転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

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第5部:復讐の刃と忘れえぬ残照

第47話:朱鷺の追憶・四 ~『天下一』という名の虚像~

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(俺が、嫌なんだよ!)

あの、みっともなく、不器用で、しかし、あまりにも真っ直ぐな魂の叫び。 宗一郎の言葉が、十数年ぶりに、朱鷺(とき)の凍りついた心の鎧に、決定的な亀裂を入れた。 激突の衝撃と、心の激震。その二つによって、彼女の意識は、再び、深く、冷たい過去へと沈んでいく。

―――あれから、何年が経っただろうか。

ジルベスタが燃え尽きたあの「紅い夜」。 指南役・鉄斎(てっさい)に拾われたトキは、文字通り、人外の修行にその身を投じた。 生きる理由は、ただ一つ。 父を殺し、母を奪い、弟を虫けらのように踏みにじった、あの黒い鎧の部隊長と、それを命じた王国の闇、その全てを、この手で斬り捨てること。 その強烈な「渇愛(かつあい)」だけが、彼女をかろうじてこの世に繋ぎ止める、唯一無二の生きる糧だった。

彼女の剣の才は、鉄斎という規格外の師を得て、常軌を逸した速度で開花していく。 だが、彼女が求めるのは、ただの「強さ」ではなかった。 ジルベスタの真相。王国の暗部。そして、あの隊長の、名前。 それらに辿り着くための、最短にして、唯一の道。

「天下一」。

国王陛下の御前で、その武勇を競う「御前試合」。その頂点に立ち、国中にその名を知らしめた者にのみ与えられる、最高の栄誉。 その称号さえあれば、「天下一」という「鍵」さえ手に入れれば、王宮の深奥、あの黒い本が眠る「禁書庫」にさえ、近づくことができるかもしれない。

鉄斎の元を離れた彼女は、名を隠し、過去を隠し、ただ、その「鍵」を手に入れるためだけに、各地の武術大会を荒らし回り始めた。

場所は、灼熱の砂漠。 照りつける太陽が、闘技場の白い砂を焼き、観客の汗と、血の匂いが混じり合った乾いた砂埃が、熱風と共に舞い上がる。 「ウオオオオ!」 筋骨隆々の大男が、巨大な戦斧を振り回し、地響きを立てて突進してくる。 トキは、その場から一歩も動かない。 ただ、男が踏み込む瞬間の、筋肉の微細な収縮、呼吸の乱れ、殺気の揺らぎを「読む」。 戦斧が、風を切り、彼女の頭上へと迫る。 彼女は、まるで水が流れるかのように、その軌道から、半身だけを、すり抜ける。 そして、すれ違いざま、鞘に納めたままの刀の柄(つか)で、男の脇腹の急所を、コツン、と軽く突いた。 それだけ。 轟音と共に、巨漢は砂の上に崩れ落ち、二度と動かなかった。 観客の、熱狂とも、困惑ともつかない、奇妙な歓声が響く。 彼女の心には、何も響かない。

場所は、雪深い北国。 凍てつく吹雪が、仮設された試合場の旗を、バタバタと激しく打ち付ける。観客の吐く息は白く、剣戟の甲高い金属音だけが、雪に吸い込まれていく。 「やあああっ!」 北国最強と謳われる、二刀流の女剣士が、氷の結晶を散らしながら、神速の連撃を繰り出してくる。 トキは、その全てを、最小限の動きで、いなす。 まるで、未来が視えているかのように。 彼女には、視えていた。 相手の「意図」が、その刃筋よりも、コンマ数秒、早く。 女剣士の体力が尽き、動きが止まった、その一瞬。 トキは、踏み込まない。 ただ、静かに、相手の喉元に、木刀の切っ先を、ピタリと、合わせた。 「……参りました」 女剣士の、屈辱に震える声。 トキは、何も言わず、ただ、静かに一礼する。 その瞳は、凍てついた大地よりも、なお、冷たかった。

この頃から、彼女は、一つの「仮面」を身につけ始めた。 勝利の瞬間に、賞賛や、嫉妬や、あるいは畏怖の視線を向けられる。それら全てが、彼女にとっては、復讐の邪魔になる、ノイズでしかなかった。 だから、彼女は、微笑むことにした。 おっとりと、優しげに、誰に対しても、決して心の内を見せない、完璧な「笑顔」。 それは、あらゆる感情を受け流し、誰からも本心を悟らせないための、彼女が編み出した、最強の「鎧」だった。

そして、ついに、彼女は王都の御前試合、その決勝戦の舞台に立っていた。

情景は、一変する。 王宮の、壮麗な演武場。 空は、彼女の故郷の最後の日とは比べ物にならないほど、穏やかに晴れ渡っている。 観客席には、国王陛下、小雪姫(まだ幼い)、そして、色とりどりの絹の装束をまとった貴族たちが居並ぶ。 彼らの熱狂的な大歓声。舞い散る、祝福の花びらの、甘い香り。

彼女の最後の対戦相手。 それは、近衛騎士団の、若き団長。 猛(たける)よりもさらに上の世代、かつて朱鷺が御前試合で打ち破った、あの男だった。 彼は、王家への絶対的な忠誠と、揺るぎない正義を体現する、剛直な剣の使い手。 「王国に仇なす悪を、我が正義の剣が打ち砕く!」 彼の剣は、力強く、迷いがない。観衆は、その「正義の剣」に、熱狂的な声援を送る。

トキは、その「正義」の剣風を、ただ、静かに、受け流していた。 (正義、か) 彼女の心は、冷え切っていた。 (あなたたちが振りかざす、その『正義』が、あの日、私の故郷を、父を、母を、弟を、全てを焼き尽くした。そのことも、知らずに)

彼女の剣には、憎悪すら乗っていなかった。 ただ、目的を遂行するための、完璧なまでの「作業」。 焦った騎士団長の、渾身の一撃。大上段から振り下ろされる、必殺の剣。 トキは、その剣の軌道を、完全に見切っていた。 彼女は、初めて、踏み込んだ。 それは、まるで水面に浮かぶ木の葉が、そっと吸い寄せられるかのような、静かな踏み込みだった。

時が、止まる。 騎士団長の剣は、空を斬った。 そして、トキの木刀は、彼の分厚い鎧の、喉元、その寸前で、ピタリ、と、止まっていた。

一瞬の、完全な静寂。 そして、国王陛下の、厳かな宣言。

「―――勝者、トキ! これより、そなたに『天下一』の称号を授ける!」

次の瞬間、演武場は、割れんばかりの大歓声に包まれた。 「天下一!」「天下一!」 歴史上、最年少。そして、初めての女性の「天下一」が誕生した瞬間だった。

民衆の熱狂的な歓声。無数に降り注ぐ、色とりどりの花吹雪。 トキは、バルコニーに立ち、その全てを、一身に浴びていた。 彼女は、微笑んだ。 民衆が、誰もが、見たかった、完璧な「天下一の朱鷺」の、慈愛に満ちた、穏やかな笑顔を。

―――その夜。 王宮から与えられた、天下一のためだけの、最も豪奢な一室。 バルコニーから、王都の美しい夜景が、宝石箱のように広がっている。 朱鷺は、その光の海を、一人、静かに見下ろしていた。

手の中には、彼女が渇望してやまなかった「天下一」の証である、桐の箱に納められた、紫檀(したん)の木札。 目的は、達成した。 これで、王宮の闇の奥、「ジルベスタ」の名が記された、あの禁書庫まで、辿り着ける。

だが。 彼女の心を満たしていたのは、達成感ではなかった。 ただ、どこまでも広がる、底なしの「空虚」だった。

(これで、手に入れた) (でも、何も、満たされない)

目的を達成しても、その行動の根本原因である「渇愛(復讐心)」が、何一つ解決されていない。 どれほどの栄誉を手に入れようと、どれほどの賞賛を浴びようと、彼女の心の奥底で燃え続ける、あの「紅い夜」の絶望の炎は、少しも、消えてはくれなかった。 むしろ、この華やかな王都の光景が、燃え盛る故郷の炎を、より一層、鮮明に照らし出す。

「苦諦(くたい)」。 人生は、思い通りにならない。 たとえ、目的を達成したとしても、その根源にある執着を断ち切らない限り、心の渇き(苦しみ)は、決して、消えることはない。 その、どうしようもない真理を、彼女は、この勝利の絶頂で、独り、噛み締めていた。

彼女の本当の戦い。 それは、ここから、始まる。

朱鷺(モノローグ):「待っていて、リオ。……必ず、見つけ出す。あの男(隊長)を。そして、それを命じた、この国の、全ての闇を。この手で、殺す」

その瞳には、民衆に向けた慈愛の光など、微塵も残ってはいなかった。
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