ねむれない蛇

佐々

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美しい思い出

#01

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 あの夜からいくらもしないうちに凛太朗は真から銃の扱い方を叩きこまれていた。怪我が治ってきたら今度は体術やナイフの扱い方など、今までの彼からは絶対に教えられなかっただろうことをみっちり仕込まれた。観光どころかろくに外にすら出られない日々が続いた。
「せっかく遊びに来たのに……」
 屋敷の地下にある訓練施設で何度目かの回し蹴りを食らった凛太朗は、床に仰向けに寝たままつぶやいた。
「それは俺も同じだ。仕事休んでるんだからな」
 珍しく動きやすい格好の真はペットボトルの水を凛太朗に差し出して、床に腰を下ろした。
「休んで大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないだろ。ちゃんとその分のつけを払わされるんだよ」
 真はげんなりした様子で言った。
「俺と遊んでる暇なんてないじゃん」
「そう思うなら早く俺の教えをマスターしてくれ」
「えーまだやるの?」
「当たり前だろ。そろそろ本気でこないと死ぬぞ」
 水分摂取もほどほどに、真は立ち上がる。
「俺はいつでも本気なんだけどなあ」
 重い体をなんとか起こして真の前に立つと、すぐに拳が飛んできた。細身の見た目からは想像もできない威力があることを、凛太朗は身をもって知っている。これ以上あれを食らったら今度こそ立ち上がれなくなる。それがわかっているのでどうにかかわすも、今度は足がきた。
 避けきれずガードに回るが体勢を崩され、みぞおちに重い一発を入れられる。堪え切れずに膝をつき、胃液を吐いた。髪の毛を捕まれ上げさせられた眼前に、兄の拳が迫っていた。
「そういうせりふは、一発でも俺に入れてから言え」
 目の前で止められた拳を眺めながら、凛太朗は笑った。
「優しいなあ。俺の兄さんは」


「リン、明日空いてるか?」
 今日も兄に投げられ蹴られ、ぼろぼろになっても休むことは許されず、胃の中身が空になるまで吐き続けてそれでもただの一度もやり返せず床に沈んだ凛太朗に真がきいた。これくらいの運動量では汗もかかないとばかりに涼しげな顔が腹立たしい。
「空いてるに決まってるだろ」
「お前こっちに友達なんか居ないもんな!」
 何が面白いのか明るく笑う兄に殺意が芽生える。
「誰のせいだよ。こっちに来てからここに缶詰でどこにも行けないし何もできない。これじゃ彼女も友達もできるわけないだろ」
「友達はともかく彼女ってなんだよ」
「あーうるせー。疲れてるから喋りたくない」
 真を無視して顔を背ける。全身が痛くて身じろぎもままならない。
 悔しい。成長して兄との体格差は縮まったと思っていたのに、体力も筋力も何一つ叶わない。相手にすらなっていない。
「じゃあ明日、昼に迎えに来るから」
「どこ行くの?」
「買い物。スーツ買ってやるって言ったろ」
「覚えてたんだ」
 真は時計を一瞥すると、凛太朗にタオルを投げて出口に向かった。
「あ、寝る前にちゃんと筋トレと走り込みしとけよ」
 部屋を出る前に振り返って真が言う。凛太朗はようやく起こしかけた体を再び床に倒れ込ませた。
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