとしたんだよ。翔太を。事故を防ごうとした。でも、それだけじゃなかった。
気づいたら、もう“救う”という言葉自体が、目的になってた。
“誰かを助けたい”んじゃない。
“自分が後悔したくない”からやってただけなんだよ」
未来の蓮は、自嘲気味に笑った。
それは見ていて、酷く哀しい笑みだった。
「一度目は、“人を救いたい”だった。
二度目は、“自分の後悔を消したい”だった。
三度目は、“全部、やり直したい”だった」
「でも、全部……失ったんだな」
「そうだ。全部、だ。
そして、お前が今、その最初の段階に立ってる」
沈黙が流れる。
夜の公園は、虫の声ひとつなく、ただ雨の匂いだけが空気を満たしていた。
蓮は、手のひらを見つめた。
自分の記憶、自分の人生、自分の存在。
それらすべてが、何か脆く、壊れやすいものに思えてくる。
「どうすれば……失わずに済む?」
「それを俺は……まだ知らない。
だが、ひとつだけ言えることがある」
未来の自分は、まっすぐに蓮を見た。
その目は、過去の自分に対する願いと、未来の自分への呪いが混じっていた。
「“変えなければならない”と思う時点で、お前はもう選ばされてるんだ。
だが、“何を守るか”を選ぶことは、まだできる」
蓮はその言葉を、しっかりと胸に刻んだ。
たとえ未来が“閉じた円環”に飲み込まれていても——自分は、まだ何かを選ぶことができる。
「また来るよな。お前」
未来の自分は、わずかに口角を上げた。
「お前が“答え”に近づいたとき、また会おう。
……できるなら、次は俺じゃない誰かが“そこにいる”未来で会いたい」
そう言って彼は、闇の中に消えていった。
蓮は一人、雨の匂いを吸い込み、立ち尽くす。
ふと、風が吹いた。
懐かしい、どこか遠い夏の日の風だった。
それは確かに、誰かと笑い合った記憶の中にあった。
けれど、その“誰か”の名前は、もう……思い出せなかった。
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