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第2章
9話
しおりを挟む蝋燭の明かりのみの薄暗い部屋の中で、ふたつの人影が向き合っている。両者互いにフードを深く被っており、顔ははっきりとわからない。だが、顎の骨格から片方が男。もう片方が女だという事はわかる。
「それで、調合師がギルドに登録しにきたという話は本当なのか?」
「えぇ。受付を通しての登録だったので間違いないかと」
「どこの国にも所属しない調合師とは、また珍しい──かねづるが迷い込んだものだ」
にやりと口元で笑みを浮かべる男。
「ですね。これからどうなさるおつもりで?」
「ふむ、まずは小手調べと行こうじゃないか。もし彼の腕前が利益に繋がるものだとしたら、あの御方がお喜びになられる品を提供できる。そうすれば、我々の懐も潤う事だろう」
くくくっと笑う男に、女は相槌を打つ。
「ギルドのからの依頼と称して彼を品定めするのですね」
「そうだ。これから忙しくなるぞ。互いに、な」
そう言うと、男は部屋を出ていく。そんな背中に、女はぺこりと頭を下げた。
ヤンサの街が動き出すのは明朝だ。
集まった屈強の男連中が漁に出るために、忙しなさそうに行き交う港。網を船に積み込む者や帆の点検等する者、羊皮紙に何かを書き込む者など。各自に割り当てられた仕事を迅速にこなして、日の出と共に地平線を目指して船を出す。こうして貝や魚に海藻と言った海産物が市場へと運び込まれていき、商人達がそれぞれの品物を見定めて取引をして、自分の店で販売をする。そして、ヤンサの一日が始まる。
街の中央は早朝という事もあり、それぞれが違う恰好をしている人々で溢れかえっていた。賑わいを見せるこの時間帯は、基本的に新鮮な魚を買おうと詰め寄ってくる住民やら旅人、冒険者や見回りの騎士と言った人間と様々だ。
値段も質も申し分なく、売れ残ったものは保存食として干されて他の街へと流れていく。よくできた仕組みだと頷ける。
そして、そんな露店や商店で溢れかえっている人混みを進む男がふたり。
「がっはっは! まさか、与一が早起きとはな。これで心起きなく買い物ができるってもんよ!」
「ま、まぁ。早起きは習慣になってるからな……」
少し残念そうな顔をする与一と、朝から大声で笑うアルベルトだ。
どうやら朝の買い出しをするアルベルトに与一が同行しているようだ。社畜時代の与一は、夜遅くまで仕事をして家に帰ってはすぐに寝て朝早くから起きて出勤していたので習慣と言えば習慣なのだろうが、長年続けてきたことをいきなりやめることなど、人間到底できないものだから仕方のない事だ。実際は起きてすぐにアルベルトに気づかれて、引っ張り出されただけなのだが。
行き交う人をちらちらを見ては、自身が異世界に来たことを実感する与一を横目に、アルベルトはあっちに行ってはこっちに行って目的の物を買ってくる。荷物は当然──与一の仕事だった。
「お、重いッ! あと、いくつ買う予定なんだ! これ以上は無理、腕が捥げるッ!!」
「おいおい、たったこれっぽっちだぞ? ったく、ひょろっちぃとは思っていたがここまでとはな……タダで部屋貸してやってんだから、これくらいは働いてもらわんとな!」
根を上げ始める与一に対して、アルベルトは情けないとばかりに言い放った。一文無しはその一つ一つの言葉に、ぐうの根も出ず、ぐぬぬと我慢するしかなかった。
「次の店で買い物は終わりだ。それまで荷物落とすんじゃないぞー」
「っくそぉおおお。絶対楽しんでるだろ!」
「がっはっは! なんの事だかな」
にぃっと歯を見せて笑うアルベルトの後を、とぼとぼと重い足取りで続く与一であった。
買い物を終えて宿に戻る頃には日が昇り始め、少しずつ気温が上がり始めた。海と隣接していることもあり、じめじめとしている空気が漂ってはいるが、寒くなく、暑くもない。快適と言うには湿度が少し高いと言った気候──にあるにも関わらず、宿の手前で力尽きて汗だくになっている与一。
「ぁああああ、死ぬ。もう、無理っ!」
「少し荷物を持っただけじゃないか! ほら、立て。与一!」
「も、もう少し……」
「ったく、これから飯だってのに──」
「さぁ、行こう。こいつはどこに置けばいいんだ!?」
飯と言う単語に反応して起き上がった与一に、呆れて何も言えないアルベルト。何か言いたそうに、ただただ深みのある笑顔を貫き通した。
朝食にしては豪華すぎる量の魚介料理に、与一は目を輝かせて食らいついた。その横で『美味そうに食べるじゃないか!』と上機嫌だったアルベルト。食事を終え、店番をすると言い出した彼と別れてから、物置部屋の居候による悪だくみが始まろうとしていた。
床に並べられたいやし草。その一本一本を手に取っては状態を確かめ、少し傷んでしまっているものだけを最初に手に取る。冒険者ギルドで受付嬢が言っていたスキル等が使えるのかと疑問を抱きながら、大きく背伸びをしてから真剣な眼差しでいやし草を見やった。
「──んじゃ、いっちょやってみますかッ!」
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