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第三章 悪人たちの狂騒曲
57.王太子位の行方
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王宮に戻ったアドリアンを出迎えたクラウス王妃は、泣きながら息子を抱きしめた。
「無事で良かった……私のアドリアン。あなたにもしものことがあったら母は生きてはおられぬところでした」
あちこち傷だらけの息子の頬に触れながら、涙ながらに顔を上げる。
「ギルベルト、ヴィクトール、それにクレイグ。ありがとう。息子を救ってくれて。それにリア」
「はい。王妃さま」
「こちらに来てよく顔を見せてちょうだい。本当にどこも怪我はないの?」
「はい。私はどこも」
「良かったわ。あなたの婚約者にもお礼を言わせてちょうだい。どこにいるの?」
ラルフは、身分を弁えて公爵たちからずっと離れた末席に控えていたが、呼ばれると少し前に進み出てそこに跪いた。
クラウス王妃はもどかしげに手招いた。
「もっとこちらへ。息子の命の恩人にお礼を言わせてちょうだい」
「王妃もこう言っておる。ラルフ・クルーガー、こちらへ。余からも礼を言わせて欲しい」
国王シュトラウス二世にもそう言われて、ラルフは恐縮しながら王座の前に進み出た。
「ありがとう。ラルフ殿。あなたが駆けつけてくれなければ息子の命はないところでした。本当に何とお礼を言っていいのか分かりません」
頭を下げようとする王妃に、ラルフは慌てて言った。
「お顔をお上げ下さい。私は国と王家に忠誠と誓った騎士として当然のことをしただけです。それよりも御礼を申し上げなければならないのは私の方です。アドリアン殿下は、ならず者たちの魔手からアマーリアを御身を挺して守って下さいました。殿下がいらっしゃらなければ、私が駆けつけた時にはすべてが間に合わなかったことでしょう」
「それは誠か?」
国王が意外そうに眉をあげた。
「はい。六人の暴漢を相手に殿下は一歩も怯むことなくアマーリアを守って下さいました。勇敢で誇り高きお振舞いです。このラルフ・クルーガー、生涯をかけて殿下に尊崇と忠誠を捧げます」
ラルフが騎士の礼をすると、国王夫妻は感激したように顔を見合わせたが、当のアドリアンは母の腕に抱かれたまま、弱々しく笑った。
「その必要はない。もともとは、すべて私の愚かさが招いたことだ。アマーリアとそなたにはとんでもない迷惑をかけてしまった。心から謝罪する」
「殿下……」
アマーリアが困ったように睫毛を伏せた。
アドリアンは、マリエッタに言われたすべてを自分の口で国王に報告し、改めて自分を平民の身分に落として欲しいと言った。
「このような私に、王族として人々の敬意を受ける資格はありません。今回のことでよく分かりました。自分がどれほど傲慢で、思い上がっていたのか──そして、どれだけ物事の表面しか見ることが出来なかったのかを。私は何も分かっていなかった。本当に何も……」
「でも殿下の、人を信じ、身分に関わらず愛を貫こうとなさった純粋なお心は得難いものですわ」
アマーリアがとりなすように言ったが、アドリアンは苦笑して首を横に振った。
「ありがとう、リア。けれどそんなものは平民の──それも何も背負う者のない愚かな若者の美徳だ。人の上にたつ者としては許されざる甘さ、愚かさだと思う。今になってそれがよく分かった。何もかも遅かったが」
そう言ってアドリアンはラルフを見た。
「幸いなのは、私の愚かな行為によって君が不幸にならず、それどころかもっと確かな幸せを得られたことだ。クルーガーは君を大切にし、幸せにしてくれるだろう。それだけが救いだ」
「もったいなきお言葉」
ラルフが跪いたまま深く頭を下げ、アマーリアもその横でそれに倣った。
アドリアンは、王妃クラウスに付き添われて別室で治療を受けることになった。
アマーリアも知らせを受けて王宮に参上した母のメリンダに付き添われて、別室で休むことになった。
メリンダは、なぜか真っ赤と緑になって、大真面目な顔でその場に控えている夫と長男を見ても、特に顔色ひとつ変えずにアマーリアを連れて退出していった。
それを見て、その場の全員が公爵夫人の結婚以来の苦労を思いやった。
王の間に集った重臣たちをシュトラウス二世は改めて見回した。
そこには、ザイフリート公爵父子を覗く公爵家の面々と、シュワルツ大公とその息子エリック。
救出劇の立役者であるラルフ・クルーガー。
マール辺境伯。第二王子エルリック。
そしてエルリックの生母のロザリー妃が集められていた。
シュトラウス二世はまず、事件の解決を喜び、それに尽力した者たちをねぎらった。
それから、アドリアンの軽率な行動がすべてをもたらしたとして、全員に頭を下げて詫びた。
「陛下。お顔をお上げ下さい。アドリアン殿下は確かに軽率でしたが、アマーリアの言った通り、人を信じやすく純粋なところは彼の美徳でもあります。どうか寛大なご処置を」
発言したエリックの顔をシュトラウス二世はまっすぐにみつめた。
「ありがとう。エリック。そなたのアドリアンを思う親族としての情の温かさには言葉もない。あれの父親として心から礼を言う。しかし、この国の王としてはあれの軽挙妄動を不問に付すわけにはゆかぬ」
「しかし、それはすべてザイフリート公爵たちが彼を陥れようと画策したせいだったのです。私はアドリアンが真に愚かで、王族に相応しからぬ人物だとは思いません」
シュトラウス二世は悲しげに微笑んだ。
「そなたは本当に優しいな、エリック。その言葉を聞いて、かねてから考えていたことの決心がついた」
そこで言葉を切ると、シュトラウス二世は立ち上がり、王錫を掲げて皆の注目を集めた。
「エルトリア王国第七代国王、シュトラウス二世の名において宣言する。余は、王太子としてシュワルツ大公が嫡子、エリック・アウグストを指名する!!」
ーーーーーーーー
エリックとエルリック……今さらながら紛らわしいですね(-_-;)
なぜ、この名前にしたのか。
「無事で良かった……私のアドリアン。あなたにもしものことがあったら母は生きてはおられぬところでした」
あちこち傷だらけの息子の頬に触れながら、涙ながらに顔を上げる。
「ギルベルト、ヴィクトール、それにクレイグ。ありがとう。息子を救ってくれて。それにリア」
「はい。王妃さま」
「こちらに来てよく顔を見せてちょうだい。本当にどこも怪我はないの?」
「はい。私はどこも」
「良かったわ。あなたの婚約者にもお礼を言わせてちょうだい。どこにいるの?」
ラルフは、身分を弁えて公爵たちからずっと離れた末席に控えていたが、呼ばれると少し前に進み出てそこに跪いた。
クラウス王妃はもどかしげに手招いた。
「もっとこちらへ。息子の命の恩人にお礼を言わせてちょうだい」
「王妃もこう言っておる。ラルフ・クルーガー、こちらへ。余からも礼を言わせて欲しい」
国王シュトラウス二世にもそう言われて、ラルフは恐縮しながら王座の前に進み出た。
「ありがとう。ラルフ殿。あなたが駆けつけてくれなければ息子の命はないところでした。本当に何とお礼を言っていいのか分かりません」
頭を下げようとする王妃に、ラルフは慌てて言った。
「お顔をお上げ下さい。私は国と王家に忠誠と誓った騎士として当然のことをしただけです。それよりも御礼を申し上げなければならないのは私の方です。アドリアン殿下は、ならず者たちの魔手からアマーリアを御身を挺して守って下さいました。殿下がいらっしゃらなければ、私が駆けつけた時にはすべてが間に合わなかったことでしょう」
「それは誠か?」
国王が意外そうに眉をあげた。
「はい。六人の暴漢を相手に殿下は一歩も怯むことなくアマーリアを守って下さいました。勇敢で誇り高きお振舞いです。このラルフ・クルーガー、生涯をかけて殿下に尊崇と忠誠を捧げます」
ラルフが騎士の礼をすると、国王夫妻は感激したように顔を見合わせたが、当のアドリアンは母の腕に抱かれたまま、弱々しく笑った。
「その必要はない。もともとは、すべて私の愚かさが招いたことだ。アマーリアとそなたにはとんでもない迷惑をかけてしまった。心から謝罪する」
「殿下……」
アマーリアが困ったように睫毛を伏せた。
アドリアンは、マリエッタに言われたすべてを自分の口で国王に報告し、改めて自分を平民の身分に落として欲しいと言った。
「このような私に、王族として人々の敬意を受ける資格はありません。今回のことでよく分かりました。自分がどれほど傲慢で、思い上がっていたのか──そして、どれだけ物事の表面しか見ることが出来なかったのかを。私は何も分かっていなかった。本当に何も……」
「でも殿下の、人を信じ、身分に関わらず愛を貫こうとなさった純粋なお心は得難いものですわ」
アマーリアがとりなすように言ったが、アドリアンは苦笑して首を横に振った。
「ありがとう、リア。けれどそんなものは平民の──それも何も背負う者のない愚かな若者の美徳だ。人の上にたつ者としては許されざる甘さ、愚かさだと思う。今になってそれがよく分かった。何もかも遅かったが」
そう言ってアドリアンはラルフを見た。
「幸いなのは、私の愚かな行為によって君が不幸にならず、それどころかもっと確かな幸せを得られたことだ。クルーガーは君を大切にし、幸せにしてくれるだろう。それだけが救いだ」
「もったいなきお言葉」
ラルフが跪いたまま深く頭を下げ、アマーリアもその横でそれに倣った。
アドリアンは、王妃クラウスに付き添われて別室で治療を受けることになった。
アマーリアも知らせを受けて王宮に参上した母のメリンダに付き添われて、別室で休むことになった。
メリンダは、なぜか真っ赤と緑になって、大真面目な顔でその場に控えている夫と長男を見ても、特に顔色ひとつ変えずにアマーリアを連れて退出していった。
それを見て、その場の全員が公爵夫人の結婚以来の苦労を思いやった。
王の間に集った重臣たちをシュトラウス二世は改めて見回した。
そこには、ザイフリート公爵父子を覗く公爵家の面々と、シュワルツ大公とその息子エリック。
救出劇の立役者であるラルフ・クルーガー。
マール辺境伯。第二王子エルリック。
そしてエルリックの生母のロザリー妃が集められていた。
シュトラウス二世はまず、事件の解決を喜び、それに尽力した者たちをねぎらった。
それから、アドリアンの軽率な行動がすべてをもたらしたとして、全員に頭を下げて詫びた。
「陛下。お顔をお上げ下さい。アドリアン殿下は確かに軽率でしたが、アマーリアの言った通り、人を信じやすく純粋なところは彼の美徳でもあります。どうか寛大なご処置を」
発言したエリックの顔をシュトラウス二世はまっすぐにみつめた。
「ありがとう。エリック。そなたのアドリアンを思う親族としての情の温かさには言葉もない。あれの父親として心から礼を言う。しかし、この国の王としてはあれの軽挙妄動を不問に付すわけにはゆかぬ」
「しかし、それはすべてザイフリート公爵たちが彼を陥れようと画策したせいだったのです。私はアドリアンが真に愚かで、王族に相応しからぬ人物だとは思いません」
シュトラウス二世は悲しげに微笑んだ。
「そなたは本当に優しいな、エリック。その言葉を聞いて、かねてから考えていたことの決心がついた」
そこで言葉を切ると、シュトラウス二世は立ち上がり、王錫を掲げて皆の注目を集めた。
「エルトリア王国第七代国王、シュトラウス二世の名において宣言する。余は、王太子としてシュワルツ大公が嫡子、エリック・アウグストを指名する!!」
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エリックとエルリック……今さらながら紛らわしいですね(-_-;)
なぜ、この名前にしたのか。
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※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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