40 / 66
第三章 悪人たちの狂騒曲
39.両親の想い
しおりを挟む
「まあ、どれもお似合いで困ってしまいますわ」
純白のドレスをまとったアマーリアを見て、周辺諸国で随一との呼び声も高い服飾デザイナーのルノリア・オリアーノはうっとりと目を細めた。
娘夫婦の新居に関しては譲歩したクレヴィング公爵家だったが、一人娘の結婚式と婚礼衣装に関しては譲れないと、主にアマーリアの母の公爵夫人が珍しく強情に言い張った。
「だってアマーリアが生まれた日からこの日をずっと夢見てきたんですもの。世界で一番美しくて幸せな花嫁として嫁がせてやりたいのです」
という妻の主張にクレヴィング公爵も、
「わしはあれが生まれた日からずっと、嫁がせなければならない日が来るのが怖かったよ」
と苦笑しながらも同意したので、アマーリアは挙式用と披露宴用のウェディングドレスをそれぞれ一着、ガーデンパーティーで着るアフタヌーンドレスを一着、夜の舞踏会で着るカクテルドレスを一着と計四着のドレスを新しく仕立てることになったのだ。
式を挙げるのは来春の予定だが、刺繍からレースまですべて職人の手作りによる完全オートクチュールなのでかなり余裕を持って発注しなければ間に合わない。
というわけでここ数日、連日のようにルノリアの店に通い、採寸と試着を繰り返しているのだった。
「神殿でのお式用のドレスはレースの襟と袖付きのもので思い切ってトレーンの長いもの。トレーンの裾にはロシュフォールの刺繍職人の手による刺繍を一面に施す予定です。
その後の馬車でのパレードの時は多少動きやすいように裾の長さは控えめにして馬車のお席でふわりと広がるプリンセスラインのスカートに日差しに映えるように真珠と水晶の小さな花飾りをいくつもちりばめてはどうかと……」
「ちょっと待って下さい。私たちのお式ではパレードなんてしませんわ。王家や公爵家に嫁ぐわけではないのですもの」
「あら。でも公爵閣下からは当日はすべて、王太子妃として嫁ぐ予定だった時のお支度と遜色ないようにと伺っておりますけれど。お式のあとは公爵邸で披露宴が開かれるのでしょう?」
「ええ。それはお母さまがどうしてもって……。ラルフさまも新居の方ではとてもそんなおもてなしは出来ないからって承諾して下さったんだけれど、それでも王太子妃さまのお支度に劣らないようにだなんて不遜だわ」
「国王陛下にはお許しを頂いているそうですわ」
「またそんな大ごとに」
アマーリアは小さく溜息をついた。
アマーリアとしては、騎士のラルフ・クルーガーの妻に相応しいささやかでも温かな式を挙げて、あの可愛らしい『樫の木屋敷』でバートラムやクララに見守られて親しい友人たちとお祝いが出来ればそれでいいと思っていたのだが、どうもそういうわけにはいかないようだ。
けれど、アドリアンとの婚約破棄にまつわるあれこれで両親にかけてしまった苦労や心痛を思うと、愛情からくるその気持ちをむげに退ける気にもなれなかった。
「それで花婿さまはいつ、お越しになられますか? 一度、アマーリアさまと並んでいただいてそのうえで花嫁衣裳に合わせてデザインをしたいのですけれど」
「それなんだけどね。ラルフさまは騎士団の第一正装の礼服でいいって仰ってるのよ。同僚の方たちもそうされてるからって」
ルノリアは、きっと顔を上げた。
「そうは参りませんわ。婚礼衣装というのは新郎新婦が並んだときの調和がぴたりととれて初めて完成されるデザインなのです。そんないい加減なことは私のデザイナーとしての誇りにかけても出来ませんわ」
アマーリアはくすくす笑って頷いた。
「分かりました。そうお伝えしておきます」
派手なことが苦手なラルフだが、それがアマーリアの両親の望みだといえば快く応じてくれるだろう。
ルノリアは、兄のヴィクトールの結婚式でも衣装のデザインを担当していた。
義姉のソアラの雪のように白い肌を生かしたウェディングドレスは夢のように美しかったし、クレヴィング家の色である濃紺に銀糸で縁取りをした、騎士風の礼装を着たヴィクトールは物語の中の王子そのもののように気高く凛々しかった。
ルノリアの手による礼装を着たラルフはどんなにか素敵だろう。
その彼の待つ祭壇にむかって父に手を取られて歩く日のことを想像して、アマーリアは一人で赤くなった。
「では仮縫いをする間、こちらのテラスでお待ちいただけますか? あとでお声をかけますので」
そう言われて陽光の差し込む明るいテラスへと足を踏み入れたアマーリアは、はたと足を止めた。
そこには先客がいた。
いくつかあるソファの一つに腰かけて本を読んでいるのはザイフリート公爵家の令嬢、カタリーナだった。
純白のドレスをまとったアマーリアを見て、周辺諸国で随一との呼び声も高い服飾デザイナーのルノリア・オリアーノはうっとりと目を細めた。
娘夫婦の新居に関しては譲歩したクレヴィング公爵家だったが、一人娘の結婚式と婚礼衣装に関しては譲れないと、主にアマーリアの母の公爵夫人が珍しく強情に言い張った。
「だってアマーリアが生まれた日からこの日をずっと夢見てきたんですもの。世界で一番美しくて幸せな花嫁として嫁がせてやりたいのです」
という妻の主張にクレヴィング公爵も、
「わしはあれが生まれた日からずっと、嫁がせなければならない日が来るのが怖かったよ」
と苦笑しながらも同意したので、アマーリアは挙式用と披露宴用のウェディングドレスをそれぞれ一着、ガーデンパーティーで着るアフタヌーンドレスを一着、夜の舞踏会で着るカクテルドレスを一着と計四着のドレスを新しく仕立てることになったのだ。
式を挙げるのは来春の予定だが、刺繍からレースまですべて職人の手作りによる完全オートクチュールなのでかなり余裕を持って発注しなければ間に合わない。
というわけでここ数日、連日のようにルノリアの店に通い、採寸と試着を繰り返しているのだった。
「神殿でのお式用のドレスはレースの襟と袖付きのもので思い切ってトレーンの長いもの。トレーンの裾にはロシュフォールの刺繍職人の手による刺繍を一面に施す予定です。
その後の馬車でのパレードの時は多少動きやすいように裾の長さは控えめにして馬車のお席でふわりと広がるプリンセスラインのスカートに日差しに映えるように真珠と水晶の小さな花飾りをいくつもちりばめてはどうかと……」
「ちょっと待って下さい。私たちのお式ではパレードなんてしませんわ。王家や公爵家に嫁ぐわけではないのですもの」
「あら。でも公爵閣下からは当日はすべて、王太子妃として嫁ぐ予定だった時のお支度と遜色ないようにと伺っておりますけれど。お式のあとは公爵邸で披露宴が開かれるのでしょう?」
「ええ。それはお母さまがどうしてもって……。ラルフさまも新居の方ではとてもそんなおもてなしは出来ないからって承諾して下さったんだけれど、それでも王太子妃さまのお支度に劣らないようにだなんて不遜だわ」
「国王陛下にはお許しを頂いているそうですわ」
「またそんな大ごとに」
アマーリアは小さく溜息をついた。
アマーリアとしては、騎士のラルフ・クルーガーの妻に相応しいささやかでも温かな式を挙げて、あの可愛らしい『樫の木屋敷』でバートラムやクララに見守られて親しい友人たちとお祝いが出来ればそれでいいと思っていたのだが、どうもそういうわけにはいかないようだ。
けれど、アドリアンとの婚約破棄にまつわるあれこれで両親にかけてしまった苦労や心痛を思うと、愛情からくるその気持ちをむげに退ける気にもなれなかった。
「それで花婿さまはいつ、お越しになられますか? 一度、アマーリアさまと並んでいただいてそのうえで花嫁衣裳に合わせてデザインをしたいのですけれど」
「それなんだけどね。ラルフさまは騎士団の第一正装の礼服でいいって仰ってるのよ。同僚の方たちもそうされてるからって」
ルノリアは、きっと顔を上げた。
「そうは参りませんわ。婚礼衣装というのは新郎新婦が並んだときの調和がぴたりととれて初めて完成されるデザインなのです。そんないい加減なことは私のデザイナーとしての誇りにかけても出来ませんわ」
アマーリアはくすくす笑って頷いた。
「分かりました。そうお伝えしておきます」
派手なことが苦手なラルフだが、それがアマーリアの両親の望みだといえば快く応じてくれるだろう。
ルノリアは、兄のヴィクトールの結婚式でも衣装のデザインを担当していた。
義姉のソアラの雪のように白い肌を生かしたウェディングドレスは夢のように美しかったし、クレヴィング家の色である濃紺に銀糸で縁取りをした、騎士風の礼装を着たヴィクトールは物語の中の王子そのもののように気高く凛々しかった。
ルノリアの手による礼装を着たラルフはどんなにか素敵だろう。
その彼の待つ祭壇にむかって父に手を取られて歩く日のことを想像して、アマーリアは一人で赤くなった。
「では仮縫いをする間、こちらのテラスでお待ちいただけますか? あとでお声をかけますので」
そう言われて陽光の差し込む明るいテラスへと足を踏み入れたアマーリアは、はたと足を止めた。
そこには先客がいた。
いくつかあるソファの一つに腰かけて本を読んでいるのはザイフリート公爵家の令嬢、カタリーナだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる