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第五章 保元の乱
槇野
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「佳穂……」
「姫さまっ」
(この……っ)
怒りのあまりすぐには言葉が出てこない。
(なにが最初からそんな気がしてたよ。なにが菩提をお弔いして、よ。勝手なことばかり言って……!)
「あらまあ。姫さま。お気がつかれましたの。よろしゅうございました」
私の形相をみてかたまっている致高さまをよそに、槇野はいっこうに怯むふうもなく私に笑いかけた。
「ご気分はいかがでございますか? お水か白湯なりとお持ちいたしましょうか。それともなにかお召し上がりになられますか?」
その昔ながらの槇野の口調をきいたとたん、呪縛がとけたように声が出た。
「ご気分なんていいわけないでしょ!! 殿を勝手に殺さないでよ!」
「あらあら。聞いておいででしたか」
「正清さまは誰よりもお強いんだから! 都あたりの木っ端武者なんて百でも千でも相手にならないっていつも仰ってたもの。絶対に、絶対に、ご無事で帰っていらっしゃるんだから!!」
「まあ、でも今回の戦のお相手は都あたりではなく、鎮西の方々だと確かうかがいましたが……」
「どこの誰でも一緒よ! 殿は日ノ本で一番強い坂東武者で、そのなかでも一番強くていらっしゃるんだから! 誰にも負けたりしないわ!」
「はいはい。おっしゃる通りでございます。ご立派な背の君をお持ちで姫さまはお幸せでございますわね」
何を言っても、てんでこたえない槇野から私は致高さまに視線をうつした。
「致高さま。佳穂は殿のもとへ嫁いで、とても幸せにございます。どうかよけいな心配はなさらないで下さいませ」
「……ああ」
致高さまは気まずそうに目をそらされた。
「まあ、何はともあれ姫さまもお元気になられてよろしゅうございました。早速、長田の殿さまにお知らせして参りますわね」
槇野は悪びれた風もなく言って、そそくさと部屋を出て行った。
「大丈夫か、佳穂?」
致高さまが気遣わしげに言われる。
「ええ。大丈夫。寝ている場合じゃないもの」
私は頭を軽く振って、顔にかかっていた髪を払いのけた。
さっき、目が覚めたときには体中の力が抜け落ちて、半身を起こすのもつらい感じだったのに、今は奇妙なくらい全身に力がみなぎっていて、今すぐにでもお邸を飛び出して、自分で正清さまを探しに行きたいくらいだった。槇野に腹を立てた勢いで力が戻って来た感じだ。
槇野がこれを見越してわざとあんなことを言ったは思えないけど。
足元にぽっかりと深い穴があいているかのような、不安な気持ちに変わりはないけれど。
でも今、褥にもぐって泣いてしまったりしたら二度と起き上がれなくなってしまいそうだ。
私は唇をぎゅっと噛んで、とりあえず身支度をするべく立ち上がった。
「姫さまっ」
(この……っ)
怒りのあまりすぐには言葉が出てこない。
(なにが最初からそんな気がしてたよ。なにが菩提をお弔いして、よ。勝手なことばかり言って……!)
「あらまあ。姫さま。お気がつかれましたの。よろしゅうございました」
私の形相をみてかたまっている致高さまをよそに、槇野はいっこうに怯むふうもなく私に笑いかけた。
「ご気分はいかがでございますか? お水か白湯なりとお持ちいたしましょうか。それともなにかお召し上がりになられますか?」
その昔ながらの槇野の口調をきいたとたん、呪縛がとけたように声が出た。
「ご気分なんていいわけないでしょ!! 殿を勝手に殺さないでよ!」
「あらあら。聞いておいででしたか」
「正清さまは誰よりもお強いんだから! 都あたりの木っ端武者なんて百でも千でも相手にならないっていつも仰ってたもの。絶対に、絶対に、ご無事で帰っていらっしゃるんだから!!」
「まあ、でも今回の戦のお相手は都あたりではなく、鎮西の方々だと確かうかがいましたが……」
「どこの誰でも一緒よ! 殿は日ノ本で一番強い坂東武者で、そのなかでも一番強くていらっしゃるんだから! 誰にも負けたりしないわ!」
「はいはい。おっしゃる通りでございます。ご立派な背の君をお持ちで姫さまはお幸せでございますわね」
何を言っても、てんでこたえない槇野から私は致高さまに視線をうつした。
「致高さま。佳穂は殿のもとへ嫁いで、とても幸せにございます。どうかよけいな心配はなさらないで下さいませ」
「……ああ」
致高さまは気まずそうに目をそらされた。
「まあ、何はともあれ姫さまもお元気になられてよろしゅうございました。早速、長田の殿さまにお知らせして参りますわね」
槇野は悪びれた風もなく言って、そそくさと部屋を出て行った。
「大丈夫か、佳穂?」
致高さまが気遣わしげに言われる。
「ええ。大丈夫。寝ている場合じゃないもの」
私は頭を軽く振って、顔にかかっていた髪を払いのけた。
さっき、目が覚めたときには体中の力が抜け落ちて、半身を起こすのもつらい感じだったのに、今は奇妙なくらい全身に力がみなぎっていて、今すぐにでもお邸を飛び出して、自分で正清さまを探しに行きたいくらいだった。槇野に腹を立てた勢いで力が戻って来た感じだ。
槇野がこれを見越してわざとあんなことを言ったは思えないけど。
足元にぽっかりと深い穴があいているかのような、不安な気持ちに変わりはないけれど。
でも今、褥にもぐって泣いてしまったりしたら二度と起き上がれなくなってしまいそうだ。
私は唇をぎゅっと噛んで、とりあえず身支度をするべく立ち上がった。
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