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第5話:父の記憶
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父が死んだのは、蓮が12歳の冬だった。
家族で初詣に行く予定だったその朝。
雪が降る中、母に手を引かれて神社へ向かったものの、父は「少しだけ仕事がある」と言って研究所へ向かった。
結局、その日、父は帰ってこなかった。
原因は「研究所内での感電事故」と発表された。
だが、遺体はなぜか“完全な状態”ではなかったと母はぽつりと言っていた。
その言葉の意味を、幼い蓮は理解できなかった。
ただ、冷たい冬の空気の中で、大人たちがひそひそと話す声と、母の泣き声だけが耳に焼きついていた。
◆
それから十数年。
父の死は、蓮の中で静かに“遠くなっていた”。
悲しみよりも、“理解できないもの”として封じ込められていた。
だが今、あのときの記憶が、濃く、強く蘇りはじめていた。
——未来の自分が言った。「翔太、父、そして葵が消えた」と。
図書館の帰り、蓮は母に「父のものがまだ残っていないか」と尋ねた。
母は少し驚いたように目を見開き、やがてうなずいた。
「……あの人の書類とかは、まだ全部整理しきれてないの。物置に、いくつか段ボールが残ってるわ」
母の案内で納戸を開けると、奥のほうに、古びた茶色の段ボール箱が三つ、積み上げられていた。
埃を払い、上から順に開けていく。
一つ目は、科学雑誌の束。
二つ目は、家族の写真や手帳。
そして三つ目を開けた瞬間、蓮の目に飛び込んできたのは——赤茶けたノートの束と、一枚の写真だった。
写真には、父が白衣を着て、無表情で誰かと並んで写っている。
背景には、円形の巨大な金属装置。
何かの実験装置だ。
装置の中心には、丸い枠のような“リング”があり、まるで——ポータルのようにも見えた。
ノートは、びっしりと細かい字で埋められていた。
表紙には何も書かれていない。
だが、開いた瞬間、蓮の背筋がぞっとした。
——自分の名前が、繰り返し、書かれていたのだ。
「蓮の記憶が……」
「蓮はこの影響を受けるのか?」
「干渉座標R=2035.01.12……」
「改変実験は5回目。既に“存在の消失”が確認されている」
(……これは……何だ?)
蓮はページをめくるごとに、呼吸が浅くなっていった。
父は、タイムマシンの研究をしていた。
厳密には、「時間の流れに干渉する“場”の生成と制御」だ。
量子スピンと重力波の位相制御。次元の非対称構造。
理論上、時間に“歪み”を生じさせることで、過去へ情報を送ることが可能になる——そう書かれていた。
そして、実験が進む中で発生した“副作用”。
「改変対象の周囲に存在する人物が、記憶と記録から消去される現象を確認。
物理的消失ではなく、情報レベルでの消去。
存在の“痕跡”がこの世界から排除される」
蓮は、その文字を前に、手が震えるのを止められなかった。
まさに——今、自分の身に起きていることだった。
記憶が曖昧になる。
名前が出てこない。
写真が消えていく。
それらは、“存在の痕跡”を排除するシステムの副作用。
父は、それを研究の末に突き止めていた。
そして、その対策を——模索していた。
あるページに、封筒が貼り付けてあった。
手紙だった。古びていたが、インクはまだ読める。
宛名はなかった。
ただ、最後にこう書かれていた。
「もしこれを“蓮”が読む日が来たなら——
お前はもう、取り返しのつかない選択肢の前に立っているはずだ。
人間が時間に触れてはならない理由を、私は知ってしまった。
時間は“流れて”いるのではない。“巻き戻ることで”存在を維持している。
それに抗おうとする者は、自らを少しずつ切り離していくしかない。
……それでも、私は最後までお前を守ろうとした。
この記憶が消えることを願わず、ただ“お前が自分の選択を信じられるように”と、願っている。
——氷室誠一」
読み終えた瞬間、何かが胸の奥で崩れた。
父の死は事故ではなかった。
この研究を続けた結果、父自身もまた、時間に呑まれたのだ。
そして、彼が最後まで守ろうとしたのは——息子である自分自身。
(……父さん……)
頬を伝う涙に気づかぬまま、蓮はノートを抱きしめた。
それは重さではなく、記憶そのものの温度だった。
◆
その晩、蓮は机の上にノートを開いたまま、眠りに落ちた。
小さな風が部屋を吹き抜ける。
その風の中で——
誰かが静かに囁いた気がした。
「次に“戻る”のは、君自身だよ」
家族で初詣に行く予定だったその朝。
雪が降る中、母に手を引かれて神社へ向かったものの、父は「少しだけ仕事がある」と言って研究所へ向かった。
結局、その日、父は帰ってこなかった。
原因は「研究所内での感電事故」と発表された。
だが、遺体はなぜか“完全な状態”ではなかったと母はぽつりと言っていた。
その言葉の意味を、幼い蓮は理解できなかった。
ただ、冷たい冬の空気の中で、大人たちがひそひそと話す声と、母の泣き声だけが耳に焼きついていた。
◆
それから十数年。
父の死は、蓮の中で静かに“遠くなっていた”。
悲しみよりも、“理解できないもの”として封じ込められていた。
だが今、あのときの記憶が、濃く、強く蘇りはじめていた。
——未来の自分が言った。「翔太、父、そして葵が消えた」と。
図書館の帰り、蓮は母に「父のものがまだ残っていないか」と尋ねた。
母は少し驚いたように目を見開き、やがてうなずいた。
「……あの人の書類とかは、まだ全部整理しきれてないの。物置に、いくつか段ボールが残ってるわ」
母の案内で納戸を開けると、奥のほうに、古びた茶色の段ボール箱が三つ、積み上げられていた。
埃を払い、上から順に開けていく。
一つ目は、科学雑誌の束。
二つ目は、家族の写真や手帳。
そして三つ目を開けた瞬間、蓮の目に飛び込んできたのは——赤茶けたノートの束と、一枚の写真だった。
写真には、父が白衣を着て、無表情で誰かと並んで写っている。
背景には、円形の巨大な金属装置。
何かの実験装置だ。
装置の中心には、丸い枠のような“リング”があり、まるで——ポータルのようにも見えた。
ノートは、びっしりと細かい字で埋められていた。
表紙には何も書かれていない。
だが、開いた瞬間、蓮の背筋がぞっとした。
——自分の名前が、繰り返し、書かれていたのだ。
「蓮の記憶が……」
「蓮はこの影響を受けるのか?」
「干渉座標R=2035.01.12……」
「改変実験は5回目。既に“存在の消失”が確認されている」
(……これは……何だ?)
蓮はページをめくるごとに、呼吸が浅くなっていった。
父は、タイムマシンの研究をしていた。
厳密には、「時間の流れに干渉する“場”の生成と制御」だ。
量子スピンと重力波の位相制御。次元の非対称構造。
理論上、時間に“歪み”を生じさせることで、過去へ情報を送ることが可能になる——そう書かれていた。
そして、実験が進む中で発生した“副作用”。
「改変対象の周囲に存在する人物が、記憶と記録から消去される現象を確認。
物理的消失ではなく、情報レベルでの消去。
存在の“痕跡”がこの世界から排除される」
蓮は、その文字を前に、手が震えるのを止められなかった。
まさに——今、自分の身に起きていることだった。
記憶が曖昧になる。
名前が出てこない。
写真が消えていく。
それらは、“存在の痕跡”を排除するシステムの副作用。
父は、それを研究の末に突き止めていた。
そして、その対策を——模索していた。
あるページに、封筒が貼り付けてあった。
手紙だった。古びていたが、インクはまだ読める。
宛名はなかった。
ただ、最後にこう書かれていた。
「もしこれを“蓮”が読む日が来たなら——
お前はもう、取り返しのつかない選択肢の前に立っているはずだ。
人間が時間に触れてはならない理由を、私は知ってしまった。
時間は“流れて”いるのではない。“巻き戻ることで”存在を維持している。
それに抗おうとする者は、自らを少しずつ切り離していくしかない。
……それでも、私は最後までお前を守ろうとした。
この記憶が消えることを願わず、ただ“お前が自分の選択を信じられるように”と、願っている。
——氷室誠一」
読み終えた瞬間、何かが胸の奥で崩れた。
父の死は事故ではなかった。
この研究を続けた結果、父自身もまた、時間に呑まれたのだ。
そして、彼が最後まで守ろうとしたのは——息子である自分自身。
(……父さん……)
頬を伝う涙に気づかぬまま、蓮はノートを抱きしめた。
それは重さではなく、記憶そのものの温度だった。
◆
その晩、蓮は机の上にノートを開いたまま、眠りに落ちた。
小さな風が部屋を吹き抜ける。
その風の中で——
誰かが静かに囁いた気がした。
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