転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

文字の大きさ
15 / 61
第2部:交差する思惑

第15話:鉱山の幽霊騒ぎと、昼寝好きの『指南役』。

しおりを挟む
静まり返った組合の酒場に、
陽菜の、凛とした声だけが響き渡った。

「もう一度、言います。彼に、謝ってください」

その言葉は、絶対的な静けさの中で、奇妙なほどの重みを持っていた。

彼女の周りを音もなく舞う、光の粒子をまとった三体の式神。
純白の隼、銀色の狐、そして荘厳な玄武。

それらは、ただそこに存在するだけで、猛(たける)たち『紅蓮の獅子』の猛者たちを、まるで金縛りにあったかのように縫い付けていた。

猛は、脂汗を流しながら、目の前の光景を信じられない思いで見つめていた。
彼の本能が、警鐘を乱打している。

目の前にいるのは、ただの村娘ではない。
自分たちが今まで対峙してきた、どんな魔獣よりも、どんな高位の魔法使いよりも、遥かに格上の、決して敵対してはならない「何か」だ、と。

彼の誇りも、正義も、自慢の剛剣も、この神聖にして不可侵な存在の前では、何の意味もなさない。

「……っ」

猛は、屈辱に顔を歪ませ、ギリ、と奥歯を噛み締めた。
しかし、頭上を旋回する隼の、魂の芯まで見透かすような鋭い眼光に射抜かれ、彼の闘志は、まるで陽光に晒された氷のように、急速に溶けていく。

やがて、彼は、震える唇をようやく動かした。

「……す、ま、なかった」

それは、やっとの思いで喉から絞り出したような、かすれた声だった。
彼は、俯いて自己否定の渦に沈んでいる宗一郎から、決して目を合わせようとはしなかった。

その、あまりにも惨めな謝罪の言葉を聞いて、陽菜は、ふっと、その張り詰めていた表情を緩めた。

彼女が、小さく息を吐くと、周囲を舞っていた三体の式神は、淡い光の粒子となって霧散し、すうっと、彼女が手にしていた三枚の和紙の中へと吸い込まれていった。

陽菜は、その和紙を丁寧に懐にしまうと、再び、いつもの、少し訛りのある、太陽のような笑顔を猛に向けた。

「うん。分かれば、いいの」

その瞬間、猛を縛り付けていた金縛りのような圧力が、嘘のように消え去った。

彼は、はっと息を吸い込むと、もはや一刻もこの場にいたくないというように、顔を真っ赤にしたまま踵を返し、仲間たちに「行くぞ!」とだけ吐き捨てると、逃げるように酒場から去っていった。

後に残されたのは、固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた冒険者たちの、抑えきれない興奮の囁き声と、そして、これまで経験したことのないほどに気まずい沈黙に包まれた、宗一郎たちのテーブルだった。

***

酒場からの帰り道。

夜の帳が完全に下り、空には満月が煌々と輝いていた。
石畳の道を、カランコロンと下駄の音だけが虚しく響く。

誰も、何も話せないでいた。

朱鷺も、玄も、先ほどの陽菜の、あの神がかり的な術について、聞きたくても聞けないでいた。
彼女は一体何者なのか。
なぜ、あんな力を隠していたのか。

聞きたいことは、山ほどある。
だが、それを聞いてしまえば、この奇妙で、しかしどこか心地よかった関係が、変わってしまうのではないかという、漠然とした恐れがあった。

宗一郎に至っては、混乱の極みにいた。

(俺のために、陽菜さんが、怒ってくれた?)
(でも、なんだ、あれは。式神? 陰陽師? まるで物語の世界じゃないか)
(朱鷺さんと玄さんだけでも、俺とは住む世界が違うと思ってたのに、陽菜さんまで……。やっぱり、俺だけが、この中で、何の価値もない、ただの部外者なんじゃないか?)

そんな、重苦しい沈黙を破ったのは、他ならぬ陽菜本人だった。

「あー、お腹すいたー! さっきの騒ぎで、お団子、全部食べられなかったのが心残りだなあ」

彼女は、けろりとした顔で、まるで先ほどの出来事など何もなかったかのように、そう言って笑った。
その、あまりの切り替えの早さと、いつもと変わらない屈託のなさに、朱鷺も玄も、そして宗一郎も、完全に毒気を抜かれてしまった。

結局、その夜は、誰も、あの出来事について触れることはなかった。

しかし、彼らの関係は、確実に変化していた。
朱鷺と玄の視線は、宗一郎だけでなく、時折、陽菜にも向けられるようになった。
その視線には、畏怖と、そして底知れない謎に対する、探るような色が混じっていた。

***

翌朝。

組合の依頼掲示板の前に、ひときわ大きな人だかりができていた。
冒険者たちが、ざわざわと興奮した様子で、一枚の羊皮紙を食い入るように見つめている。

羊皮紙には、禍々しいほどの墨痕でこう記されていた。

『緊急依頼:北の旧銅山にて、幽霊及びアンデッドの目撃情報多数。調査に向かった鉱夫数名に被害。原因を調査し、これを排除せよ。依頼主:領主代理』

報酬は、破格の金貨百枚。

朱鷺がその依頼書に興味深そうに目を細めていると、人垣の向こう側から、ばつの悪そうな、しかし敵意に満ちた声が響いた。

「その依頼、俺たち『紅蓮の獅子』が引き受けさせてもらう!」

声の主は、猛だった。
彼は、昨夜の屈辱を、この高難易度の依頼で晴らそうと、躍起になっているようだった。

朱鷺は、そんな猛に穏やかな笑みを向けると、ふわりと、しかし有無を言わせぬ響きでこう言った。

「あら、奇遇ですね、猛殿。私たちも、その依頼、少々興味がありますの。もしよろしければ、ご一緒しませんこと?」

その言葉は、協力の提案でありながら、猛にとっては「お前たちだけに手柄は渡さない」という、事実上の宣戦布告に聞こえただろう。

猛は「望むところだ!」と顔を真っ赤にしながら叫び、半ば強制的に、二つのパーティによる共同戦線、という名の、気まずさ満点の手柄争いが決定したのだった。

宗一郎の「家に帰って寝てたい」という、ささやかな願いは、またしても、誰の耳に届くこともなく、組合の喧騒の中に虚しく消えていった。

***

馬車に揺られること、半日。

一行が到着した旧銅山は、荒涼とした岩山の中腹に、巨大な獣が口を開けたかのように、ぽっかりと黒い闇を晒していた。

内部は、松明の明かりだけが頼りの、完全な闇だった。
壁は湿ってぬめり、天井からは、ぽたん、ぽたんと水滴が落ちる音が、不気味に反響している。

一行が奥へ進むと、呻き声と共に、ゾンビやスケルトンといったアンデッドモンスターが次々と現れる。
先行する『紅蓮の獅子』は、神聖魔法で応戦し、猛が大剣でゾンビを薙ぎ払う。
しかし、敵の数は多く、キリがない。

激しい戦闘を切り抜け、一行は、鉱山の最奥部にある、巨大な空洞へとたどり着いた。
そこは、これまでの通路とは比べ物にならないほど、夥しい数のアンデッドで埋め尽くされていた。

しかし、一行の目は、そのアンデッドたちではなかった。
その視線は、群れのど真ん中に、釘付けになっていた。

そこに、一人の老人がいた。

みすぼらしい旅装束をまとい、鍾乳石に寄りかかって、ぐうぐうと気持ちよさそうないびきをかきながら、呑気に昼寝をしていたのだ。

アンデッドたちは、彼に気づいているのかいないのか、ただその周りをうろつくだけで、一切手を出そうとしない。
あまりにシュールで、異常な光景だった。

猛が「じいさん、危ない!」と叫んだ声で、老人は「んがっ」と奇妙な声を上げて目を覚ます。

老人:「おお、すまんすまん。ちと昼寝が長すぎたようじゃ。閉じ込められてしもうて、腹は減るし、退屈でなあ」

彼は鉄斎(てっさい)と名乗る。
その名を聞いて、玄の顔色が変わる。

鉄斎とは、この国に数えるほどしかいない、あらゆる武術を極め、王族や将軍家の師範も務める「指南役」の称号を持つ、生ける伝説だった。

朱鷺だけは、静かに会釈をしている。
(知り合い??)

猛は、「し、指南役殿が、なぜこのような場所に!?」と狼狽するが、鉄斎は「ほっほっほ。まあ、ちょっとした散歩の途中でのう」と、とぼけて笑うだけ。

しかし、その細められた瞳の奥には、すべてを見透かすような、老獪で、底知れない光が宿っていた。
彼は、アンデッドの大群をまるで道端の石ころでも見るかのように一瞥すると、楽しそうに口の端を吊り上げる。

「さて、面白い若者がぎょうさん集まったことじゃ。ちいとばかし、退屈しのぎに付き合ってもらうとしようかのう」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲のアンデッドたちが、一斉に一行に向かって襲いかかってきた。

物語は、新たな、そして規格外の強者の登場によって、さらなる混沌の渦の中へと、否応なく突き進んでいく。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

勘当された少年と不思議な少女

レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。 理由は外れスキルを持ってるから… 眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。 そんな2人が出会って…

荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。 しかし―― 彼が切り捨てた仲間こそが、 実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。 事実に気づいた時にはもう遅い。 道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。 “荷物持ちがいなくなった瞬間”から、 アレクスの日常は静かに崩壊していく。 短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。 そんな彼と再び肩を並べることになったのは―― 美しいのに中二が暴走する魔法使い ノー天気で鈍感な僧侶 そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。 自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。 これは、 “間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる” 再生の物語である。 《小説家になろうにも投稿しています》

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

処理中です...