転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

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第4部:偽りの聖女と裏切りの王国

第33話:初めての敗北、そして屈辱の撤退

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天が、落ちてくる。 相田宗一郎の目には、時雨(しぐれ)が振り下ろした二本の巨大な土の腕が、空そのものが剥がれ落ちてくるかのような、抗(あらが)いようのない終焉(しゅうえん)の光景に映った。 それは、絶望的なほどにゆっくりだった。だが、その緩慢(かんまん)な動きこそが、この場にいる者たちの生存本能に、逃れられない「死」の確定を叩きつけていた。

「うおおおおお! 姫様をお守りしろ! 盾を構えろ! 結界を維持しろ!」 近衛騎士団長が、己の恐怖を振り払うかのように絶叫した。 生き残っていた騎士たちが、腐敗した大地に沈みかけた身体を必死で引き抜き、小雪姫の輿(こし)の前に集結する。彼らは、この国最強の硬度を誇る金属で作られた大盾を掲げ、最後の誇りをかけて、迫り来る絶望に対する壁となった。 彼らの誇り。彼らの忠誠。彼らが人生の全てを捧げてきた、王家を守るという誓い。 それら全てが、次の瞬間、あまりにも無慈悲な音と共に、砕け散った。

ゴシャァァァァン!

紙だった。 鋼鉄の盾が、まるで湿った紙細工のように、巨大な土の腕の一撃の下に、ひしゃげ、ねじ曲がり、原型を留めずに弾け飛んだ。 「が……っ」 「あ……」 騎士たちの悲鳴すら、その轟音にかき消された。鍛え上げられた彼らの肉体、誇り高き鋼鉄の鎧(よろい)ごと、無慈悲に、赤子(あかご)の手をひねるように、握り潰されていく。 誇り高き騎士たちが、ただの「障害物」として、無造作に排除されていく。 その光景は、宗一郎がこれまでの人生で見てきたどんな理不G尽な暴力よりも、冷たく、絶対的な「力の差」を物語っていた。

「――っ!」 その地獄絵図の中で、二条の閃光が走った。 朱鷺と玄だ。 「天下一の剣を、舐めるな!」 朱鷺の神速の剣が、土の腕の側面を駆け上がり、本体である時雨の喉元へと迫る。それは、音を置き去りにするほどの、まさしく神域の一閃。 「おうらぁっ!」 玄もまた、腐敗した大地を強く踏みしめ、深手を負ったことなど感じさせない剛の太刀を、時雨の胴へと叩き込む。 二人が放ったのは、この国における「武」の頂点。 だが。 「……無駄だ」 時雨は、二人を一瞥(いちべつ)すらせずに、そう呟いた。 キィン、という、先ほどよりもさらに鈍い音が響く。 二人の刃は、またしても、時雨の身体に触れる数寸手前で、虚空に阻まれた。 いや、阻まれたのではない。 二人の刃の切っ先から、まるで何かに吸い取られるかのように、その威力が、速度が、存在意義そのものが、霧散(むさん)していくのだ。 時雨の周囲に渦巻く、あの「世界の理(ことわり)の歪み」が、二人の剣が持つ「斬る」という概念そのものを、時雨に届く前に「無効化」していた。 「なっ……!?」 「威力が、消え……!」 二人の驚愕は、時雨の容赦ない反撃によって中断させられる。 時雨はただ、腕を振るった。それだけだった。 腐敗した大地が呼応し、無数の黒い触手となって二人を打ち据える。 「ぐ……っ!」 「がはっ……!」 朱鷺はかろうじてそれを剣で受け流すが、あまりの衝撃に体勢を崩し、瘴気に左腕を焼かれる。玄は避けきれず、その巨体を横殴りに吹き飛ばされ、泥の中へと叩きつけられた。 防戦一方。 いや、防御すらままならない。 二人の身体には、瞬く間に無数の生傷が刻まれていく。 陽菜が決死の形相で式神を放つが、穢れの瘴気に触れた端(はし)から、和紙が燃え尽きるように、ボロボロと崩壊していく。 「……っ、ここまで、なの……」 陽菜の唇から、絶望の混じった声が漏れた。 誰もが、心のどこかで分かってしまった。 勝てない。 これは、戦いですらない。 ただ、「上位存在」による、一方的な「駆除」なのだと。

仲間たちが、次々と倒れていく。 血を吐き、泥にまみれ、それでも立ち上がろうとして、再び叩き伏せられる。 宗一郎は、その光景を、凍りついた思考の中で見ていた。 (まただ) また、何もできない。 現世(あっち)の教室でも、そうだった。 理不尽な暴力の前で、ただ、うずくまっていることしかできなかった。 最強の力を手に入れたはずの、この世界(こっち)でも、結局、何も変わらない。 (俺は、結局、あの教室の隅から、一歩も動けていなかったんだ) 胸の奥で、何かが、ぷつり、と切れた。 それは、恐怖を通り越した、冷たい、冷たい「覚悟」だった。 「……俺が」 宗一郎は、震える声で、しかしはっきりと呟いた。 「俺が、時間を稼ぐ」 「宗一郎さん!?」 陽菜が、悲鳴に近い声を上げた。 「その間に、みんなを……! 陽菜さんは、みんなを連れて……!」 「何を言ってるの! あなたまでいなくなったら……!」 「いいから!」 宗一郎は、初めて、陽菜の言葉を遮(さえぎ)って叫んだ。 彼は、自分の転移魔法が、あの時雨の「管理者権限」の前では正常に機能しないことを、誰よりも理解していた。 だから、やることは一つしかなかった。 (座標が定まらないなら) (正常に発動しないなら) (だったら――!) 彼は、自らの内に秘められた、規格外の力の奔流を、その安全装置(リミッター)の全てを引きちぎって、解放した。 「暴発、しろォォォォォ!!」 狙うのは、時雨の周囲の空間、そのもの。 座標を指定した「転移」ではない。 時雨が存在する、その一帯の空間の「定義」そのものを、力ずくで引き剥がし、別の次元に隔離する! それは、もはや魔法ではなく、ただの力のゴリ押し。世界のOSに、許容量(キャパシティ)を超えた処理を無理やり実行させ、システムごとクラッシュさせるような、無茶苦茶な試みだった。 「ぐ……っ、ああああああああっ!」 宗一郎の全身から、血が噴き出した。 鼻から、耳から、目から、おびただしい量の血液が溢れ出す。視界が、赤と黒のノイズで明滅する。 彼を中心にして、空間そのものがガラスのようにひび割れていくのが見えた。 時雨の周囲の風景が、ぐにゃり、と歪み、引き伸ばされ、まるで巨大な口が開くかのように、異次元の闇が空間を侵食し始めた。 凄まじいエネルギーの暴走が、時雨の「理の書き換え」に、一瞬だけ拮抗(きっこう)する。 「……ほう。面白い。自滅覚悟の、最後の悪あがきか」 時雨が、初めて、その表情に「興味」という色を浮かべた。 だが、それも、ほんの一瞬。 「だが、無駄だと言ったはずだ」 時雨の力が、宗一郎の暴走した力を、まるで水が火を飲み込むかのように、内側から、静かに侵食していく。 ガラスのようにひび割れた空間が、修復されるどころか、さらに不安定に「腐食」していく。 (……だめ、か。ここまで、か!) 宗一郎の意識が、その膨大な負荷と絶望によって、暗転しかけた、その時。

キィン! 甲高い風切り音と共に、一本の錫杖(しゃくじょう)が、どこからともなく飛来した。 それは、時雨の本体を狙ったものではなかった。 宗一郎の暴走した力と、時雨の侵食する力がぶつかり合う、その「歪みの中心点」を、寸分違(たが)わず正確に撃ち抜いた。 「!?」 力の均衡が、ほんの僅かに乱れる。 時雨の集中が、一瞬だけ、その錫杖へと逸(そ)れた。 その一瞬の隙を、見逃す者たちではなかった。 「――阿呆(あほう)めが! 死ぬ気か!」 宗一郎の耳に、聞き慣れた、しかし今は神の声のように思える老人の怒声が響いた。 見れば、いつの間にか、腐敗した大地の外縁に、指南役・鉄斎が立っていた。 「それはまだ、お主が扱いきれる代物ではないわ!」 鉄斎はそう吐き捨てると、信じがたい速度で戦場を駆け、泥の中に沈んでいた玄と、深手を負った朱鷺を、両脇に小脇に抱えるようにして担ぎ上げた。 「陽菜! 決死の陽動、放て!」 陽菜が、鉄斎の言葉に、はっと我に返る。 彼女は、懐から最後の一枚となった、ひときわ神聖な気を放つ式神を取り出し、自らの血をその上に滴らせる。 「我が身の全てと引き換えに、顕現(けんげん)せよ!――『荒魂(あらみたま)』!」 陽菜の最強の式神。それは、彼女の生命力そのものを贄(にえ)とする、最後の切り札だった。 光の塊と化した式神は、時雨へと突撃し、その目前で、大気を震わせるほどの眩(まばゆ)い光と共に、自爆した。 「……!」 さすがの時雨も、その神聖な力の爆発に、一瞬、たたらを踏む。 「退(ひ)くぞ、小僧!」 鉄斎が、血反吐(ちへど)を吐きながら膝をつく宗一郎に、怒鳴った。 「今は勝てん! 生きて、次を考えい!」 「……っ!」 屈辱。 それ以外の、どんな言葉も浮かばなかった。 宗一郎は、倒れ、泥に沈んでいく騎士たちの姿を、そして、爆炎の向こう側で、再びこちらを捉え、凍るような憎しみの表情を浮かべる時雨の姿を、脳裏に焼き付けた。 (……覚えて、ろ) 彼は、残った最後の力を振り絞り、転移魔法を発動させる。 もう、座標が歪もうが、関係ない。どこでもいい。ただ、ここではない、どこかへ。 視界が、ノイズと共に、完全に暗転した。 無敵だった彼の、初めての完全な敗北。 その事実は、彼の心に、二度と消えない深い傷跡となって、刻みつけられた。
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