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11)午前0時の図書室
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1. 図書室の夜
午後11時45分、市立図書館の館内には人影もなく、ただ蛍光灯の静かな唸りだけが響いていた。
葉(よう)は、閉館作業を終えたばかりのカウンターに身を預け、読みかけの資料整理記録をめくっていた。
夜勤の当番は週に一度。人のいない図書館には、昼間にはない静けさと、どこか幻想のような空気が漂っていた。
「まるで、本の世界の中にいるみたいだな」
彼は呟きながらも、子どもの頃に抱いた“夜の図書館”への憧れを、まだ心の片隅に抱いていた。
だが、その夜。
葉は、普段と違う“気配”を感じ取った。
閲覧室の隅に、誰かがいたのだ。
2. 少女の気配
そこには、ひとりの少女が静かに座っていた。
白いワンピースに、長い黒髪。細身の肩を丸めるようにしながら、本を抱える姿。
まるで、何年も前からそこにいたように、自然に溶け込んでいた。
「すみません、閉館時間はとっくに──」
声をかけようとした瞬間、少女がこちらを見上げた。
深い眼差し。どこか、懐かしいような、でも今まで一度も見たことのないような……不思議な存在感。
「……ごめんなさい。あと少しだけ、ここにいてもいい?」
その声は、小さく震えていた。
葉はなぜか、断ることができなかった。
「……いいよ。もうすぐ午前0時だけど、特別に」
少女はうなずいて、またページをめくった。
(誰だ……?)
貸出記録には、そんな人物は載っていなかった。来館者名簿にも、彼女の記録はない。
それなのに、葉の中に芽生えたのは、不審ではなく“懐かしさ”だった。
3. 再会の記憶
それからも、少女は毎週、閉館後に現れた。
決まって金曜日の深夜。いつも同じ席、同じ本の棚。
物音一つ立てず、ただ本を読み、やがてふっと姿を消す。
葉は、彼女に「誰?」とは聞かなかった。
そして、彼女も「あなたは誰?」とは聞かなかった。
ある夜、葉はふと口にした。
「昔、初恋だった子に似てるんだ。小学校のとき、図書室でよく会ってて……名前は、もう忘れてしまったけど」
少女は本から目を上げた。
「どうして、忘れちゃったの?」
「わからない。ただ、あの頃のことを思い出すと、胸が苦しくて。……たぶん、気持ちをしまいこみすぎてたのかも」
少女はそっと笑った。
「でも、忘れても、想ってたことは、本のページみたいに残るよ。ねえ、その子に、何を言いたかった?」
葉はしばらく沈黙したあと、ぽつりと言った。
「好きだったよ、って。それだけ。でも、あの時は言えなかった」
4. 午前0時
時計の針が午前0時を指した。
少女は、立ち上がった。
そっと葉の目の前に一冊の本を差し出した。
それは、彼が小学生のときに毎週借りていた、物語の本だった。
ページを開くと、そこに書き込みがあった。
「ありがとう。わたしも、あの時、君が好きでした」
文字は、震えていて、少し滲んでいた。
「これ……」
葉が顔を上げたとき、少女はもういなかった。
席には、誰もいない。図書館の空気だけが、やわらかく揺れていた。
5. 本の向こうに
それ以降、少女は現れなかった。
葉は、本の記録を調べた。あの書き込みのある本は、数十年前に紛失扱いとなっていた蔵書だった。
まるで時を超えて、自分の手元に戻ってきたようだった。
そして、彼は思い出した。
少女の名前──「凛」。
図書室で、いつも隣に座っていた。
最後の日、彼女は言っていた。
「わたし、引っ越すの。君と、もっと話したかったな」
葉はそれに、何も返せなかった。ただ、笑って見送った。
それが、彼の「初恋」だった。
6. 図書室にて
今でも、葉は夜勤のたびに、あの席を見つめている。
そして、あの少女がもう一度現れることを、どこかで願っている。
「初恋は、終わったものじゃなくて、たぶん……しまわれたままの物語なんだ」
彼はそう思いながら、またページをめくる。
午前0時の図書室には、今日も静かな風が流れていた。
午後11時45分、市立図書館の館内には人影もなく、ただ蛍光灯の静かな唸りだけが響いていた。
葉(よう)は、閉館作業を終えたばかりのカウンターに身を預け、読みかけの資料整理記録をめくっていた。
夜勤の当番は週に一度。人のいない図書館には、昼間にはない静けさと、どこか幻想のような空気が漂っていた。
「まるで、本の世界の中にいるみたいだな」
彼は呟きながらも、子どもの頃に抱いた“夜の図書館”への憧れを、まだ心の片隅に抱いていた。
だが、その夜。
葉は、普段と違う“気配”を感じ取った。
閲覧室の隅に、誰かがいたのだ。
2. 少女の気配
そこには、ひとりの少女が静かに座っていた。
白いワンピースに、長い黒髪。細身の肩を丸めるようにしながら、本を抱える姿。
まるで、何年も前からそこにいたように、自然に溶け込んでいた。
「すみません、閉館時間はとっくに──」
声をかけようとした瞬間、少女がこちらを見上げた。
深い眼差し。どこか、懐かしいような、でも今まで一度も見たことのないような……不思議な存在感。
「……ごめんなさい。あと少しだけ、ここにいてもいい?」
その声は、小さく震えていた。
葉はなぜか、断ることができなかった。
「……いいよ。もうすぐ午前0時だけど、特別に」
少女はうなずいて、またページをめくった。
(誰だ……?)
貸出記録には、そんな人物は載っていなかった。来館者名簿にも、彼女の記録はない。
それなのに、葉の中に芽生えたのは、不審ではなく“懐かしさ”だった。
3. 再会の記憶
それからも、少女は毎週、閉館後に現れた。
決まって金曜日の深夜。いつも同じ席、同じ本の棚。
物音一つ立てず、ただ本を読み、やがてふっと姿を消す。
葉は、彼女に「誰?」とは聞かなかった。
そして、彼女も「あなたは誰?」とは聞かなかった。
ある夜、葉はふと口にした。
「昔、初恋だった子に似てるんだ。小学校のとき、図書室でよく会ってて……名前は、もう忘れてしまったけど」
少女は本から目を上げた。
「どうして、忘れちゃったの?」
「わからない。ただ、あの頃のことを思い出すと、胸が苦しくて。……たぶん、気持ちをしまいこみすぎてたのかも」
少女はそっと笑った。
「でも、忘れても、想ってたことは、本のページみたいに残るよ。ねえ、その子に、何を言いたかった?」
葉はしばらく沈黙したあと、ぽつりと言った。
「好きだったよ、って。それだけ。でも、あの時は言えなかった」
4. 午前0時
時計の針が午前0時を指した。
少女は、立ち上がった。
そっと葉の目の前に一冊の本を差し出した。
それは、彼が小学生のときに毎週借りていた、物語の本だった。
ページを開くと、そこに書き込みがあった。
「ありがとう。わたしも、あの時、君が好きでした」
文字は、震えていて、少し滲んでいた。
「これ……」
葉が顔を上げたとき、少女はもういなかった。
席には、誰もいない。図書館の空気だけが、やわらかく揺れていた。
5. 本の向こうに
それ以降、少女は現れなかった。
葉は、本の記録を調べた。あの書き込みのある本は、数十年前に紛失扱いとなっていた蔵書だった。
まるで時を超えて、自分の手元に戻ってきたようだった。
そして、彼は思い出した。
少女の名前──「凛」。
図書室で、いつも隣に座っていた。
最後の日、彼女は言っていた。
「わたし、引っ越すの。君と、もっと話したかったな」
葉はそれに、何も返せなかった。ただ、笑って見送った。
それが、彼の「初恋」だった。
6. 図書室にて
今でも、葉は夜勤のたびに、あの席を見つめている。
そして、あの少女がもう一度現れることを、どこかで願っている。
「初恋は、終わったものじゃなくて、たぶん……しまわれたままの物語なんだ」
彼はそう思いながら、またページをめくる。
午前0時の図書室には、今日も静かな風が流れていた。
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