最終電車

naomikoryo

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第八話:アルバムの記憶

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1. 何かを思い出せそうな気がして
 昼食を終えた後も、由紀の心の奥に引っかかるものは消えなかった。

 (何か、思い出せそうな気がする……でも、思い出せない)

 昨夜の青年の顔がはっきりと浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。
 どこか懐かしくて、親しみを感じたのに、記憶の中のどこにも当てはまらない。

 ――私は、本当に彼を知らないのだろうか?

 リビングのソファに座りながら、考え込んでいると、ふと視線の先に家族の写真が飾られているのが目に入った。

 玄関近くの棚の上に、小さな木製のフォトフレームが並んでいる。
 父が生きていた頃の家族写真。
 妹がまだ幼かった頃の写真。

 それらをじっと見ていると、由紀の口から自然と言葉がこぼれた。

 「ねぇ、お母さん……アルバム、まだある?」

 母はキッチンでお茶を淹れていたが、手を止めて振り向いた。

 「アルバム? あるわよ、確か和室の押し入れにしまってたはずだけど……」

 由紀は立ち上がり、和室へ向かった。

2. 古いアルバムを開く
 和室の押し入れを開けると、中には懐かしい物がたくさん詰まっていた。
 子供の頃に遊んだボードゲーム、妹とお揃いで買った古いクッション、そして――古いアルバムの束。

 手を伸ばし、ホコリを軽く払いながら、一冊ずつ取り出す。
 表紙には「1990年代」「2000年代」と書かれており、それぞれ家族の思い出が詰まっている。

 「懐かしいわねぇ」

 母が隣に座りながら、アルバムをめくる。

 そこには、幼い頃の由紀や妹の玲奈、若き日の父と母が写っていた。

 「これ、運動会の時ね」

 母が指を差した写真には、赤白帽をかぶって笑顔の由紀の姿があった。
 隣には、応援する父の姿。

 (お父さん……)

 父の顔を見つめながら、ふと、あることに気づいた。

 ――あれ?

 父の若い頃の写真。
 そこに写っている父の顔を見た瞬間、由紀の心臓が跳ね上がった。

 (この顔……)

 胸の奥がざわつく。

 なぜか、昨夜の青年の姿と重なって見えた。

3. そっくりな顔
 ページをめくるたびに、若い頃の父の写真が出てくる。
 高校時代、大学時代、新婚時代――。

 そして、20代前半の父が写る写真を見つけた瞬間、由紀は息をのんだ。

 「……この人……!」

 思わず指を差し、母を見上げる。

 「え? どうしたの?」

 母は驚いた様子で、由紀が指差した写真を覗き込んだ。

 それは、20代の頃の父の写真だった。

 若々しい顔立ち、柔らかな笑顔、少し無造作な髪型――。

 そして、その顔は……昨夜、電車で自分を助けてくれた青年にそっくりだった。

 「……嘘でしょ……?」

 由紀は、混乱しながら写真をまじまじと見つめた。

 記憶の奥底でぼんやりしていた青年の顔が、この写真と完全に一致した瞬間、全身に鳥肌が立った。

 (ありえない……でも、似てるどころじゃない……同じ顔だ)

 頭の中で、昨夜の出来事がフラッシュバックする。

 「よっ、久しぶり!」

 親しげに話しかけてきた青年の姿。
 酔っ払いから庇うように立ちはだかり、優しく微笑んでいたあの表情。

 (あの人は……お父さん……?)

 言葉にするのも信じられない。
 でも、どう考えても、この写真の父の姿と昨夜の青年の顔は同じだった。

4. 母との会話
 「ねぇ、お母さん……」

 動揺しながら母を見つめる。

 「……お父さんの若い頃って、どんな人だった?」

 母は少し意外そうな顔をしながら、懐かしそうに微笑んだ。

 「お父さん? そうね……とても優しい人だったわ。でも、ちょっとお節介なところがあったのよね」

 「お節介……?」

 「困ってる人を見ると、放っておけない性格だったの。誰かが困ってたら、すぐに手を差し伸べるような……。それでよく友達にもからかわれてたわね」

 由紀の心臓がドクンと跳ねた。

 (……それって、昨夜のあの人と同じじゃない?)

 酔っ払いから自分を守ってくれた青年。
 「困ってる人を放っておけない」と言っていた彼。

 まるで、母の話している若い頃の父と、同じ性格だった。

 偶然なのか?
 それとも……?

 「でも……どうして、そんなことを急に?」

 母が不思議そうに聞いてくる。

 由紀は、胸のざわつきを隠しながら、小さく首を横に振った。

 「なんとなく……」

 これをどう説明すればいいのか分からなかった。

 「昨夜、電車の中でお父さんに会った気がする」

 そんなことを言っても、信じてもらえるはずがない。

 それでも――。

 この偶然にしては出来すぎた状況を、ただの偶然として処理できるほど、由紀は鈍くなかった。

5. 夢か現実か
 自分が体験したことは、夢だったのか?
 それとも、本当に……?

 ただ一つ確かなことは――。

 昨夜、自分は確かに「何か」に助けられた。

 それが、父の姿をした何者かだったのか、それともただの偶然の出来事だったのかは分からない。

 でも、由紀は静かに思った。

 「ありがとう」

 もし、本当にお父さんだったのなら。
 もし、本当に、見守ってくれていたのだとしたら――。

 そう心の中で呟いた時、まるでそれを聞いていたかのように、家の外で優しい風が吹いた。
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