最終電車

naomikoryo

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第六話:消えない違和感

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1. 胸に広がる恐怖
 ニュース番組のキャスターが冷静に事件の詳細を伝えているが、由紀の耳にはほとんど入ってこなかった。

 ただ、画面に映る男――昨夜、電車で自分に絡んできたあの酔っ払いが、逮捕されたという事実だけが脳に焼き付いていた。

 「……まさか……」

 目の前の光景が、どこか現実味を欠いて見える。
 これは、テレビの中の話? それとも、夢?

 ――いや、違う。

 これは、紛れもなく現実だった。

 「犯行は午前0時30分頃とみられており、被害者の女性は駅から徒歩10分ほどの自宅付近で倒れているのが発見されました……」

 被害者は、22歳の大学生。
 最終電車で彼女の1駅先で降り、その後何者かに襲われ、数か所刺されて死亡したという。

 容疑者は、田中勝(52)。
 酔っ払っていたが、被害者を狙って後をつけ、深夜の住宅街で襲ったとされる。

 「……っ……!」

 由紀は思わず腕を抱え込んだ。

 昨日、電車で自分に絡んできた男。
 あの男が、別の女性を襲っていた。

 もしあの時、あの青年が助けてくれなかったら……?
 もしかしたら、自分が被害者になっていたのかもしれない。

 背筋に冷たいものが走る。

 「……嘘でしょ……?」

 手が震える。

 それを止めるように、自分の腕をぎゅっと抱きしめた。

2. 記憶をたどる
 由紀はスマートフォンを手に取り、ニュースサイトを開いた。

 「昨夜○○駅付近で発生した事件について、犯人の身柄が確保されました……」

 SNSでも、すでに事件の情報が広まっていた。
 「最終電車の恐怖」「女性狙いの凶悪犯」などの言葉がトレンドに上がっている。

 自分が乗っていた電車で起きた事件。
 しかも、犯人は自分に絡んできた男だった。

 由紀はふと、昨夜の出来事を思い返した。

 ――青年の登場。
 彼がいなければ、酔っ払いの男は自分をターゲットにし続けていたかもしれない。

 「……あの人……」

 あの青年は、誰だったのだろう。

 助けてもらったことは間違いない。
 だけど、どうしてあの時、あんなに自然に話しかけてきたのか?
 まるで、自分をずっと見守っていたかのように。

 そして――彼の顔が、どこか懐かしく感じたこと。

 (……私は、あの人を知っている?)

 そう思った瞬間、ふと疑問が浮かぶ。

 「……でも、どうして顔が思い出せないの?」

 確かに昨夜、すぐ隣にいた。
 会話もしたし、表情も見ていたはず。

 でも、今思い出そうとすると、顔がぼんやりと霞んでいる。

 まるで、夢の中の出来事みたいに。

3. いつからこんなに疲れていたのか
 ふと、リビングの時計を見ると、11時30分を指していた。

 (やばい……何もしてない……)

 ヨーグルトを食べかけのまま、時間が経っていたことに気づく。
 手に持っていたスプーンも、すっかり冷たくなっていた。

 「……シャワーでも浴びようかな」

 ソファに沈み込みそうになる体を無理やり持ち上げ、ゆっくりとバスルームへ向かう。

 鏡の前に立ち、ふと自分の顔を見た。

 「……ひどい顔」

 目の下にはクマができ、肌もくすんでいる。
 髪は寝癖で乱れ、まるで疲れ切った会社員の見本のようだった。

 (いつからこんなに疲れていたんだろう)

 仕事で忙しくなるのは、別に珍しいことじゃない。
 だけど、こんなに心がすり減ったように感じたのは初めてだった。

 会社では、仕事ができる人間だと思われている。
 実際、周囲から頼られることも多い。

 でも、それが当たり前になりすぎて、「辛い」と言うことすら忘れていた。

 「もう少し頑張れば……」

 そんな風に思いながら、ずっと無理をしてきた。

 だけど、もし昨夜、あの酔っ払いが自分を狙っていたら?

 もし、あの青年が現れなかったら?

 自分は今ここにいなかったかもしれない――。

 その考えが、ふいに怖くなった。

4. 実家に帰ることを決める
 シャワーを浴び、少しスッキリしたところで、由紀はスマホを手に取った。

 母から、**「お盆は帰ってこれる?」**というメッセージが届いていた。

 「……そうだ、お盆か」

 毎年、この時期には実家に帰っている。
 でも、今年は忙しくて、まだ返事をしていなかった。

 「……少し、休もうかな」

 ここ最近、ずっと仕事に追われていた。
 心も体も疲れ切っているのに、無理を続けていた。

 今回の事件がなかったら、きっと「忙しいから」と断っていたかもしれない。

 でも、もし昨夜の出来事が違う結果になっていたら――。

 (今、生きてることって、当たり前じゃないんだな)

 それを痛感したからこそ、久しぶりに「休みたい」と思えた。

 『明日、帰るね』

 そうメッセージを送ると、すぐに母から**「楽しみにしてるよ!」**と返信が来た。

 (少し、リフレッシュしよう)

 決意すると、少しだけ気持ちが軽くなった。

 だけど――。

 まだ、胸の奥にひっかかるものがある。

 (あの人の顔、どうして思い出せないんだろう……)

 それが、ずっと心に残ったままだった。
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