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第四章 動乱前夜
謀反露見
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七月八日。三条坊門の邸にいる義朝に、左大臣頼長の邸となっている東三条殿を捜索せよとの命令が下った。
「邸の奥で、秘法を執り行って主上や朝廷を呪詛しているという情報が入ったため、左府を流罪にせよとの朝命が下ったそうだ」
義朝は配下を率いて東三条殿へ急行した。
着いてみると邸は四方の門を固く閉ざしていて、いくら呼びかけても返事もない。
仕方なく、義朝は東面の小門を打ち破らせ、邸内に侵入した。
邸内はしん、と静まり返って人気もない。
あちらこちらを探させていると、泉殿の側に護摩壇を築いて、一心に祈祷を行っている僧侶がいた。薄気味悪く思いながらも、
「何者だ! そこで何をしている!?」
義朝が馬上から声をかけると、男はゆっくりと振り向いて、三井寺の僧侶で勝尊と名乗った。
「内裏からのお召しである。速やかに参れ」
と命じたが、返事もせずまた護摩壇に向かって低く経を唱え始める。
何度声をかけても、怒鳴りつけても反応しないので、やむなく郎党ふたりに命じて引き立てようとするが、勝尊は座ったまま抵抗し、二人がかりで腕を引いてもびくともしない。
「おのれ、馬鹿にしおって! 構わん。おとなしく従う気になるまで打ち据えよ!」
カッとなって怒鳴るのを、傍らに控えていた正清が進み出て制した。
「お待ち下さい。上からの仰せは呪詛の証拠を押さえよとのこと。この者は証人として引き立て、あとは上の詮議にお任せしましょう。万が一、殺してしまっては元も子もありませぬ」
義朝が、いまいましげに勝尊を睨みながら頷くと、正清は五、六人の屈強な郎党に命じて勝尊を組み伏せ、縛り上げさせて引き立てた。
義朝は他の者たちに命じて、祈祷に使われていた道具の一式と、邸内にあった書状の類などを押収した。
引き立てられ尋問された勝尊は、
「祈祷は関白さまと左大臣さまのご兄弟仲の修復をお祈りして捧げていたものだ。呪詛など、とんでもない」
と反論したが、朝廷は押収した品々のなかに動かぬ証拠があるとして勝尊の言い分をまったく聞き入れなかった。
その日のうちに、新院と頼長が共謀して謀反を企んでいた事が発表された。
公卿僉議が開かれ、頼長を配流とすることが定められる。
また、頼長に親しく仕える平忠正と源頼憲もこの謀反に加担している容疑で出頭が命じられた。
だが、二人はあれこれと釈明を繰り返してこれに応じなかった。
その同日。
鳥羽の離宮の内にある安楽寿院では、故院の初七日の法要が執り行われていた。
法要の席に同じ田中殿の内にお住まいの新院のお姿はなかった。
人々はこれを不審がり、あれこれと噂しあった。
しかし、臨終の席へのお見舞いをにべもなく拒絶された記憶もまだ生々しい今、さらなる恥辱を受けるやもしれぬ法要の場へ、新院がお出ましにならぬお気持ちを誰が責めることが出来ようか。
新院はお一人で仏間に籠られ、心静かに亡き父院のご冥福をお祈りになっていた。
そこへ新院のご寵姫で、一の宮重仁親王のご生母である兵衛佐の局がやって来た。
「お邪魔をして申し訳ありませぬ。なれど、たった今都より火急の知らせが届きまして一刻も早く上さまにお知らせせよと」
それは、前左大臣頼長が謀反の罪で配流となり、新院自身もその謀反に加担していると言われているという衝撃的な知らせだった。
新院にとってはすべてが寝耳に水の出来事だった。
そもそも、新院にとっていまだに皇統の正当なる継嗣はご自分との意識があった。
近衛の院も、今上も傍流。
時勢により帝位についてはいるものの、彼らが就いているのはあくまで仮の玉座であり、いずれは鳥羽の院の后腹の一の宮である自分の皇子──重仁親王の血筋に帝位は戻っていくはずだ、そうでなくてはならぬと思っておられた。
正統なる後継者が、仮の帝位についている者に対して謀反など起こす必要がどこにあるだろうか。
「いったい誰がそのような世迷い事を言うておるのだ」
強い不快を示される新院のお袖に兵衛佐局が取りすがった。
「すぐにここをお移り下さいまし。すでに支度は命じてあります」
「何故だ。何故、朕が逃げ出すような真似をせねばならぬ」
「ご不興はごもっともにございます。なれど今は一刻も早くお移りを。ここにいては御身が危のうございます」
泣きながら言う兵衛佐の勢いに押されるようにして、身一つで急ぎ車宿りへ向かおうとした新院のもとへ側近の左京大夫教長が慌ててすっ飛んできた。
「このような折にどちらへ参られます。故院の法要の最中にお出かけになるなどいったい世の人がなんと思うことか……! どうかお留まり下さい」
しかし、新院は、
「大袈裟に騒ぎ立てるな。ただ、少し思うところがあり一時、身を移すだけだ」
と言葉少なに言われると、教長が懸命に押しとどめるのも聞かれずに兵衛佐一人をひとつ車に同乗させて、田中殿をお出ましになられたのだった。
翌九日の夜になって、新院が入られたのは鴨川をすぐ西に臨む白河の御所であった。
ここは前斎院の御所に当てられていた。
表向きは斎院の行啓のように繕って、仕方なくつき従って来た教長以下数人の家臣たちにのみ付き添われてひっそりと入られた。
「邸の奥で、秘法を執り行って主上や朝廷を呪詛しているという情報が入ったため、左府を流罪にせよとの朝命が下ったそうだ」
義朝は配下を率いて東三条殿へ急行した。
着いてみると邸は四方の門を固く閉ざしていて、いくら呼びかけても返事もない。
仕方なく、義朝は東面の小門を打ち破らせ、邸内に侵入した。
邸内はしん、と静まり返って人気もない。
あちらこちらを探させていると、泉殿の側に護摩壇を築いて、一心に祈祷を行っている僧侶がいた。薄気味悪く思いながらも、
「何者だ! そこで何をしている!?」
義朝が馬上から声をかけると、男はゆっくりと振り向いて、三井寺の僧侶で勝尊と名乗った。
「内裏からのお召しである。速やかに参れ」
と命じたが、返事もせずまた護摩壇に向かって低く経を唱え始める。
何度声をかけても、怒鳴りつけても反応しないので、やむなく郎党ふたりに命じて引き立てようとするが、勝尊は座ったまま抵抗し、二人がかりで腕を引いてもびくともしない。
「おのれ、馬鹿にしおって! 構わん。おとなしく従う気になるまで打ち据えよ!」
カッとなって怒鳴るのを、傍らに控えていた正清が進み出て制した。
「お待ち下さい。上からの仰せは呪詛の証拠を押さえよとのこと。この者は証人として引き立て、あとは上の詮議にお任せしましょう。万が一、殺してしまっては元も子もありませぬ」
義朝が、いまいましげに勝尊を睨みながら頷くと、正清は五、六人の屈強な郎党に命じて勝尊を組み伏せ、縛り上げさせて引き立てた。
義朝は他の者たちに命じて、祈祷に使われていた道具の一式と、邸内にあった書状の類などを押収した。
引き立てられ尋問された勝尊は、
「祈祷は関白さまと左大臣さまのご兄弟仲の修復をお祈りして捧げていたものだ。呪詛など、とんでもない」
と反論したが、朝廷は押収した品々のなかに動かぬ証拠があるとして勝尊の言い分をまったく聞き入れなかった。
その日のうちに、新院と頼長が共謀して謀反を企んでいた事が発表された。
公卿僉議が開かれ、頼長を配流とすることが定められる。
また、頼長に親しく仕える平忠正と源頼憲もこの謀反に加担している容疑で出頭が命じられた。
だが、二人はあれこれと釈明を繰り返してこれに応じなかった。
その同日。
鳥羽の離宮の内にある安楽寿院では、故院の初七日の法要が執り行われていた。
法要の席に同じ田中殿の内にお住まいの新院のお姿はなかった。
人々はこれを不審がり、あれこれと噂しあった。
しかし、臨終の席へのお見舞いをにべもなく拒絶された記憶もまだ生々しい今、さらなる恥辱を受けるやもしれぬ法要の場へ、新院がお出ましにならぬお気持ちを誰が責めることが出来ようか。
新院はお一人で仏間に籠られ、心静かに亡き父院のご冥福をお祈りになっていた。
そこへ新院のご寵姫で、一の宮重仁親王のご生母である兵衛佐の局がやって来た。
「お邪魔をして申し訳ありませぬ。なれど、たった今都より火急の知らせが届きまして一刻も早く上さまにお知らせせよと」
それは、前左大臣頼長が謀反の罪で配流となり、新院自身もその謀反に加担していると言われているという衝撃的な知らせだった。
新院にとってはすべてが寝耳に水の出来事だった。
そもそも、新院にとっていまだに皇統の正当なる継嗣はご自分との意識があった。
近衛の院も、今上も傍流。
時勢により帝位についてはいるものの、彼らが就いているのはあくまで仮の玉座であり、いずれは鳥羽の院の后腹の一の宮である自分の皇子──重仁親王の血筋に帝位は戻っていくはずだ、そうでなくてはならぬと思っておられた。
正統なる後継者が、仮の帝位についている者に対して謀反など起こす必要がどこにあるだろうか。
「いったい誰がそのような世迷い事を言うておるのだ」
強い不快を示される新院のお袖に兵衛佐局が取りすがった。
「すぐにここをお移り下さいまし。すでに支度は命じてあります」
「何故だ。何故、朕が逃げ出すような真似をせねばならぬ」
「ご不興はごもっともにございます。なれど今は一刻も早くお移りを。ここにいては御身が危のうございます」
泣きながら言う兵衛佐の勢いに押されるようにして、身一つで急ぎ車宿りへ向かおうとした新院のもとへ側近の左京大夫教長が慌ててすっ飛んできた。
「このような折にどちらへ参られます。故院の法要の最中にお出かけになるなどいったい世の人がなんと思うことか……! どうかお留まり下さい」
しかし、新院は、
「大袈裟に騒ぎ立てるな。ただ、少し思うところがあり一時、身を移すだけだ」
と言葉少なに言われると、教長が懸命に押しとどめるのも聞かれずに兵衛佐一人をひとつ車に同乗させて、田中殿をお出ましになられたのだった。
翌九日の夜になって、新院が入られたのは鴨川をすぐ西に臨む白河の御所であった。
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