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第四章 初恋は叶うもの

64.初恋はいつも突然に

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 国王夫妻も臨席のもと、新王太子夫妻の披露宴は華やかに執り行われた。

 アマーリアは幸福そうな親友の姿に何度も涙を拭った。

 披露宴のあとは、そのまま舞踏会が開かれる。
 そちらの方は、新王太子夫妻が主催となって、若い貴族たちを中心としたぐっとくつろいだ集まりになることになっていた。

 舞踏会用のドレスに着替えたアマーリアがアンジェリカと一緒に会場へと向かっていると、叔父のフランツが慌てふためいた様子でやってきた。

「おお、アマーリア。ここにいたか。エルマを見なかったか?」
「エルマを? いいえ。叔父さまと一緒ではなかったのですか?」

 伯爵令嬢であるエルマは、結婚式、披露宴への出席資格はない。
 ただ、この後の舞踏会には出席することになっていたはずだ。

「それが、うちの馬車はとうに王宮についているのに肝心のエルマがどこにもおらぬのだ」

 エルマに付き添ってきた侍女によると、会場へ向かう途中、エルマが急に「ちょっとここで待っていて!」と言い置くなり駆けだしてしまい、その姿を見失ってしまったらしい。

「てっきり、そなたのところへ先に行ったのかと思うて来てみたのだが……」
「いいえ、見かけてはいませんわ。どこへ行ってしまったのかしら」

「あれは王宮に来るのも今日が初めてくらいで、中のことなど何も分かっておらん。とんでもないところへ迷い込んだりしておらねば良いのだが……」
 フランツは心配そうだった。
 目に入れても痛くないほど可愛がっているエルマのことなのだから無理もない。

「叔父さま。私も一緒に探しますわ。それにラルフさまにお願いして、騎士団の方にも探して貰いましょう」
「う、うむ。このような日にことを大きくしたくはないのだが……」
「大丈夫です。その辺りのこともラルフさまならきっと良いように計らって下さいますわ」
 アマーリアは叔父の手をとって、励ますように微笑んだ。


 その頃。


(確か……確か、こちらの方へ行かれたはず……)
 当のエルマは王宮の庭園のなかを、目指す相手の姿を求めて懸命に歩き回っていた。

 今日の舞踏会のために仕立て下ろした淡いピンクに白のレースをあしらった可愛らしいドレスも、ビーズとリボンで飾られた踵の高い靴も、庭園を歩き回るのには当然ながら向いていない。

「ああ、もう歩きにくい」
 エルマは、長いドレスの裾をぐいっとたくしあげて歩いた。

 楽しみにしていた舞踏会を前にして、こんなところを歩き回っているのには理由がある。

 さっき、エルマがむこうの回廊と通りかかった時に庭園のなかを突っ切っていった人影。
 それが彼女が、何日も前から何度も何度も、胸の内で思い返し続けていた「ある人」に似て見えたからだ。

(夜目にも輝くようなプラチナブロンドの髪……、すらっと背が高くて……それに何より、少し足を引きずるような歩き方をしていらした)

 数日前、公園でガルムが見知らぬ青年に飛びついてしまったあの時。

 ガルムから逃げようとした彼は、木の根に躓いて転び、足首を痛めてしまったようだった。
 慌ててガルムをつかまえて、お詫びをしようとした時には彼は、従者らしい男に付き添われて去っていくところだった。

 急いで自分に従っていた従者にあとを追わせようとしたのだが、興奮しきったガルムを押さえるのが大変で、それにかまっているうちに彼はいなくなってしまったのだった。
 去っていくときの彼は、ちょうどあのように足を痛そうに引きずっていた。

(あれが、あの時の方ならお会いしてちゃんと謝らなくちゃ!!)
 その姿を見かけた途端にそう思って、とっさに侍女を振り切って追いかけてきてしまったのだったが……。

(なんだか見失ってしまったみたい)

 夢中で追いかけてくるうちに、庭園のかなり奥深いところまで入り込んでしまったらしい。

 今日は晴れの式典の日ということもあって、人々は皆、会場となる宮殿の方に集まっていてこのあたりにはまるで人影がない。
 まるで人のいない夜の庭園というのはなんとなく不気味なものだ。

(いやだわ。一回、戻った方がいいみたい)
 くるっと身を翻したエルマは、次の瞬間、
「きゃあああっ!」
 と悲鳴をあげた。

 庭木の陰になっていた女神の彫像とまともに顔を突き合わせてしまったのだ。
 明るい場所で見ればなんでもないのだろうが、月明りに浮かび上がった青白いその顔にエルマは震えあがった。


(や、やだっ。早く、どこか、明るい、人のいるところへ……っ)

 夢中で走るうちに、どんっと勢いよく誰かにぶつかってしまった。

「きゃっ」
「うわっ」

 走ってきたエルマの突進をまともに受けたその人は石畳の上に引っ繰り返った。

「ご、ごめんなさい! ……え、あっ」

 謝ろうとしたエルマは立ちすくんだ。

「う……痛……何なんだ、いったい」
 痛そうに顔をしかめながら立ち上がろうとしているその人は、さっきからエルマが探していた青年だった。

(や、やだ。謝ろうと追いかけてきて、また余計に失礼なことをしてしまうなんて……)
 エルマは慌てて彼に駆け寄って、そのかたわらに跪いた。

「申し訳ありませんっ!」
「こんなところで何をそんなに走って……って、うっ」

 青年はエルマを見るとなぜか顔をひきつらせた。

「申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
「い、いや。大丈夫だ。私の方も前をよく見ていなかったから」

 そう言って立ち上がろうとするが、足首が痛むらしくてなかなか立ち上がれない。
 その足首も、もとはといえば自分がガルムの引き綱を放してしまったからなのだ。
 エルマは申し訳なさでいっぱいになって、深く頭を下げた。

「ごめんなさいっ!」
「いや、もういいから」

「でも、その足のお怪我も私のせいで……私、あなたに謝ろうと思ってあとを追って参りましたのに、またさらにこんなご迷惑をおかけしてしまって」
「足の怪我?」

「覚えていらっしゃらないでしょうか? 先日、うちの飼い犬が公園であなたに飛びついて転ばせてしまって……」
「え!? あの熊……いや、狼の飼い主?」

「いえ、ガルムはただの犬です。北方の血が入っているので少し大柄ですけれど」
「少しなものか! まるで灰色熊じゃないか。噛み殺されるかと思った」
「申し訳ありません」

 涙ぐんで詫びながら、エルマはその時彼の顔をはじめて正面からまともに見つめた。

 日の光を集めたようなプラチナブロンドの髪が形のいい額に振りかかり、その下のまるで宝石のように澄んだ青い瞳に影を落としている。
 すっきりととおった鼻筋に、少し冷たい印象のする薄い口元。

(なんて綺麗な方なのかしら……)
 エルマはその場の状況も忘れて、しばし見惚れてしまった。

 青年はエルマの視線をまともに受け止めて、たじろいだ顔になった。
 
「と、とにかくもういいから。私はこれで失礼する」
 こちらから顔を背けるようにして、よろよろと立ち上がった。

「お待ち下さい。足が痛まれるのでしょう? 私が従者の方がいるところまでお送りいたします」
「いや。結構。もうすぐそこなので」

「すぐそこ? でも貴方も王太子殿下の舞踏会にお越しになられたのではないのですか?」
 エルマが尋ねると、青年はふっと真顔になった。

「……いや。私には縁のないことだ」

 そう言って微笑むと、彼の華やかな美貌に得も言われぬ悲しげな影が落ちた。エルマはなぜか胸がしめつけられるような気がした。

「あの、待ってください。ならば後日、ちゃんとお詫びを……せめてお名前を、どちらのお家の方なのですか?」

「いや、本当にもう気にしないでくれ。貴女のようなレディに気にかけていただくような者ではないので」
 そう言って青年は、痛む足を引きずりながら立ち去ろうとする。

 一刻も早くこの場から離れたいとでもいうように。

 その後ろ姿を見ているうちにエルマの胸に言いようのない衝動がこみ上げてきた。

(ここで別れてしまったら、もう二度とお会いできないかもしれない。……そんなの嫌!!)

 エルマは意を決して、彼に駆け寄るとその背中に向かって叫んだ。

「あの……っ、こんなことを申しあげるのは不躾なのは分かっているのですけれど……っ」

 青年が訝しげに振り向いた。
 青い瞳でまっすぐにみつめられて鼓動が跳ねる。

(だめ。勇気を出さなくちゃ。リア姉さまみたいに……!)

 エルマは小さな拳を握りしめて、まっすぐに彼をみつめて言った。

「私、あなたのことが好きです。はじめてお逢いしたときから、ずっとお慕いしていました! だから、その、せめて、お名前を教えて下さいっ」

 彼の美しい瞳が、驚きに大きくみひらかれた。





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 すみません。本当は今回で完結予定だったのですが、あと少しだけ続きます。


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