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第20話「美術室の秘密、色と線の距離」
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放課後の美術室。
夕陽が差し込む静かな部屋に、筆の音だけが響いていた。
大きな画用紙を前に、筆を動かす凛音と天音。
その横では、ベレー帽を斜めにかぶった桐嶋紗奈が、
スケッチブックに「弟の顔角度別スケッチ100選」を描いてご満悦だった。
「はいはい、2人とも~、もう少し線に気持ちを乗せて!
今日の課題は“相手に見せたくない気持ちを、色にして描け”よ!」
「抽象的すぎるだろ……」
凛音はぼそりと呟きながら、
パレットにぐしゃぐしゃと黒と赤を混ぜる。
一方の天音は、じっと筆を構えたまま、まだ白い画用紙を前に固まっていた。
その横顔を、凛音は何度もちらりと盗み見ていた。
(何を考えてるんだ、こいつは……)
昼休み。
男子から声をかけられていた。
「天音ちゃんって、理想の彼女って感じだよな~」とか、
「次の文化祭、出し物一緒にやらない?」とか。
その時、天音は困ったように笑っていたけれど、
“断る”よりも“流す”という選択をした。
それが、凛音の中で引っかかっていた。
言葉では縛れない。
でも、気持ちは独占したい。
その矛盾が、黒い色を重ねさせる。
「なあ、天音」
「ん?」
「お前さ、昼のとき、断ればよかったんじゃねーの」
「……あれ? 断ったつもりだったけど」
「つもり、ってなんだよ。
“え、どうしよう~”とか言って笑ってただけだったろ」
天音は、少しだけ首を傾げた。
「うーん……怒ってる?」
「別に」
返す声は低く、
筆先がさらに強く画用紙を叩いた。
天音は、その様子を見て、そっと口を開いた。
「……ごめん。
私、凛音に嫌な思いさせたくて言ったんじゃないよ。
ただ、なんか……その場で怒ったら、空気壊れそうで」
「……」
「私、昔からそうなの。
誰かが傷つかないように、って思って、
いつもニコニコして誤魔化して……
でも、それが一番誰かを傷つけるって、最近やっとわかってきた」
凛音の筆が止まった。
天音は、視線を画用紙に戻して、そっと筆を取った。
「……だから、描いてみる」
一筆、柔らかいピンク色。
その上に、淡い水色が乗る。
そして、ぐるぐると螺旋を描くように、紫とオレンジが混ざり合う。
混色した部分が少し濁って、不安げな色になった。
でも、そこに、細い金色のラインが差し込まれていく。
それは、まるで
――迷って、揺れて、それでも光に向かおうとする気持ち。
凛音は、思わずその絵を凝視した。
天音は言葉にしない。
けれど、その絵が語ることは、凛音にちゃんと伝わった。
“私、あなたのことで悩んでる”
“だけど、ちゃんとあなたのほうを向いてる”
それを見て、
凛音はゆっくりと筆を置いた。
「……悪かったな」
「ううん。私の方こそ、ちゃんと伝えられなくて」
しんと静まった美術室。
けれど、その静けさは、重苦しいものではなかった。
お互いの気持ちが、言葉よりも色に乗って、届いたような気がした。
◆
――その数分後。
「っていう感情のすれ違いからの成長エピソード、最高!!」
と、横でスケッチブックを床に広げてガッツポーズしている紗奈がいた。
「お前、全部聞いてたのかよ……」
「当然です! だって私は弟の恋愛アーカイブ作成委員長!」
「名乗るなそんなもん……」
「よぉーし、今日の授業はこれにて終了~!
凛音、後片付けしながら反省文ね! 天音ちゃんはアトリエでお茶しよっか♡」
「反省文!? 俺だけ!?」
「罰として、明日は私がデザインした“愛の証パーカー”を着て登校してもらいます!」
「絶対着ねぇ……!」
そのドタバタを背に、天音はそっと笑った。
きっと、こういう日常が、続いていく。
不器用でも、ぶつかっても、
きっとこの人となら、大丈夫。
そう思わせてくれる色が、彼の中にも、私の中にも、ある。
◆
その夜。
凛音は、自室でスケッチブックを開いた。
そこには、黒と赤でぐちゃぐちゃに塗りつぶしたページがある。
(独占欲、ってやつか……)
そう呟いて、もう一度ページを開く。
そこに、新たに筆を走らせた。
赤の上に、青。
青の上に、白。
そして、天音が描いていたような、金色の細い線を最後にそっと重ねる。
怒りや苛立ちや、どうしようもない焦燥感を、
そのまま閉じ込めるように。
彼女と、少しずつ、同じ色を描けるようになるために。
ページの端に、小さな文字で書き込んだ。
「好きだ。全部、お前にしか見せない」
誰にも見せる気はない。
でも、それが今の、自分の素直な気持ちだった。
【つづく】
夕陽が差し込む静かな部屋に、筆の音だけが響いていた。
大きな画用紙を前に、筆を動かす凛音と天音。
その横では、ベレー帽を斜めにかぶった桐嶋紗奈が、
スケッチブックに「弟の顔角度別スケッチ100選」を描いてご満悦だった。
「はいはい、2人とも~、もう少し線に気持ちを乗せて!
今日の課題は“相手に見せたくない気持ちを、色にして描け”よ!」
「抽象的すぎるだろ……」
凛音はぼそりと呟きながら、
パレットにぐしゃぐしゃと黒と赤を混ぜる。
一方の天音は、じっと筆を構えたまま、まだ白い画用紙を前に固まっていた。
その横顔を、凛音は何度もちらりと盗み見ていた。
(何を考えてるんだ、こいつは……)
昼休み。
男子から声をかけられていた。
「天音ちゃんって、理想の彼女って感じだよな~」とか、
「次の文化祭、出し物一緒にやらない?」とか。
その時、天音は困ったように笑っていたけれど、
“断る”よりも“流す”という選択をした。
それが、凛音の中で引っかかっていた。
言葉では縛れない。
でも、気持ちは独占したい。
その矛盾が、黒い色を重ねさせる。
「なあ、天音」
「ん?」
「お前さ、昼のとき、断ればよかったんじゃねーの」
「……あれ? 断ったつもりだったけど」
「つもり、ってなんだよ。
“え、どうしよう~”とか言って笑ってただけだったろ」
天音は、少しだけ首を傾げた。
「うーん……怒ってる?」
「別に」
返す声は低く、
筆先がさらに強く画用紙を叩いた。
天音は、その様子を見て、そっと口を開いた。
「……ごめん。
私、凛音に嫌な思いさせたくて言ったんじゃないよ。
ただ、なんか……その場で怒ったら、空気壊れそうで」
「……」
「私、昔からそうなの。
誰かが傷つかないように、って思って、
いつもニコニコして誤魔化して……
でも、それが一番誰かを傷つけるって、最近やっとわかってきた」
凛音の筆が止まった。
天音は、視線を画用紙に戻して、そっと筆を取った。
「……だから、描いてみる」
一筆、柔らかいピンク色。
その上に、淡い水色が乗る。
そして、ぐるぐると螺旋を描くように、紫とオレンジが混ざり合う。
混色した部分が少し濁って、不安げな色になった。
でも、そこに、細い金色のラインが差し込まれていく。
それは、まるで
――迷って、揺れて、それでも光に向かおうとする気持ち。
凛音は、思わずその絵を凝視した。
天音は言葉にしない。
けれど、その絵が語ることは、凛音にちゃんと伝わった。
“私、あなたのことで悩んでる”
“だけど、ちゃんとあなたのほうを向いてる”
それを見て、
凛音はゆっくりと筆を置いた。
「……悪かったな」
「ううん。私の方こそ、ちゃんと伝えられなくて」
しんと静まった美術室。
けれど、その静けさは、重苦しいものではなかった。
お互いの気持ちが、言葉よりも色に乗って、届いたような気がした。
◆
――その数分後。
「っていう感情のすれ違いからの成長エピソード、最高!!」
と、横でスケッチブックを床に広げてガッツポーズしている紗奈がいた。
「お前、全部聞いてたのかよ……」
「当然です! だって私は弟の恋愛アーカイブ作成委員長!」
「名乗るなそんなもん……」
「よぉーし、今日の授業はこれにて終了~!
凛音、後片付けしながら反省文ね! 天音ちゃんはアトリエでお茶しよっか♡」
「反省文!? 俺だけ!?」
「罰として、明日は私がデザインした“愛の証パーカー”を着て登校してもらいます!」
「絶対着ねぇ……!」
そのドタバタを背に、天音はそっと笑った。
きっと、こういう日常が、続いていく。
不器用でも、ぶつかっても、
きっとこの人となら、大丈夫。
そう思わせてくれる色が、彼の中にも、私の中にも、ある。
◆
その夜。
凛音は、自室でスケッチブックを開いた。
そこには、黒と赤でぐちゃぐちゃに塗りつぶしたページがある。
(独占欲、ってやつか……)
そう呟いて、もう一度ページを開く。
そこに、新たに筆を走らせた。
赤の上に、青。
青の上に、白。
そして、天音が描いていたような、金色の細い線を最後にそっと重ねる。
怒りや苛立ちや、どうしようもない焦燥感を、
そのまま閉じ込めるように。
彼女と、少しずつ、同じ色を描けるようになるために。
ページの端に、小さな文字で書き込んだ。
「好きだ。全部、お前にしか見せない」
誰にも見せる気はない。
でも、それが今の、自分の素直な気持ちだった。
【つづく】
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