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第一章 清継復縁プロジェクト
第6話 完璧な人間は欠点すらも愛される、はず
しおりを挟む匂いとは不思議なもので、季節にさえ匂いがあって違う特色がある。春には春の。冬には冬の。そして脳内はそれらを記憶しているのか季節を嗅覚で感じ取ったなら、その時々の行事を想起させるのだ。
俺は開け放たれた体育館の扉から春の訪れを感じ、既に新学期が始まっていることを改めて実感する。
二階のキャットウォークを歩く恰幅の良い体育教師が黒いカーテンを次々に開いて、そこから差し込まれる煌々とした日差しに俺は思わず目を伏せた。
「清継ー、お前何回だったよ」
「57だ。お前は?」
俺は肩で呼吸をするようにしきりに身体を上下させて、友人である圭吾へと問い返す。すると俺とは違い涼しい顔色をしたままで、腹立たしい笑みを返された。
「60だ。また俺の勝ちだな。あー今年は何を奢って貰おうかなあ。ラーメン?ハンバーガー?いや焼き肉も捨て難い」
「嘘を吐くな、お前カウント担当を買収しただろ。そこまでして俺に勝ちたいか、母親が泣いているぞ」
「いや、んなことしないっての…。てか清継の57って反復横跳び高二男子のド平均みたいだぞ。俺は平均よりちょい上ってだけだ」
馬鹿な…。俺が、平均、だと…。
圭吾の言った通り俺達のクラスは反復横跳び、大きくは新体力テストの真っ最中だ。
去年は5月に近い頃に行なわれた気がするが、今年は随分早いらしい。俺達はその体力テストの結果で、去年から飯の奢りを賭け競い合っていたのだ。
ここまで他に上体起こしと握力測定の二種目を終えたが、俺は全てに於いて平均値を叩き出し、反対に圭吾は全てに於いて平均値を越えていくのだった。
「汐森くーん、頑張って!」
男子とは少し離れた場所で同じ種目を行なっていた女子から声援が送られる。ヤメロ、哀れみはよせ…
「向崎さん、汐森君達と去年も同じクラスだったんでしょ?去年はどっちが勝ったの」
俺と圭吾が飯賭け勝負をしている事は他の女子にも周知されているらしい。まるで見せ物のようだ。
その興味と好奇な目が恋花へと向けられた為、まるで関心の無かった彼女は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「うぇ!?あー、とどっちだったかなあ」
白々しいねえ全く。去年は俺が負けて、圭吾に奢る口実ついでに貴女も飯に誘ったんでしょうが。そこで初めて連絡先交換しちゃったりしてねえ!
なんで元カレの俺が記念日にうるさい女みたいにしっかり覚えてんの。
「確か板橋君の方だったと思うよ、汐森君意外と身体固くて体力ないから」
「やかましいわ!圭吾が体力馬鹿なだけで、平均値の俺が運動出来ないみたいに言うな!」
思わず恋花を指差し、文句を言い放ってしまった。
恋花からは普段から親しい雰囲気を出して話しかけてくるなと釘を刺されているが、これくらいはクラスメイトの距離感だし良いだろ。
それでも小言、いや罵詈雑言を浴びせられるかと思えば、恋花は不適な笑みを浮かべ只一言
「あらそう。次の長座体前屈、楽しみね」
と口にするのだった。
笑顔、笑顔。溢れんばかりのスマイルが体育館を包み込む。その中心にいるのがこの俺だ。やはり俺はこのクラスに必要不可欠な存在らしい。
だってこんなにみんな楽しそうなんだもん。俺を除いてな。
「清継、お前どんだけ身体硬ぇんだよ」
「うるさい黙れ、早く数値を言え!」
俺は座ったままの前屈姿勢で身体を生まれたばかりの小鹿のように震わせていた。
俺はモデル体型。腹は出ていない筈なのにまるで巨漢デブの如く身体が前に倒れ無い。
誰かがクラスの皆に聞こえるように叫んだ。
「清継、小学生以下!」
途端に体育館に再び笑顔が咲いた。
高校生の長座体前屈の平均値は約50センチメートルのようで、後で聞いた話だが俺の記録27センチは小学一年生と同じレベルとの事だった。将来の身体が心配になる。
去年も晒した俺の醜態を見知っていた恋花でさえも、涙を拭いながら破顔させているときた。男女問わずゲラゲラと笑い者にされるのは屈辱的だが、他にも一部の女子達からは愛でるべき対象を見つけたかのような視線さえも向けられる。
どちらにしてもプライドだけはワールドクラスの俺は、自分でも顔が熱く紅潮していくのを感じて暫く顔を上げられなかった。
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