逢魔ヶ刻の迷い子2

naomikoryo

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夜の音楽室

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バタン……

 閉ざされた出口を前に、六人は愕然と立ち尽くした。

「なんで……なんで勝手に閉まるんだよ……!」

 隼人が扉を乱暴に叩く。
 しかし、先ほどまでは確かに開いていたはずの扉は、まるで最初から一枚の壁だったかのように、ビクともしない。

「もう、逃げられないの……?」

 由香の声が震えた。

 その時——。

ポロロン……

 かすかに響くピアノの音。

「……え?」

 美咲が顔を上げた。

 それは、まるで誰かが鍵盤を叩いたような音だった。

ポロン……ポロロン……ポロロロン……

 一定のリズムではなく、不規則に鳴る音。 まるで、誰かが適当に鍵盤を押しているかのように。

「……音楽室……?」

 大輝が息を飲んだ。

「まさか、勝手にピアノが鳴ってる……?」

 紗奈が囁く。

 学校の七不思議の一つ——『夜の音楽室のピアノ』。

 誰もいないはずの音楽室から、深夜にピアノの音が聞こえる。
 その音に引き寄せられて入ると、決して戻れない——。

「……どうする?」

 陽介が唇を噛みしめながら言った。

「行くしかないだろ」

 隼人が拳を握る。

「行かないと、またここに閉じ込められたままだ……」

 誰もが迷っていたが、出口が閉ざされた以上、他に選択肢はなかった。

「……わかった」

 陽介が先頭に立ち、六人は音楽室へと向かった。

 音楽室は二階の奥にある。

 廊下を進むにつれ、ピアノの音はだんだんと明瞭になっていった。

ポロン……ポロロン……ポロロロン……

「おかしい……」

 美咲が小さな声で言った。

「音の感じが、変じゃない?」

「どういうこと?」

 紗奈が訊く。

「普通、誰かが弾いてるなら、もっと曲っぽくなるでしょ?
 でも、これは……ただ鍵盤を適当に叩いてるだけみたいな……」

 まるで何かが“遊んでいる”かのような音。

 誰もが息を呑んだ。

 音楽室の扉は、ほんの少しだけ開いていた。

「入る……?」

 由香が震えた声で言った。

「……入るしかない」

 陽介が決意を固め、そっと扉を押した。

ギィィ……

 扉が軋む音を立てながら開いていく。

 そして、音楽室の内部が露わになった。

 誰もいない。

 しかし——。

 中央に置かれたピアノの鍵盤が、ひとりでに動いていた。

「……嘘だろ……」

 隼人が呆然と呟く。

 確かに、誰も座っていない。だが、白と黒の鍵盤はひとりでに押され、無秩序な旋律を奏でている。

ポロン……ポロロン……ポロロロン……

「こんなの……おかしい……!」

 由香が後ずさる。

「幽霊が弾いてるってこと?」

 紗奈が囁く。

 その時——。

バタン!!

 背後の扉が閉まった。

「うわあ!!」

 全員が一斉に振り向く。

 開けようとするが、びくともしない。

「また閉じ込められた……!?」

 大輝が叫ぶ。

「くそっ、どうすれば……」

 陽介が扉を叩いた、その瞬間——。

カタ……カタ……

 音楽室の隅にあるロッカーが、小さく揺れた。

「な……なんか、いる……?」

 美咲が息を呑む。

 ロッカーの扉はわずかに開いている。

 そして——。

カタ……カタ……カタ……

 中から何かがノックしている音がした。

「……っ!!」

 由香が泣きそうな声を上げた。

 その時——。

 ピアノの音が、ピタリと止んだ。

 音楽室は、まるで音が消えたかのように静まり返る。

 そして、ロッカーの扉が——。

ギィィ……

 ゆっくりと開いていった。

「……誰か……いる……?」

 紗奈が小さく囁く。

 ロッカーの中は、暗く、何も見えない。

 しかし——。

そこには、ひとつだけ、古びたランドセルが置かれていた。

「ランドセル……?」

 美咲が眉をひそめる。

 その瞬間——。

ランドセルが、勝手に開いた。

 中には、くしゃくしゃの楽譜が詰め込まれていた。

 そして、その一番上に書かれていた文字——。

『わたしの うた』

 「わたしのうた」——?

 六人が困惑したその瞬間——。

ガタン!!

 ピアノの椅子が倒れた。

 そして、誰もいないはずの空間から——。

「わたしの うたを きいて……」

 子供の囁き声がした。

「うわああああ!!」

 全員が悲鳴を上げる。

 その瞬間——。

 ピアノの蓋が、勢いよく閉まった。

バン!!

 そして——。

 音楽室の扉が、一人でに開いた。

「今のうちに!!」

 陽介が叫ぶ。

 六人は一斉に外へと飛び出した。

 廊下に出ると、音楽室の扉は、何事もなかったかのように静かに閉まっていた。

「……な、何だったんだ……」

 隼人が息を切らしながら言う。

「『わたしのうた』……」

 美咲が、先ほどのランドセルを思い出すように呟く。

「……もしかして、昔ここでピアノを弾いていた子供がいたのかも……」

 大輝が真剣な表情で言った。

「……でも、その子は、もういない……?」

 由香が震える声で言った。

 その時——。

 遠くから、再びピアノの音が聞こえた。

 しかし、それはもう、無秩序な旋律ではなく——。

 どこか悲しげなメロディーだった。
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