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異世界の居場所
異世界
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「タクトくん、それじゃまた明日ね」
「おう、じゃあな」
部活の帰り道、幼馴染といつもの場所で分かれると自転車のペダルを強く踏み込んだ。
腹減ったな、ダッシュで家に帰るか。
勢いをつけたところで、不意に道路のわきから猫が飛び出してきた。
「おおっと!」
バランスをとろうと道路の中央に引き寄せられる。
慌てて避けた先で、曲がり角をノンストップで入ってきた普通車にぶつかった。
自転車の車輪が激突し、顔からボンネットにたたきつけられる。すると、車が急停車したので、俺は後ろにふっとんで今度は後頭部から道路にたたきつけられた。
脳震盪を起こしてくらくらしていたが、まあ命に別状はなかった。
不運というのは、まさにこういうことなんだろう。
そのあと、俺の後ろを走っていたトラックが慌ててブレーキをかけたが、間に合わず俺はトラックの下敷きになった。
痛みはなかった。
死ぬ直前にタイヤの溝まで見えるほど迫っていたことを考えると、たぶん即死だったんだろう。
気持ちの悪い音がして、視界が真っ黒に塗られた。
ーーだがしかし、俺は今でも意識がある。
そして不思議なことに、体が軽くなり、しだいに周りが明るくなってきた。
「……今回はどうでしょう……」
女性の声が聞こえると、少しずつぼんやりしていたものにピントが合い始める。
「お?」
一瞬、ロボットかマネキンかと思えるほど、表情に変化のない人の顔が目の前にあった。
鼻が触れそうなぐらいに近かったので、ちょっと驚いた。
しかし、女の方は俺をじろじろ見てお構いなしだ。
「どこも欠損はしてなさそうですね」
顔を遠ざけて全身を確かめる。
その女は杖を持っていて、耳がエルフのように尖っていた。
いや、エルフのようにではなく……エルフだ。
青い瞳で、彫像のような顔のつくり。
金色の長い髪に、真っ白なローブを羽織っていた。
「まさか、異世界転移したのか?」
女エルフは何も答えず、一歩下がると、赤髪の男が視界に入ってくる。
周りを見渡そうとしても、何かが体を拘束していて自由に動かすことができない。
「どこかの世界のだれかは知らないが、今日からこっちの世界で生きていくことになったんだよ」
その赤髪の男は、真っ黒なプレートメイルを装備して帯刀していた。髪も燃えるような赤色をしており、瞳の色まで赤く、その漆黒の鎧の色味から、まるで危険生物みたいだ。
「しっかり働いてもらうぜ」
赤髪は20ぐらいの年齢だ。俺より上だが、初対面にしては図太く、命令口調で、乱暴な感じがする。
「あの……家に帰りたいんですけど」
なんかよくわからないが、勝手に召喚して拘束されているのが気に食わない。
「はははっ、馬鹿だなお前。それは俺達が決めることなんだよ」
「はぁ?」
何笑ってんだコイツ。
未成年誘拐の事案として警察を呼びたいところだが、この世界の法律を知らない俺は、とりあえず最大限嫌な顔をして、不満を訴えるしかない。
「これこれ、ダンケルク。異世界からの客人なんだぞ、もっと丁寧に扱いなさい」
奥で座っている老人が赤髪を注意した。
「マーリーは拘束の魔法を解きなさい」
今度は女エルフの方に顔を向けると、急に俺の体が解放されて床に尻もちをついた。
「わしの名前は、ガイア。そなたの名はなんと申す」
「俺はタクトです」
「タクトか、ではそこにある剣を振ってみよ」
ふかふかした絨毯の上に、大剣が置いてある。小学生ぐらいある鋼の塊。そのグリップをつかんだ。
「ムム……無理」
こんなの持ち上げられるわけがない。
何十キロあるんだこれ。
「ケッ! だから魔法なんか信用できねーんだよ」
ダンケルクとかいう赤髪が吐き捨てるように言った。
「ま、まさか……お前は戦士ではないのか!」
ガイアの表情が一気に曇り怒り顔に。
「タクトは魔力を保持しているようです。魔法使いですね」
「なんと! 魔法使いだと! 弱小ジョブではないか!」
よく分からないが、俺は望まれた者ではなかったらしい。
「すぐにコイツを城から追い出すんだ。マーリーは次の召喚の準備を」
ガイアは玉座から離れて、去ろうとする。
「ち、ちょっと待ってください。俺を呼んだのはあなた達ですよね?」
「魔法使いなんていらんわ」
俺はガイアを呼び止めたが、奥の部屋に入ってしまった。
「残念だよーほんとに」
ダンケルクは絨毯に沈んでいる大剣を、腕一本で取り上げる。
どうやらこの世界では、ジョブという、人に先天的に備わったものが力を決めるようだ。でなければ、あんな重いものを振り上げられるはずがない。
「おら、さっさと出ていけ、出口は後ろだ」
「ええっ……まさか、このまま出て行けと? 呼んだのはそっちですよね」
これが運命なのか知らないが、理不尽すぎる。そして、高圧的で自分が優れていると思っているやつの命令に素直に従いたくない。
「お前をここで斬ってもいいんだが、後片付けが面倒くさいからな。これ以上、俺をイラつかせるなよ」
剣先を俺に向けて、アゴで出口を指した。
悔しいが力の差は歴然だし、ここは言う通りにするしかない。
……まあ、ここに残ってクズの仲間扱いされたくないしな。
◇
城から出ると、あの国王の国とは思えない立派な街並みがあった。
陽が落ちて夜になっていたが、街頭に火が入れられ辺りを煌々と照らしている。
もう夜だというのに、レンガ造りの建物を挟んだメインストリートを馬車が行き交う。
「おお、マジで異世界だ……」
たくさんの人が歩き、中世の鎧などを装備して隊列を組んでいる兵士たちもいた。
商店街からは美味しそうな香りが漂い、それにつられるように道を歩く。
四つ角に建っている宿屋の一階は食堂になっていて、支柱だけを残して、扉は全部外されていた。
アンティークなカフェみたいで、かなりオープンな食堂になっている。奥にはカウンターと調理場の扉があり、その壁にはコーヒーカップや皿が綺麗に並べてあった。
階段横にはもう一つカウンターがあり、宿帳が置いてあった。
「ん? なんだ、もう店は閉めるぞ」
2階から、髭が生えて頭がU字型に剥げたオヤジが降りてきた。
「あ、いや別に用はないんですが、おしゃれな店だと思って」
「ははっ、そうかそうか」
大男はにっこり笑う。
俺の自然にでた褒め言葉に気を良くしたみたいだ。
「すみません。水を一杯だけもらえますか……」
「ああ、いいよ」
部活帰りのところをこの異世界に連れてこられて数時間、飲み食いしていないので喉がカラカラだ。
店主と思える男は、カウンターからコップを取り出すと、何やらつぶやく。すると、不思議なことにコップに指先から水が注がれた。
「えっ!」
「はいどうぞ」
指から水が……!
「指水……!」
「ゆ、ゆびみず!? ああ、もしかして、君はガイア王から召喚された人間かね」
「多分そうだと思います」
「半年に一回ぐらい、城の召喚師が異世界から召喚するんだよ」
「あ、たぶん、それですね」
「それは大変だったね。急に君みたいな青年が心の準備もなく、全く違う世界でこれから生きるのだから」
うーん、と店主は腕を組んで考えた。
「宿の一室を貸してあげてもいいよ。その代わり働いてもらうけど」
「え、いいんですか。お願いします」
「決断早いな! 本当にいいんだねキミ」
とりあえず働かざる者食うべからずということで、孤立無援の俺に仕事をくれるだけでもありがたいと思った。
それに、なんかいい人そうだ。
体はデカいが、話してみると温厚だし、この世界のことも知っている。
なによりも……
「この宿の雰囲気がすごくイイので」
柱一本にしても、装飾が施され、長年愛されたであろう家具のひとつひとつが心を落ち着かせる。それらが融合して、渋い感じに見えるのだ。
「ありがとう。この宿は私の曾祖父から受け継がれた大事な建物でね。そうやって褒めてもらうとうれしいよ」
店主は自分のことを褒められたかのように頭をかいて照れた。
「それじゃあ、ちょっと紹介をしておかないと……私の名前はトロ、そして……」
トロは周りを見回すが、目当てのものが見つからないようだ。
「もう一人、店を切り盛りしてくれてる従業員がいてね」
話をしていると店の外で女性の叫び声が聞こえた。
「キャッ! 何をするんですか!」
店先を掃除していた女子が、甲冑を着た二人の兵士に挟まれている。
「おう、じゃあな」
部活の帰り道、幼馴染といつもの場所で分かれると自転車のペダルを強く踏み込んだ。
腹減ったな、ダッシュで家に帰るか。
勢いをつけたところで、不意に道路のわきから猫が飛び出してきた。
「おおっと!」
バランスをとろうと道路の中央に引き寄せられる。
慌てて避けた先で、曲がり角をノンストップで入ってきた普通車にぶつかった。
自転車の車輪が激突し、顔からボンネットにたたきつけられる。すると、車が急停車したので、俺は後ろにふっとんで今度は後頭部から道路にたたきつけられた。
脳震盪を起こしてくらくらしていたが、まあ命に別状はなかった。
不運というのは、まさにこういうことなんだろう。
そのあと、俺の後ろを走っていたトラックが慌ててブレーキをかけたが、間に合わず俺はトラックの下敷きになった。
痛みはなかった。
死ぬ直前にタイヤの溝まで見えるほど迫っていたことを考えると、たぶん即死だったんだろう。
気持ちの悪い音がして、視界が真っ黒に塗られた。
ーーだがしかし、俺は今でも意識がある。
そして不思議なことに、体が軽くなり、しだいに周りが明るくなってきた。
「……今回はどうでしょう……」
女性の声が聞こえると、少しずつぼんやりしていたものにピントが合い始める。
「お?」
一瞬、ロボットかマネキンかと思えるほど、表情に変化のない人の顔が目の前にあった。
鼻が触れそうなぐらいに近かったので、ちょっと驚いた。
しかし、女の方は俺をじろじろ見てお構いなしだ。
「どこも欠損はしてなさそうですね」
顔を遠ざけて全身を確かめる。
その女は杖を持っていて、耳がエルフのように尖っていた。
いや、エルフのようにではなく……エルフだ。
青い瞳で、彫像のような顔のつくり。
金色の長い髪に、真っ白なローブを羽織っていた。
「まさか、異世界転移したのか?」
女エルフは何も答えず、一歩下がると、赤髪の男が視界に入ってくる。
周りを見渡そうとしても、何かが体を拘束していて自由に動かすことができない。
「どこかの世界のだれかは知らないが、今日からこっちの世界で生きていくことになったんだよ」
その赤髪の男は、真っ黒なプレートメイルを装備して帯刀していた。髪も燃えるような赤色をしており、瞳の色まで赤く、その漆黒の鎧の色味から、まるで危険生物みたいだ。
「しっかり働いてもらうぜ」
赤髪は20ぐらいの年齢だ。俺より上だが、初対面にしては図太く、命令口調で、乱暴な感じがする。
「あの……家に帰りたいんですけど」
なんかよくわからないが、勝手に召喚して拘束されているのが気に食わない。
「はははっ、馬鹿だなお前。それは俺達が決めることなんだよ」
「はぁ?」
何笑ってんだコイツ。
未成年誘拐の事案として警察を呼びたいところだが、この世界の法律を知らない俺は、とりあえず最大限嫌な顔をして、不満を訴えるしかない。
「これこれ、ダンケルク。異世界からの客人なんだぞ、もっと丁寧に扱いなさい」
奥で座っている老人が赤髪を注意した。
「マーリーは拘束の魔法を解きなさい」
今度は女エルフの方に顔を向けると、急に俺の体が解放されて床に尻もちをついた。
「わしの名前は、ガイア。そなたの名はなんと申す」
「俺はタクトです」
「タクトか、ではそこにある剣を振ってみよ」
ふかふかした絨毯の上に、大剣が置いてある。小学生ぐらいある鋼の塊。そのグリップをつかんだ。
「ムム……無理」
こんなの持ち上げられるわけがない。
何十キロあるんだこれ。
「ケッ! だから魔法なんか信用できねーんだよ」
ダンケルクとかいう赤髪が吐き捨てるように言った。
「ま、まさか……お前は戦士ではないのか!」
ガイアの表情が一気に曇り怒り顔に。
「タクトは魔力を保持しているようです。魔法使いですね」
「なんと! 魔法使いだと! 弱小ジョブではないか!」
よく分からないが、俺は望まれた者ではなかったらしい。
「すぐにコイツを城から追い出すんだ。マーリーは次の召喚の準備を」
ガイアは玉座から離れて、去ろうとする。
「ち、ちょっと待ってください。俺を呼んだのはあなた達ですよね?」
「魔法使いなんていらんわ」
俺はガイアを呼び止めたが、奥の部屋に入ってしまった。
「残念だよーほんとに」
ダンケルクは絨毯に沈んでいる大剣を、腕一本で取り上げる。
どうやらこの世界では、ジョブという、人に先天的に備わったものが力を決めるようだ。でなければ、あんな重いものを振り上げられるはずがない。
「おら、さっさと出ていけ、出口は後ろだ」
「ええっ……まさか、このまま出て行けと? 呼んだのはそっちですよね」
これが運命なのか知らないが、理不尽すぎる。そして、高圧的で自分が優れていると思っているやつの命令に素直に従いたくない。
「お前をここで斬ってもいいんだが、後片付けが面倒くさいからな。これ以上、俺をイラつかせるなよ」
剣先を俺に向けて、アゴで出口を指した。
悔しいが力の差は歴然だし、ここは言う通りにするしかない。
……まあ、ここに残ってクズの仲間扱いされたくないしな。
◇
城から出ると、あの国王の国とは思えない立派な街並みがあった。
陽が落ちて夜になっていたが、街頭に火が入れられ辺りを煌々と照らしている。
もう夜だというのに、レンガ造りの建物を挟んだメインストリートを馬車が行き交う。
「おお、マジで異世界だ……」
たくさんの人が歩き、中世の鎧などを装備して隊列を組んでいる兵士たちもいた。
商店街からは美味しそうな香りが漂い、それにつられるように道を歩く。
四つ角に建っている宿屋の一階は食堂になっていて、支柱だけを残して、扉は全部外されていた。
アンティークなカフェみたいで、かなりオープンな食堂になっている。奥にはカウンターと調理場の扉があり、その壁にはコーヒーカップや皿が綺麗に並べてあった。
階段横にはもう一つカウンターがあり、宿帳が置いてあった。
「ん? なんだ、もう店は閉めるぞ」
2階から、髭が生えて頭がU字型に剥げたオヤジが降りてきた。
「あ、いや別に用はないんですが、おしゃれな店だと思って」
「ははっ、そうかそうか」
大男はにっこり笑う。
俺の自然にでた褒め言葉に気を良くしたみたいだ。
「すみません。水を一杯だけもらえますか……」
「ああ、いいよ」
部活帰りのところをこの異世界に連れてこられて数時間、飲み食いしていないので喉がカラカラだ。
店主と思える男は、カウンターからコップを取り出すと、何やらつぶやく。すると、不思議なことにコップに指先から水が注がれた。
「えっ!」
「はいどうぞ」
指から水が……!
「指水……!」
「ゆ、ゆびみず!? ああ、もしかして、君はガイア王から召喚された人間かね」
「多分そうだと思います」
「半年に一回ぐらい、城の召喚師が異世界から召喚するんだよ」
「あ、たぶん、それですね」
「それは大変だったね。急に君みたいな青年が心の準備もなく、全く違う世界でこれから生きるのだから」
うーん、と店主は腕を組んで考えた。
「宿の一室を貸してあげてもいいよ。その代わり働いてもらうけど」
「え、いいんですか。お願いします」
「決断早いな! 本当にいいんだねキミ」
とりあえず働かざる者食うべからずということで、孤立無援の俺に仕事をくれるだけでもありがたいと思った。
それに、なんかいい人そうだ。
体はデカいが、話してみると温厚だし、この世界のことも知っている。
なによりも……
「この宿の雰囲気がすごくイイので」
柱一本にしても、装飾が施され、長年愛されたであろう家具のひとつひとつが心を落ち着かせる。それらが融合して、渋い感じに見えるのだ。
「ありがとう。この宿は私の曾祖父から受け継がれた大事な建物でね。そうやって褒めてもらうとうれしいよ」
店主は自分のことを褒められたかのように頭をかいて照れた。
「それじゃあ、ちょっと紹介をしておかないと……私の名前はトロ、そして……」
トロは周りを見回すが、目当てのものが見つからないようだ。
「もう一人、店を切り盛りしてくれてる従業員がいてね」
話をしていると店の外で女性の叫び声が聞こえた。
「キャッ! 何をするんですか!」
店先を掃除していた女子が、甲冑を着た二人の兵士に挟まれている。
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