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二章 過去編
第52話
しおりを挟む土曜日、久しぶりに時間が出来たので、アキラと行きつけのバーで会った。先日の大輔との一件を話すと、それみたことかと笑われる。
「だから、言ったろ。無理だって」
アキラが、頼んだウイスキーを一口飲んで言った。
「それに、お前あのお嬢様から好かれてないだろ?」
「これから好かれるんだよ」
辰美はギロリとアキラを睨み返して、注文した酒を飲み干す。
帰ってくる言葉は何となく分かっていたが、どうしても誰かに相談したい気分だった。
「玲子お嬢様の事を思えよ。あの子の幸せは、同じレベルの財閥相手と結婚することだろ?」
「そんなの分かんねーだろ」
辰美はやけになって、また酒を飲み干す。
「あー、お前酔ってんな」
「酔ってねーよ」
アキラが辰美の持っているグラスを取り上げながら、面倒くさそうに頭を掻いた。
「まあ、女の事は女で忘れろよ。最近ご無沙汰だろ?」
肩に回された手を振り払う。
確かに玲子に好意を寄せてからというもの、そういうことはご無沙汰だ。
でも、今はそんな気分じゃない。
「まあまあ、いい女呼んでやるからよ」
アキラはそう言って勝手に携帯を取り出し、誰かに電話をかけている。
どうしてもそういう気分になれない辰美は、帰ろうと立ち上がった。その瞬間、くらりと視界が反転する。
「おい、辰美? 辰美———」
辰美は唐突な眠気に襲われて意識を手放した。
◇◇◇
甘ったるい香水の匂いが鼻をかすめる。その匂いに誘われて目を開けると見知らぬ天井が映った。
「あ、辰美君。起きた?」
聞き覚えのない女性の声が聞こえ、顔を下げると、辰美の両足の間に女性が座り、今まさにベルトを外している。
漆黒の髪の毛に、華奢な肩。雰囲気が一瞬玲子に似ていて、急いで体を起こす。
しかし、微笑みかけてくる女性は全くの別人だった。
飲み込めない状況に混乱しつつも、女性に尋ねる。
「ここは?」
「ラブホだよ」
「何でこんな場所にいるの?」
「あー、えっと順を追って説明すると、まずアキラ君から連絡が来たの。それで、呼び出されたバーに行ってみたら、辰美君倒れてて。最近、辰美君ご無沙汰だから相手してやってってアキラ君に頼まれて、ここにいる」
余計なお世話だ。アキラをぶん殴ってやりたい衝動にかられ、体を起こそうとした瞬間、女性が馬乗りになってきた。
「なに」
辰美の冷ややかな視線にも負けず、女性は微笑む。
「アキラ君から色々聞いたよ。叶わない片思い中なんでしょ。よかったら、私で溜まったもの発散しなよ。アキラ君曰く、私、辰美君の片思いの女の子に雰囲気似てるらしいし」
ふふっと女性は笑う。
玲子はこんなにバカっぽい喋り方はしない。もっと、華があって凛々しい女性だ。しかし、どことなく、玲子の影がこの女にちらつく。
体のサイズだろうか、それとも横顔だろうか。良く分からないが、一瞬、一瞬、たまに玲子に映るときがある。
「いいよ、俺別にそんな気分じゃないから」
「えー、いいじゃん、私をその女の子だと思っていいからさ」
女性は、辰美の上でブラウスを脱いだ。キャミソール姿になり、改めて辰美と視線を交わらす。
「ねえ、ヤろ?」
その一瞬、玲子がちらついた。分かっている、雰囲気が似ているだけの女性なのだと。けれど、まるで玲子に誘われている気がして、心臓がドキリと跳ねた。
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