初恋日記 ~恋が芽吹くその時を

naomikoryo

文字の大きさ
11 / 16

11)午前0時の図書室

しおりを挟む
1. 図書室の夜
午後11時45分、市立図書館の館内には人影もなく、ただ蛍光灯の静かな唸りだけが響いていた。

葉(よう)は、閉館作業を終えたばかりのカウンターに身を預け、読みかけの資料整理記録をめくっていた。
夜勤の当番は週に一度。人のいない図書館には、昼間にはない静けさと、どこか幻想のような空気が漂っていた。

「まるで、本の世界の中にいるみたいだな」

彼は呟きながらも、子どもの頃に抱いた“夜の図書館”への憧れを、まだ心の片隅に抱いていた。

だが、その夜。
葉は、普段と違う“気配”を感じ取った。

閲覧室の隅に、誰かがいたのだ。


2. 少女の気配
そこには、ひとりの少女が静かに座っていた。

白いワンピースに、長い黒髪。細身の肩を丸めるようにしながら、本を抱える姿。
まるで、何年も前からそこにいたように、自然に溶け込んでいた。

「すみません、閉館時間はとっくに──」

声をかけようとした瞬間、少女がこちらを見上げた。
深い眼差し。どこか、懐かしいような、でも今まで一度も見たことのないような……不思議な存在感。

「……ごめんなさい。あと少しだけ、ここにいてもいい?」

その声は、小さく震えていた。
葉はなぜか、断ることができなかった。

「……いいよ。もうすぐ午前0時だけど、特別に」

少女はうなずいて、またページをめくった。

(誰だ……?)

貸出記録には、そんな人物は載っていなかった。来館者名簿にも、彼女の記録はない。

それなのに、葉の中に芽生えたのは、不審ではなく“懐かしさ”だった。


3. 再会の記憶
それからも、少女は毎週、閉館後に現れた。

決まって金曜日の深夜。いつも同じ席、同じ本の棚。
物音一つ立てず、ただ本を読み、やがてふっと姿を消す。

葉は、彼女に「誰?」とは聞かなかった。
そして、彼女も「あなたは誰?」とは聞かなかった。

ある夜、葉はふと口にした。

「昔、初恋だった子に似てるんだ。小学校のとき、図書室でよく会ってて……名前は、もう忘れてしまったけど」

少女は本から目を上げた。

「どうして、忘れちゃったの?」

「わからない。ただ、あの頃のことを思い出すと、胸が苦しくて。……たぶん、気持ちをしまいこみすぎてたのかも」

少女はそっと笑った。

「でも、忘れても、想ってたことは、本のページみたいに残るよ。ねえ、その子に、何を言いたかった?」

葉はしばらく沈黙したあと、ぽつりと言った。

「好きだったよ、って。それだけ。でも、あの時は言えなかった」


4. 午前0時
時計の針が午前0時を指した。

少女は、立ち上がった。
そっと葉の目の前に一冊の本を差し出した。

それは、彼が小学生のときに毎週借りていた、物語の本だった。

ページを開くと、そこに書き込みがあった。

「ありがとう。わたしも、あの時、君が好きでした」

文字は、震えていて、少し滲んでいた。

「これ……」

葉が顔を上げたとき、少女はもういなかった。

席には、誰もいない。図書館の空気だけが、やわらかく揺れていた。


5. 本の向こうに
それ以降、少女は現れなかった。

葉は、本の記録を調べた。あの書き込みのある本は、数十年前に紛失扱いとなっていた蔵書だった。

まるで時を超えて、自分の手元に戻ってきたようだった。

そして、彼は思い出した。

少女の名前──「凛」。

図書室で、いつも隣に座っていた。
最後の日、彼女は言っていた。

「わたし、引っ越すの。君と、もっと話したかったな」

葉はそれに、何も返せなかった。ただ、笑って見送った。

それが、彼の「初恋」だった。


6. 図書室にて
今でも、葉は夜勤のたびに、あの席を見つめている。

そして、あの少女がもう一度現れることを、どこかで願っている。

「初恋は、終わったものじゃなくて、たぶん……しまわれたままの物語なんだ」

彼はそう思いながら、またページをめくる。

午前0時の図書室には、今日も静かな風が流れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

【完結】恋の終焉~愛しさあまって憎さ1000倍~

つくも茄子
恋愛
五大侯爵家、ミネルヴァ・リゼ・ウォーカー侯爵令嬢は第二王子の婚約者候補。それと同時に、義兄とも婚約者候補の仲という複雑な環境に身を置いていた。 それも第二王子が恋に狂い「伯爵令嬢(恋人)を妻(正妃)に迎えたい」と言い出したせいで。 第二王子が恋を諦めるのが早いか。それとも臣籍降下するのが早いか。とにかく、選ばれた王子の婚約者候補の令嬢達にすれば迷惑極まりないものだった。 ミネルヴァは初恋の相手である義兄と結婚する事を夢見ていたというに、突然の王家からの横やりに怒り心頭。それでも臣下としてグッと堪えた。 そんな中での義兄の裏切り。 愛する女性がいる? その相手と結婚したい? 何を仰っているのでしょうか? 混乱するミネルヴァを置き去りに義兄はどんどん話を続ける。 「お義兄様、あなたは婿入りのための養子縁組ですよ」と言いたいのをグッと堪えたミネルヴァであった。義兄を許す?許さない?答えは一つ。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】この胸に抱えたものは

Mimi
恋愛
『この胸が痛むのは』の登場人物達、それぞれの物語。 時系列は前後します 元話の『この胸が痛むのは』を未読の方には、ネタバレになります。 申し訳ありません🙇‍♀️ どうぞよろしくお願い致します。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

上手に騙してくださらなかった伯爵様へ

しきど
恋愛
 アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。  文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。  彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。  貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。  メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

処理中です...