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第6話:15年前の真実
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時間は、決して逆戻りしない。
——はずだった。
蓮の前に広がるのは、15年前の町並み。
目の前には見覚えのある看板、舗装の途中で止まったままの道路、そして小さな神社へと続く登り坂。
空はまだ夕焼けに染まっておらず、9月の終わりを思わせる、ややぬるい風が吹いていた。
蓮はその風の中に、見覚えのある感覚を覚えていた。
(……戻ってきたんだ)
それは、“自分自身の過去”——
翔太が、まだこの世界に存在していた時間だった。
◆
「翔太ー! 危ないってば!」
神社裏の斜面から、子どもの声が響く。
そして、ぴょんと飛び出すように現れた小さな影。
蓮の目の前を、10歳の“自分”が駆けていく。
その後ろを、ショートカットの女の子が追いかけてくる。
「葵、蓮、はやくこいよー!」
木々の合間を駆ける、元気な少年の声。
——翔太。
その名を聞いた瞬間、蓮の心が激しく揺れた。
まるで記憶が洪水のように押し寄せてくる。
走る姿、笑い声、泥だらけのズボン。
かつて確かに存在していた親友。
(……いたんだ)
存在していた。たしかにここに。
それを忘れていたのは、記憶が消されたからだ。
名前も、顔も、声も、世界の記録から抜け落ちた。
でも今、蓮はその真ん中に立っている。
“存在”がまだここにある時間の中に。
◆
未来の蓮が持ち込んだのは、父の残した「干渉装置」の試作機。
小型で、ノートPCサイズの折りたたみ式。
設定はひとつだけ——この日、午後4時17分の“特定イベント”の直前に着地すること。
その“イベント”こそが、翔太の死。
蓮が記憶を消された起点。
事故死。
遊んでいた神社の裏山で、足を滑らせて転落した——とされていた。
だが今、その現場を目にして、蓮は全身を凍らせた。
「おい、見て見て! ここ、岩がグラグラしてる!」
翔太が叫んでいる。
その足元には、崩れかけた岩場と、草の薄い斜面。
下は、コンクリートで固められた排水路。
落ちれば、命にかかわる。
そしてその岩には、明らかに“人為的に細工された跡”があった。
(……誰かが、あれを……!?)
岩の下部が、ノコギリのようなもので削られていた。
表面の苔も不自然に剥がされている。
「翔太、やめろ! そこ危ない!」
蓮が叫ぶ。
だが、その声は——過去には届かない。
彼は今、物理干渉できない“観測者”に過ぎない。
観測モード。未来の蓮が“記憶保護”のために設定していた唯一の安全装置。
声も、姿も、過去の誰にも届かない。
ただ“見る”ことだけが許されていた。
翔太が、岩の上に乗ろうとする。
子どもらしい無邪気な笑顔。
「なあ蓮、ここから見たら、きっと……」
その瞬間——岩が崩れた。
翔太の身体が、斜面を滑り、宙に投げ出される。
一瞬、重力が音を失ったように感じた。
そして次の瞬間、地面へ叩きつけられるようにして、翔太の身体が動かなくなった。
蓮は、崩れ落ちそうになりながら膝をついた。
(間に合わなかった……いや、助けることすらできなかった)
10歳の蓮と葵が悲鳴をあげ、駆け寄る。
だが、葵は足がすくみ、声を失い、蓮だけが翔太の名を呼び続けた。
「翔太! ……翔太ぁっ!!」
その声が、あまりに切実で、あまりに幼くて——
25歳の蓮は、耐えきれずに目を伏せた。
(でも、俺は見た。……知った。
これは、ただの事故じゃなかった)
あの岩は、仕組まれていた。
翔太は“偶然”死んだのではない。
誰かが意図的に、その場所を崩れやすくしていた。
そして蓮は、ある名前を思い出す。
——神原 光一(かんばら こういち)
父が最後に研究していた時期、政府の開発セクションから派遣されていた“技術管理官”。
ノートにもたびたびその名が出てきていた。
「情報統制のため、対象を削除」
「被験者の精神負荷に配慮する必要あり」
「観測対象L(蓮)に接近しすぎる可能性」
(あれは、抹消だった……。翔太は“記憶から”消されたんじゃない。最初から消されるように“事故”が操作されたんだ)
このプロジェクトは、制御不能だった。
父も気づいていたはずだ。
だからこそ、最期まで蓮を巻き込まないようにしていた。
けれど、その意志は途切れ、そして蓮は——今、こうして、全てを知ってしまった。
◆
空が赤く染まり始める。
斜面に、翔太の小さな身体を囲むようにして、10歳の蓮と葵がうずくまる。
蓮は拳を握りしめた。
(……このままじゃ、終われない)
観測モードは一度きり。
だが、次は——干渉モードで、過去を“変える”番だ。
それには、代償が伴う。
——誰かの“存在”が、また消えていく。
だが、蓮は決意する。
このまま翔太を、「いなかったこと」にしたまま生きていくわけにはいかない。
何を失っても。
誰が消えても。
あの日、自分が見捨ててしまった友の命を、救うために。
「もう二度と、忘れたくない」
そう、誰にも届かない声で、蓮は呟いた。
——はずだった。
蓮の前に広がるのは、15年前の町並み。
目の前には見覚えのある看板、舗装の途中で止まったままの道路、そして小さな神社へと続く登り坂。
空はまだ夕焼けに染まっておらず、9月の終わりを思わせる、ややぬるい風が吹いていた。
蓮はその風の中に、見覚えのある感覚を覚えていた。
(……戻ってきたんだ)
それは、“自分自身の過去”——
翔太が、まだこの世界に存在していた時間だった。
◆
「翔太ー! 危ないってば!」
神社裏の斜面から、子どもの声が響く。
そして、ぴょんと飛び出すように現れた小さな影。
蓮の目の前を、10歳の“自分”が駆けていく。
その後ろを、ショートカットの女の子が追いかけてくる。
「葵、蓮、はやくこいよー!」
木々の合間を駆ける、元気な少年の声。
——翔太。
その名を聞いた瞬間、蓮の心が激しく揺れた。
まるで記憶が洪水のように押し寄せてくる。
走る姿、笑い声、泥だらけのズボン。
かつて確かに存在していた親友。
(……いたんだ)
存在していた。たしかにここに。
それを忘れていたのは、記憶が消されたからだ。
名前も、顔も、声も、世界の記録から抜け落ちた。
でも今、蓮はその真ん中に立っている。
“存在”がまだここにある時間の中に。
◆
未来の蓮が持ち込んだのは、父の残した「干渉装置」の試作機。
小型で、ノートPCサイズの折りたたみ式。
設定はひとつだけ——この日、午後4時17分の“特定イベント”の直前に着地すること。
その“イベント”こそが、翔太の死。
蓮が記憶を消された起点。
事故死。
遊んでいた神社の裏山で、足を滑らせて転落した——とされていた。
だが今、その現場を目にして、蓮は全身を凍らせた。
「おい、見て見て! ここ、岩がグラグラしてる!」
翔太が叫んでいる。
その足元には、崩れかけた岩場と、草の薄い斜面。
下は、コンクリートで固められた排水路。
落ちれば、命にかかわる。
そしてその岩には、明らかに“人為的に細工された跡”があった。
(……誰かが、あれを……!?)
岩の下部が、ノコギリのようなもので削られていた。
表面の苔も不自然に剥がされている。
「翔太、やめろ! そこ危ない!」
蓮が叫ぶ。
だが、その声は——過去には届かない。
彼は今、物理干渉できない“観測者”に過ぎない。
観測モード。未来の蓮が“記憶保護”のために設定していた唯一の安全装置。
声も、姿も、過去の誰にも届かない。
ただ“見る”ことだけが許されていた。
翔太が、岩の上に乗ろうとする。
子どもらしい無邪気な笑顔。
「なあ蓮、ここから見たら、きっと……」
その瞬間——岩が崩れた。
翔太の身体が、斜面を滑り、宙に投げ出される。
一瞬、重力が音を失ったように感じた。
そして次の瞬間、地面へ叩きつけられるようにして、翔太の身体が動かなくなった。
蓮は、崩れ落ちそうになりながら膝をついた。
(間に合わなかった……いや、助けることすらできなかった)
10歳の蓮と葵が悲鳴をあげ、駆け寄る。
だが、葵は足がすくみ、声を失い、蓮だけが翔太の名を呼び続けた。
「翔太! ……翔太ぁっ!!」
その声が、あまりに切実で、あまりに幼くて——
25歳の蓮は、耐えきれずに目を伏せた。
(でも、俺は見た。……知った。
これは、ただの事故じゃなかった)
あの岩は、仕組まれていた。
翔太は“偶然”死んだのではない。
誰かが意図的に、その場所を崩れやすくしていた。
そして蓮は、ある名前を思い出す。
——神原 光一(かんばら こういち)
父が最後に研究していた時期、政府の開発セクションから派遣されていた“技術管理官”。
ノートにもたびたびその名が出てきていた。
「情報統制のため、対象を削除」
「被験者の精神負荷に配慮する必要あり」
「観測対象L(蓮)に接近しすぎる可能性」
(あれは、抹消だった……。翔太は“記憶から”消されたんじゃない。最初から消されるように“事故”が操作されたんだ)
このプロジェクトは、制御不能だった。
父も気づいていたはずだ。
だからこそ、最期まで蓮を巻き込まないようにしていた。
けれど、その意志は途切れ、そして蓮は——今、こうして、全てを知ってしまった。
◆
空が赤く染まり始める。
斜面に、翔太の小さな身体を囲むようにして、10歳の蓮と葵がうずくまる。
蓮は拳を握りしめた。
(……このままじゃ、終われない)
観測モードは一度きり。
だが、次は——干渉モードで、過去を“変える”番だ。
それには、代償が伴う。
——誰かの“存在”が、また消えていく。
だが、蓮は決意する。
このまま翔太を、「いなかったこと」にしたまま生きていくわけにはいかない。
何を失っても。
誰が消えても。
あの日、自分が見捨ててしまった友の命を、救うために。
「もう二度と、忘れたくない」
そう、誰にも届かない声で、蓮は呟いた。
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