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第2章

10話

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 ふと頭の中に流れ込んでくる知識。それらはものに触れるか、意識を向ける事で発動する能力のようなものだった。しかし、得られる知識は特定の、薬草やそれに関連するものに限る。
 現状、与一の手に持っているいやし草に関しての知識もそうだ。記憶を思い返すかのように様々な情報が脳に直接流れ込んでくる──まるで、パズルのピースがひとつひとつが埋まっていくように。
 長い時間か、もしくは短い時間か、欲しい知識だけを得るだけならばそう時間は掛からないようだ。そして、調合師のスキルに関してもそうだった。

「え、っと」

 最初はどうすればいいのかなんてわからなかった与一であったが、悩んでいる間にも脳裏に知識のパズルがひとつずつ揃えられていき、長い人生で得る癖のようなものが身体に上書きされていく。
 気が付いたときには手に持っていたはずのいやし草が、インスタント食品のように乾燥していた。経緯を理解しようと、与一は別のいやし草を手に取り、再び意識を向ける。そして、再度同じ現象を目の当たりにして考え込んだ。

「乾燥させるっていう意志を持って、対象に意識を向けるってことか……?」

 仮説だが、これを証明するために必要なものなら揃っている。ならば、やる事は一つだ。



 部屋に散らばる水分の抜けきったいやし草。その傍であぐらをかいて顎に手を当てて悩み込む与一。

「結論から言えば、意志を持って意識を向けるってのは正解だな……となると、それを応用して抽出もできるんじゃないか?」

 ここまで来たんだ。最後までやってみなきゃ気が済まない──与一の中にあるこだわりがそう告げる。
 昔から人一倍こだわりが強かった。自分があんな感じにしたい、こんな感じにしたいと思えば思うほど、それらはほかの人のものとは異なっていき、やがては浮いていった。地元を離れて東京に出てきたのもそんなこだわりからだった。いつも見ている景色よりも、自分はもっといろんなものを見たい。そんな夢を抱いて。

「まぁ、結局働かなきゃ生きてけないからって、就職したところがブラックだったからなぁ……」

 前世での出来事などどうでもいいのだが、ついネチネチ言ってしまう。今は現実離れした生活をしているのだから、そんなこと忘れてしまおうと考え始める与一。
 改めて乾燥したいやし草に目を向ける。現状は行程の第一段階の乾燥を終えたばっかりだ。ここから、抽出して出来上がった何かでポーションを作る。

「となると、いやし草に含まれている治癒の成分だけ・・・・・・・を抽出すればいいんだよな」

 知識と癖に近い感覚もある。あとは成功するのを祈るだけだ。
 一息ついてから胸ポケットからタバコを取り出す。人目がないのでライターを使用して火をつけ、ふぅっと煙を吐き出しながらいやし草に意識を集中させる──抽出するのは治癒の成分。

 意識を向けてすぐに結果は出た。
 いやし草の外見には一切の変化はなく、草全体から白い粉のようなものがぽろぽろと落ちていく。粉末状のそれは、小さな山を作りだしたのだが、一目でこれが治癒の効果があるものだとはまだ言い切れない。
 しばらく粉末を見ていると知識が湧いてきた様子、白い粉末状のそれを見た与一は、はぁっと息を吐くと脱力した。

「せ、成功だぁ……ふぅ、なんか一仕事したようにドッと疲れた」

 タバコを吹かしながら壁に背を預ける与一。
 目の前にあるのは、乾燥したいやし草とそれから抽出された治癒の粉塵。初めて自分のスキルとやらを目の当たりにした与一は達成感と満足感に浸っていた。

「って言っても、地味だな。これ──」

 吸い殻入れにタバコを放り込み、治癒の粉塵を手に取った瞬間、厨房へと続く扉が勢いよく開いた。

「おう、与一! ちょっと早いが昼め……」
「あー。ちょうど良かった。少しこいつの実験をだなって、なんだなんだッ! 気色悪いから近づいてくるなっ」

 部屋に入ってきたのはピンクのエプロンをしたアルベルト。なのだが──居候が得体のしれない粉塵を手に取ってまじまじと見ているとなると、不安になったり心配するわけで。

「よ、与一……おめぇ、金がないってのは……こいつのせいか……?」

 ぼそりぼそりと呟くアルベルト。
 何が言いたいのかわからない与一は、首を傾げて治癒の粉塵とアルベルトの顔を交互に見る。

「いや、こいつは昨日手に入れたいやし草で……だな?」
「一文無しになるまでこいつに依存してるってことか……そうか、なら俺のとる行動は一つだァッ!?」
「あ、ちょっ。待て! 何をするつもりだ! 返せって!」

 せっかくの完成品を奪い取って握りしめるアルベルト。それを必死に止めようとする与一。だが、力が足りない。屈強な男を止めるほどの腕力を与一は持ち合わせていない。

「こんなッ! こんな白い粉などッ!」
「白い粉とか言うな! まるで俺がヤク中みたいじゃないか! それは俺がいやし草から抽出した成分なんだって!」
「信じられるかッ! この小麦粉にも似た感触、そしてなによりこの純白! 動かぬ証拠じゃないかッ! 俺はこいつにダメにされた知り合いを何人も見てきた。だから、俺はおめぇを止める! それだけだ!」

 ダメだ。完全に話を聞いてない。与一はアルベルトにどう説明するか考える前に、眼前で怒り狂っているおとこに為す術もなく。もうどうにでもなれ、と諦め始めた。

「こんなものはこうだァァァァッ!」

 手に握りしめた治癒の粉塵をアルベルトは、目一杯の力を込めて厨房の方向へと投げた。が、

「わっぷッ!? ちょ、ちょっと何するのよ……ッ!?」

 もろに顔面に粉塵を食らったアニエスが怒りに肩を震わせながらアルベルトを睨む。その横からひょこりと顔をだしたセシルが、彼女の頬に付着している粉塵を指で拭うとぺろりと舐め、『おぉっ』っと感嘆を漏らしていた。

「ん、これいやし草と同じ感じ」
「俺が抽出したんだ。にしても、舐めるだけでわかるなんてすごいじゃないかセシル​」
「先生の方がすごい──」
「え、あ。その、だな? アニエス……?」
「なにやら店の奥のほうが騒がしいと思ってきてみれば、白い粉だなんだ言ってるし……挙句の果てには顔面に白い粉吹っ掛けられるし──ねぇ、叔父さん?」

 セシルと与一会話を聞き、彼の言っていたことは本当だったのかと我に返ったアルベルトを待っていたのは、怒りを体現したかのように髪を逆立たせるアニエス──いや、鬼だ。真っ白なお面を被った鬼だ。

「ひ、ひぃいいッ!? ま、待つんだアニエス! 剣はダメだろ、剣ぁあああああああああッ!!!!」
「問答無用ぉおおおッ!!!」
「ぎゃぁあああああああッ!!!!」

 そして、昼に差し掛かる頃合いの港手前にある通りを行き交う人々が、何事かと振り返るほどのおとこの情けない悲鳴が辺りに響き渡ったのだった。
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