1 / 11
1.凶星と呼ばれた少女
しおりを挟む
「何をぐずぐずしてるんだい。それくらいの洗濯物にいつまでかかってるんだか。そんなんじゃ日が暮れてしまうよ」
「すみません。すぐにやります」
飛んできた怒声に頭を下げて藍珠は濡れた衣類のいっぱいに積み上げられた盥をよいしょと持ち上げた。
昨日のうちに山のように届けられた洗濯物を洗うのは、夜明けから取り掛かってもなかなか終わらなかったが、確かにこれにばかりかかってはいられない。
炊事、洗濯、薪割り、羊や馬たちの世話。
しなければいけないことは沢山あるのだ。
ここは大陸の中南部に広がる草原地帯。
そこにいくつか点在する「草原の民」の集落の一つ、黄族の集落だった。
ずっしりと重たい盥を懸命に運んでいると、ふっと盥が軽くなった。
見ると、幼馴染の涼雲が盥に手をかけているところだった。
「涼雲」
藍珠は思わず顔を綻ばせた。
「まったく。相変わらずだな。こんなに押しつけられて。他にも人はいるだろうに、いつもいつも藍珠にばかり」
「いいの。私はこれくらいしか出来ないし」
「これくらいじゃないだろう。朝から晩まで働き通しで」
「いいんだったら。ほら、かして。早く干しちゃわないと日が陰ってきたら大変」
「手伝うよ。こんなに重いのをおまえ一人で運ぶなんて無理だ」
「平気よ。いつもしてることだもの」
そんなやりとりをしていると、また
「まだそんなところにいたのかい! 何を油売ってるんだ!!」
と厳しい声が飛んできた。
洗い場の奴婢たちを束ねている石敏が険しい顔でこちらを睨みつけている。
「何だよ、その言い方。仮にも首長の娘に向かって」
涼雲がたまりかねたように言い返した。
「ふん。首長の娘ったって庶子じゃあないか。しかも母親は奴婢ときてる。おまけに一族に不幸をもたらす凶星の下に生まれついてるときたらね。そこらの平民の子の方がよっぽど上出来ってものだよ」
石敏は鼻を鳴らしていった。
「何が凶星だよ。くだらない!」
「やめて。涼雲。もういいの」
藍珠は涼雲の手から盥を奪い取るようにして受け取ると、そのまま物干し場の方へ向かった。
「涼雲、あんたも物好きだね。そんな薄汚れた不吉な娘なんか相手にしなくったってあんただったら心を寄せてくれる娘が他にいくらだっているだろうに」
石敏の声が追いかけてくる。
「余計なお世話だ。他の女なんか何十、何百束になったって藍珠の足元にも及ぶもんか!」
威勢よく言い返した涼雲は、藍珠に追いつくとまたその手から盥を取り返した。
「涼雲ったら、あんなこと大声で恥ずかしい」
「何が恥ずかしいんだよ。本当のことだ」
涼雲はそう言って、にっこりと笑った。藍珠もつられて微笑み返した。
藍珠の母の栄寧は他部族の首長の娘だったが、部族間の抗争に敗れて奴婢の身分に落とされた。
そして父の正室の玲氏に仕えているところを見初めらて藍珠を身ごもったのだ。
藍珠が生まれたその夜。
空には不吉な前兆といわれる七つ星が輝いていたという。
そしてそれを裏付けるようにその夜、集落で火事が起こりたくさんの羊と馬、そして人が亡くなった。
それ以来、藍珠は一族の皆から不幸をもたらす星、「凶星の下に生まれた娘」と呼ばれている。
五つの時に母が亡くなってからは、幼馴染の涼雲だけが藍珠の心の支えだった。
「すみません。すぐにやります」
飛んできた怒声に頭を下げて藍珠は濡れた衣類のいっぱいに積み上げられた盥をよいしょと持ち上げた。
昨日のうちに山のように届けられた洗濯物を洗うのは、夜明けから取り掛かってもなかなか終わらなかったが、確かにこれにばかりかかってはいられない。
炊事、洗濯、薪割り、羊や馬たちの世話。
しなければいけないことは沢山あるのだ。
ここは大陸の中南部に広がる草原地帯。
そこにいくつか点在する「草原の民」の集落の一つ、黄族の集落だった。
ずっしりと重たい盥を懸命に運んでいると、ふっと盥が軽くなった。
見ると、幼馴染の涼雲が盥に手をかけているところだった。
「涼雲」
藍珠は思わず顔を綻ばせた。
「まったく。相変わらずだな。こんなに押しつけられて。他にも人はいるだろうに、いつもいつも藍珠にばかり」
「いいの。私はこれくらいしか出来ないし」
「これくらいじゃないだろう。朝から晩まで働き通しで」
「いいんだったら。ほら、かして。早く干しちゃわないと日が陰ってきたら大変」
「手伝うよ。こんなに重いのをおまえ一人で運ぶなんて無理だ」
「平気よ。いつもしてることだもの」
そんなやりとりをしていると、また
「まだそんなところにいたのかい! 何を油売ってるんだ!!」
と厳しい声が飛んできた。
洗い場の奴婢たちを束ねている石敏が険しい顔でこちらを睨みつけている。
「何だよ、その言い方。仮にも首長の娘に向かって」
涼雲がたまりかねたように言い返した。
「ふん。首長の娘ったって庶子じゃあないか。しかも母親は奴婢ときてる。おまけに一族に不幸をもたらす凶星の下に生まれついてるときたらね。そこらの平民の子の方がよっぽど上出来ってものだよ」
石敏は鼻を鳴らしていった。
「何が凶星だよ。くだらない!」
「やめて。涼雲。もういいの」
藍珠は涼雲の手から盥を奪い取るようにして受け取ると、そのまま物干し場の方へ向かった。
「涼雲、あんたも物好きだね。そんな薄汚れた不吉な娘なんか相手にしなくったってあんただったら心を寄せてくれる娘が他にいくらだっているだろうに」
石敏の声が追いかけてくる。
「余計なお世話だ。他の女なんか何十、何百束になったって藍珠の足元にも及ぶもんか!」
威勢よく言い返した涼雲は、藍珠に追いつくとまたその手から盥を取り返した。
「涼雲ったら、あんなこと大声で恥ずかしい」
「何が恥ずかしいんだよ。本当のことだ」
涼雲はそう言って、にっこりと笑った。藍珠もつられて微笑み返した。
藍珠の母の栄寧は他部族の首長の娘だったが、部族間の抗争に敗れて奴婢の身分に落とされた。
そして父の正室の玲氏に仕えているところを見初めらて藍珠を身ごもったのだ。
藍珠が生まれたその夜。
空には不吉な前兆といわれる七つ星が輝いていたという。
そしてそれを裏付けるようにその夜、集落で火事が起こりたくさんの羊と馬、そして人が亡くなった。
それ以来、藍珠は一族の皆から不幸をもたらす星、「凶星の下に生まれた娘」と呼ばれている。
五つの時に母が亡くなってからは、幼馴染の涼雲だけが藍珠の心の支えだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる