転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

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第5部:復讐の刃と忘れえぬ残照

第42話:拒絶された対話と、復讐という名の『渇愛』。

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一行が再びたどり着いた森の最深部は、もはや、ただの「場所」ではなかった。 それは、大地そのものが数百年という時間をかけて流し続けてきた、膿と血涙の溜まり場だった。

瘴気の濃度は、入り口の比ではない。 一歩足を踏み入れるごとに、ぬかるんだ地面が「じゅぶっ」と不気味な水音を立て、腐敗した泥が足にまとわりつく。呼吸をするたびに、鼻腔を突き刺すのは、単なる腐臭ではなかった。それは、無数の魂が朽ち果てていくような、精神に直接作用する、冷たい絶望の匂いだった。

空は、渦巻く紫色の瘴気の雲に完全に覆われ、真昼だというのに、視界は黄昏時よりもなお暗い。 そして、絶え間なく、地軸の底から響いてくる、あの音。

ドクン。

ドクン。

中央に広がる、油のように淀んだ巨大な沼。その心臓部から、まるで巨大な生物が脈打つかのように、低い地響きが一定のリズムで伝わってくる。それは、大地に封じられた「闇の住人」たちの、決して鎮まることのない怒りの鼓動そのものだった。

生き残った近衛騎士たちは、盾を構えながらも、その圧倒的な「気」の圧力に顔面を蒼白にさせている。猛(たける)も、朱鷺も、玄も、そして宗一郎も、前回この場所で味わった絶対的な敗北の記憶を、肌で感じていた。

その、絶望の心臓部。 全ての穢れの源である、巨大な神木の骸。その根元に、彼は、静かに立っていた。 時雨(しぐれ)王子。 死んだはずの、姫の兄。

前回よりも、彼から放たれる力は明らかに強大化していた。その姿は、もはや実体を保っているのが不思議なほどで、周囲の空間が、夏の陽炎のように、彼の輪郭を軸にしてぐにゃりと歪んで見えた。彼は、ただそこに在るだけで、この世界の物理法則を、自らの憎しみの色に塗り替えようとしていた。

一行は、小雪姫の輿を中央に、即座に円陣を組む。 張り詰めた弦のように、空気が極限まで緊張する。 その、誰もが息を呑んだ静寂を、破ったのは。

「……お兄、様」

か細い、しかし、凛とした意志の宿る声だった。 小雪姫だった。 彼女は、輿の御簾(みす)を自らの手で静かに上げ、衰弱しきってはいるが、決して折れてはいない瞳で、まっすぐに兄の姿を見つめていた。宗一郎の差し出した、あの不格好な蒸しパンによって繋ぎ止められた、か細い生の意志。それが今、彼女を突き動かしていた。

「お兄様! もう、やめてください!」

その声は、悲痛な叫びだった。 「私たちが……いいえ、王家が、間違っていました! あなた様と、この地に生きていた全ての人々に対して、決して許されざる罪を犯したのです!」

王家の人間が、その口で、はっきりと認めた「罪」。 その言葉に、時雨の歪んだ輪郭が、ほんの僅かに揺らいだ。 すかさず、陽菜が必死に声を張り上げる。

「道があるんです! 全てを奪い返すのでも、滅ぼすのでもない、道が!」 彼女は、あの古文書の写しを、まるで護符のように胸に掲げる。 「『共存の儀式』! あなたたちの魂を、憎しみから解放し、鎮め、この大地と再び調和するための、古(いにしえ)の儀式が残されていました! だから、どうか……どうか、憎しみの連鎖は、ここで断ち切ることができるんです!」

それは、この絶望的な状況下で、一行が見つけ出した、唯一にして最後の希望の光だった。 対話の道。調和の道。 だが、そのか細い光を、時雨は、心の底から湧き上がる嘲笑で、無慈悲に吹き消した。

「―――共存、だと?」

彼の声は、もはや人間の声ではなかった。沼全体が、大地そのものが、何百年分もの嘲りを込めて響いているかのようだった。

「ふ、ふははは……! 欺瞞も、そこまで突き詰めれば見事なものだ!」

時雨は、ゆっくりと一行を見据える。その瞳には、もはや悲しみはない。ただ、全てを焼き尽くす、純粋な憎悪の業火だけが燃え盛っていた。

「この大地に染み込んだ、我が同胞たちの血涙を忘れろと? 数百年の長きにわたり、その魂を弄び、その犠牲の上に偽りの繁栄を築いてきた虐殺者どもと、今さら、手を取り合えと申すか!」

彼の言葉は、彼一人のものではなかった。それは、この地に封じられた全ての魂の代弁だった。 彼らにとって、「共存」や「調和」という言葉は、あまりにも遅すぎた。あまりにも、白々しすぎた。

「我が望みは、一つ」 彼は、静かに、しかし絶対的な意志を込めて宣言する。 「腐りきった王家への、完全なる『復讐』。そして、虐げられ続けた同胞たちの、絶対なる『解放』。それのみ!」

彼の強烈な、過去への執着。 「こうでなければならない」「許せるはずがない」という、焼けつくような『渇愛』。 それこそが、仏教が「集諦(じったい)」と呼ぶ、苦しみの連鎖を生み出す根源的な原因そのものだった。だが、その業火に焼かれている当人にとって、それは唯一無二の正義であり、生きる理由そのものだった。

対話の扉は、今、音を立てて、完全に閉ざされた。

「……そんな」 陽菜の顔から、血の気が引いていく。 小雪も、絶望に再び唇を噛み締める。 時雨が、その歪んだ手をゆっくりと上げ、この無駄な問答ごと全てを消し去ろうとした、その時だった。

宗一郎は、時雨の絶望的な宣言よりも、隣で起きた「異変」に、背筋が凍るのを感じていた。 鉄斎との稽古で研ぎ澄まされつつあった「心の目」が、隣に立つ朱鷺の、恐ろしいまでの「変化」を捉えていた。

ふっ、と。 まるで、蝋燭の火が消えるように。 朱鷺の顔から、一切の表情が消え失せた。 緊張も、怒りも、焦りも、全てが抜け落ちた、完璧なまでに美しい、能面。 宗一郎が王宮の書庫で垣間見た、あの悲しみに満ちた横顔ですらない。ただ、無。

彼女は、時雨の、あの憎しみに凝り固まった姿、一切の妥協を許さない拒絶の言葉に、自分の心の最も暗く、最も深い場所にある何かが、激しく共鳴するのを感じていた。 それは、理解、ではなかった。 それは、同調。あるいは、同一化。 彼女もまた、時雨と全く同じ、強烈な「渇愛」に支配された、過去の亡霊だったのだから。

「……朱鷺さん?」

宗一郎が、不安に駆られて、か細く声をかける。 しかし、朱鷺は、宗一郎の方など、もはや見ていなかった。 彼女の視線は、憎悪の対象であるはずの時雨に、まるで鏡の中の自分自身を見るかのように、まっすぐに、釘付けになっていた。

そして、彼女は呟いた。 その声は、あの月夜の晩に聞いた、少女のような無防備な笑い声とは対極にある、万年氷のように、凍てついた声だった。

「そう、ですよね」

「許せるはずが、ありませんよね」

玄が、その声の響きに、はっとしたように目を見開く。

朱鷺は、ゆっくりと、時雨に向かって一歩、踏み出す。 「奪われた者にとって、『共存』など、ただの欺瞞」 もう一歩。 「『調和』など、勝者の押し付ける、醜い偽善ですもの」

彼女の瞳に、時雨と同じ、暗く、冷たい復讐の炎が燃え盛る。 「渇愛」が、彼女の全身を完全に支配した瞬間だった。

「姐さん、よせ! 奴の言葉に乗るんじゃねえ!」

玄の、過去のトラウマを抉られるような、悲痛な叫びが響く。 だが、それは、遅すぎた。

カキン! という金属音と共に、朱鷺は愛刀の『白鷺』を抜き放っていた。 彼女の意識は、もはや「今、ここ」にはない。

「あなたの絶望は、同類(わたし)が終わらせてあげる」

彼女の体は、一行の制止を振り切り、一閃の光となって時雨に向かって突進する。

「そして、その後、この国の全てを、私が!」

二つの、巨大で、絶望的な「渇愛」が、森の中心で激突しようとしていた。 その、刃が触れ合う、刹那。

朱鷺の視界が、真っ白に染まった。 轟音。熱風。悲鳴。 そして、全てを焼き尽くす、あの「紅い夜」の記憶が、鮮烈に、彼女の脳裏にフラッシュバックした。
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