婚約破棄された公爵令嬢は初恋を叶えたい !

橘 ゆず

文字の大きさ
58 / 66
第三章 悪人たちの狂騒曲

57.王太子位の行方

しおりを挟む
 王宮に戻ったアドリアンを出迎えたクラウス王妃は、泣きながら息子を抱きしめた。

「無事で良かった……私のアドリアン。あなたにもしものことがあったら母は生きてはおられぬところでした」

 あちこち傷だらけの息子の頬に触れながら、涙ながらに顔を上げる。

「ギルベルト、ヴィクトール、それにクレイグ。ありがとう。息子を救ってくれて。それにリア」
「はい。王妃さま」

「こちらに来てよく顔を見せてちょうだい。本当にどこも怪我はないの?」
「はい。私はどこも」

「良かったわ。あなたの婚約者にもお礼を言わせてちょうだい。どこにいるの?」
 ラルフは、身分を弁えて公爵たちからずっと離れた末席に控えていたが、呼ばれると少し前に進み出てそこに跪いた。

 クラウス王妃はもどかしげに手招いた。
「もっとこちらへ。息子の命の恩人にお礼を言わせてちょうだい」

「王妃もこう言っておる。ラルフ・クルーガー、こちらへ。余からも礼を言わせて欲しい」
 国王シュトラウス二世にもそう言われて、ラルフは恐縮しながら王座の前に進み出た。

「ありがとう。ラルフ殿。あなたが駆けつけてくれなければ息子の命はないところでした。本当に何とお礼を言っていいのか分かりません」

 頭を下げようとする王妃に、ラルフは慌てて言った。

「お顔をお上げ下さい。私は国と王家に忠誠と誓った騎士として当然のことをしただけです。それよりも御礼を申し上げなければならないのは私の方です。アドリアン殿下は、ならず者たちの魔手からアマーリアを御身を挺して守って下さいました。殿下がいらっしゃらなければ、私が駆けつけた時にはすべてが間に合わなかったことでしょう」

「それは誠か?」
 国王が意外そうに眉をあげた。

「はい。六人の暴漢を相手に殿下は一歩も怯むことなくアマーリアを守って下さいました。勇敢で誇り高きお振舞いです。このラルフ・クルーガー、生涯をかけて殿下に尊崇と忠誠を捧げます」

 ラルフが騎士の礼をすると、国王夫妻は感激したように顔を見合わせたが、当のアドリアンは母の腕に抱かれたまま、弱々しく笑った。

「その必要はない。もともとは、すべて私の愚かさが招いたことだ。アマーリアとそなたにはとんでもない迷惑をかけてしまった。心から謝罪する」

「殿下……」
 アマーリアが困ったように睫毛を伏せた。

 アドリアンは、マリエッタに言われたすべてを自分の口で国王に報告し、改めて自分を平民の身分に落として欲しいと言った。

「このような私に、王族として人々の敬意を受ける資格はありません。今回のことでよく分かりました。自分がどれほど傲慢で、思い上がっていたのか──そして、どれだけ物事の表面しか見ることが出来なかったのかを。私は何も分かっていなかった。本当に何も……」

「でも殿下の、人を信じ、身分に関わらず愛を貫こうとなさった純粋なお心は得難いものですわ」
 アマーリアがとりなすように言ったが、アドリアンは苦笑して首を横に振った。

「ありがとう、リア。けれどそんなものは平民の──それも何も背負う者のない愚かな若者の美徳だ。人の上にたつ者としては許されざる甘さ、愚かさだと思う。今になってそれがよく分かった。何もかも遅かったが」

 そう言ってアドリアンはラルフを見た。

「幸いなのは、私の愚かな行為によって君が不幸にならず、それどころかもっと確かな幸せを得られたことだ。クルーガーは君を大切にし、幸せにしてくれるだろう。それだけが救いだ」

「もったいなきお言葉」
 ラルフが跪いたまま深く頭を下げ、アマーリアもその横でそれに倣った。


 アドリアンは、王妃クラウスに付き添われて別室で治療を受けることになった。

 アマーリアも知らせを受けて王宮に参上した母のメリンダに付き添われて、別室で休むことになった。
 メリンダは、なぜか真っ赤と緑になって、大真面目な顔でその場に控えている夫と長男を見ても、特に顔色ひとつ変えずにアマーリアを連れて退出していった。
 それを見て、その場の全員が公爵夫人の結婚以来の苦労を思いやった。

 王の間に集った重臣たちをシュトラウス二世は改めて見回した。
 そこには、ザイフリート公爵父子を覗く公爵家の面々と、シュワルツ大公とその息子エリック。
 救出劇の立役者であるラルフ・クルーガー。

 マール辺境伯。第二王子エルリック。
 そしてエルリックの生母のロザリー妃が集められていた。

 シュトラウス二世はまず、事件の解決を喜び、それに尽力した者たちをねぎらった。
 それから、アドリアンの軽率な行動がすべてをもたらしたとして、全員に頭を下げて詫びた。

「陛下。お顔をお上げ下さい。アドリアン殿下は確かに軽率でしたが、アマーリアの言った通り、人を信じやすく純粋なところは彼の美徳でもあります。どうか寛大なご処置を」

 発言したエリックの顔をシュトラウス二世はまっすぐにみつめた。

「ありがとう。エリック。そなたのアドリアンを思う親族としての情の温かさには言葉もない。あれの父親として心から礼を言う。しかし、この国の王としてはあれの軽挙妄動を不問に付すわけにはゆかぬ」

「しかし、それはすべてザイフリート公爵たちが彼を陥れようと画策したせいだったのです。私はアドリアンが真に愚かで、王族に相応しからぬ人物だとは思いません」

 シュトラウス二世は悲しげに微笑んだ。

「そなたは本当に優しいな、エリック。その言葉を聞いて、かねてから考えていたことの決心がついた」

 そこで言葉を切ると、シュトラウス二世は立ち上がり、王錫を掲げて皆の注目を集めた。

「エルトリア王国第七代国王、シュトラウス二世の名において宣言する。余は、王太子としてシュワルツ大公が嫡子、エリック・アウグストを指名する!!」

 




ーーーーーーーー

エリックとエルリック……今さらながら紛らわしいですね(-_-;)
なぜ、この名前にしたのか。

しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。

処理中です...