25歳のキミへ

naomikoryo

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第7話:選択の代償

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変えられないものがある。
それを知った上で、変えようとするのが人間なのだと、誰かが言っていた。
蓮にはもう、その“誰か”の顔も思い出せなかった。
けれど、心の奥には、確かにその言葉が残っている。

——翔太を救う。

それが、彼の“選択”だった。



干渉装置を起動するには、場所と時間と“対象”を明確に定義する必要があった。
父のノートには、「過去への介入は極点干渉(Point Correction)」と呼ばれていた。
一点だけ、歴史の中に挿入される改変。
ピンを刺すように、狙った一点を変える。

もちろん、代償は大きい。
観測者から“最も近い存在”が、その代償を支払うことになる。
翔太を救えば、別の誰かが——世界から姿を消す。

蓮は覚悟していた。
誰かが消える。
きっと、また誰かを忘れることになる。
だが、翔太の命は、それでも救うべきだった。
 

——午後4時15分。
装置が微かに唸りを上げる。
空間の縁が揺れ、光が歪み、時空がゆっくりと折りたたまれていく。

蓮はそこへ、飛び込んだ。


 
斜面を登る翔太の背中が見えた。
そのすぐ先には、崩れかけた岩。

あの日と同じ光景。
だが、違うのは、今の蓮が“干渉できる”ということ。

「翔太、ダメだ!」

蓮は叫びながら駆け寄った。
翔太が驚いて振り向く。

「えっ、誰——」

その瞬間、蓮は翔太を突き飛ばすようにして抱きかかえ、岩の上から離れた。
ちょうどその直後、足元が崩れ、岩がガラガラと音を立てて落ちていく。

翔太の目が、大きく見開かれた。

「……え? え……?」

蓮は息を切らしながら、翔太の肩を掴んで確認する。
血も、傷もない。
生きている。

(助けた……本当に……助けたんだ)

胸に込み上げる安堵と、ほんの少しの震え。
だが、それも長くは続かなかった。

空気が、急に重くなった。

世界が、音を失った。

鳥の声も、風の音も、消えた。
まるで、自分だけが世界から切り離されたように。

——そして、背後から、何かが“剥がれる”ような感覚がした。

蓮はゆっくりと振り返った。

そこにいたのは、葵だった。
10歳の葵が、遠くからこちらを見ていた。
けれど——その輪郭が、ゆっくりと霞んでいく。

(……やめろ)

思わず心の中で叫んだ。
(やめてくれ……やめろ、消えるな)

葵は蓮に向かって、何か言おうとしていた。
でも、声は届かない。
口が動いているのに、音が聞こえない。
——世界が、彼女を“情報ごと”消そうとしていた。

(違う……違う……葵は、俺の……)

次の瞬間、葵の姿が——完全に消えた。

声も、気配も、存在も。
跡形もなく。
まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように。

翔太が小さく呟いた。

「なあ……今、誰かいなかった?」

蓮は、顔を上げる。
その目に、涙が滲んでいた。

「誰か……?」

翔太は眉をひそめ、首をかしげた。

「いや……なんでもない。気のせい、かな」

そう言って、無邪気に笑う。
その笑顔が、あまりにも眩しくて、蓮は思わず目を逸らした。
 

(……葵)

心の中で名前を呼ぶ。
けれど、それが本当に“正しかった名前”なのかどうか、自信がなかった。

誰かがいた。
自分の中で、誰かが笑っていた記憶がある。
でも、顔が思い出せない。
声が出てこない。
残されたのは、ただ……“喪失感”だけ。

(これは、俺の選んだことなんだ)

翔太の命を救う代償に、葵が消えた。
もしかすると、次に誰かを救えば、翔太さえも消えてしまうかもしれない。

未来の蓮が言っていた。

「“何を守るか”を選ぶことは、まだできる」

選んだのだ。
蓮は、葵を失ってでも、翔太を守った。

その事実は、心をえぐるように痛かった。
 

干渉装置が再起動する。
強制的に現代に引き戻されるタイマーだ。
この時間にいられるのは、あと数十秒。

蓮は最後に、翔太の背中を見た。
何も知らない少年。
でも、これからきっと、長く生きていく命。

(俺が、守った命)

そして——世界が、再び切り替わった。



目を開けたとき、蓮は自室のベッドにいた。
装置は机の上に戻っていて、時計は未明を指していた。

——翔太は、救えたのだろうか。

蓮はゆっくりと立ち上がり、机の引き出しを開けた。
手紙の束を取り出す。

最初のページをめくる。
そこには、以前はなかった文章が追加されていた。

「君は選んだ。何かを救い、何かを失った。
記憶は曖昧になっていく。だが、忘れるな。
存在の重さは、“記憶”よりも深い場所に残る。
——それを、“痛み”と呼ぶのだ」

蓮は、そっと目を閉じた。
そして、静かに頷いた。

——もう、誰も、忘れたくなかった。
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