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異世界の居場所
魔法使い
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栗色の髪を後ろで一つにまとめた俺ぐらいの年齢の女子だ。まとめられた髪は短く、猫じゃらし程度の長さしかない。
「へへっ、少しぐらいいいじゃねぇか」
「ちょっと我慢するだけでいいんだよ」
女の子は男のひとりに手首をつかまれた。
「やめてください! こんなっ……私が可愛いからって強引すぎます!」
「……は? 何言ってんだ?」
男たちは暫し固まる。
「店を開けてくれって言ってんだよ。俺たち、腹減ってるから」
「……」
何か行き違いがあったようだ。
女子は何も聞かなかったかのように、ほうきで入り口を掃く作業に戻った。
「オイ、俺たちは兵士なんだぞ! 言うこと聞けねーんだったら、どうなるか分かってんのか?」
語気を強めた男に、慌ててトロが駆け寄った。
「はいはい、すぐに開けますから! マロンちゃん、掃き掃除は中止。カウンターに入ってくれる?」
「えー……」
マロンと呼ばれた女子は、不満そうにほうきを片付ける。
「それと、従業員が増えました。魔法使いのタクト君です」
「よろしくお願いします」
俺は促されて挨拶する。
「……え! それは、久しぶりにイイ話ですね!」
髪を手櫛で直したマロンは、俺の前でニコニコして頭を下げた。
「マロンです! この食堂の看板娘をしています。じゃあ早速、料理の準備を教えるから付いてきて!」
マロンは俺の腕をカウンターの方に引いて歩いた。
元気で底抜けに明るい女子だな。
移動中も「どうどう」とつぶやいている。馬か何かの設定なんだな、俺は。
カウンター奥の扉の向こうには、一部屋の厨房がある。
かまどが2つ並んで、すでに火は消えているようだった。マロンは薪を放り込んだ
「それじゃあ、火の魔法使える?」
「じつは、この世界に転移したての見習い魔法使いなんだ」
「それは大変だったわね……大丈夫、私がちゃんと教えてあげるから」
咳払いをしたマロンは、指を立てて魔法を唱えた。
「火の精霊よ。魔力と引き換えに、小さな火の魔法を発現させたまえ!」
ポッ、とマロンの指先からライターでつけたような小さな火が灯って消えた。
「おお! 魔法だ!」
「フフッ、さあタクトもできるはず。指先を薪に近づけて、私と一緒に詠唱しましょう」
言われた通り指先を薪に近づけて、マロンが横で呟くのを俺も続いて唱える。
「火の精霊よ。魔力と引き換えに、小さな火の魔法を発現させたまえ!」
ドッゴーンーー!!
爆音と同時に俺は後ろに吹っ飛んだ。
「ギャーッ!」
マロンの地声の叫びが聞こえると、気づいたときには俺は仰向けになっていた。
「なんだ! どうしたんだ!」
飛び散った灰を払いながら、トロが目を丸くして俺とマロンに駆け寄る。
「大丈夫か! 怪我は!?」
「はあ……なんとか……」
俺は起き上がると、マロンもよたよたと立ち上がる。
「うわっ! 父の代で買ったかまどが……」
火入れの窓から上が、爆発でヒビが入ってしまっている。
「す、すみません……俺が魔法を間違ったからかも」
「ゴホゴホッ! それはないと思うけど」
マロンは肩や頭に積もった灰を払い落とした。
「だって、私と一緒に小さい火の魔法を唱えたし」
「本当に……? 巨大な火の魔法ではなくて……?」
「バカにしないで、そこ間違う魔法使いなんているわけないでしょ! それに巨大な火の魔法を唱えられるほど、魔力があるわけないじゃない」
「まあ、そうだな。何か、かまどに問題があったのか? ちょっと今日は料理を出すのは無理だな。客に謝ってくるよ」
「すすみません。本当にごめんなさい」
俺は頭を下げて謝罪すると、トロがにっこり笑う。
「大丈夫、大丈夫」
トロはホールで男二人に説明すると、ガシャン、と何かが倒れる音がした。
「いい加減にしろよ! この野郎!」
「大人しく料理を待っていれば、つけあがりやがって!!」
例の兵士二人が客用のテーブルを倒し、カトラリーが床に散らばっていた。
「申し訳ありません! 見ていただいたら分かりますように、かまどが壊れてしまって……」
「そんな都合よく壊れるわけねーだろ!」
男はトロの胸ぐらをつかんで持ち上げ、カウンターに向けて投げ飛ばす。
衝撃で棚に並んだコップが床に落ちて割れていった。
「トロ店長!」
「大丈夫ですか!」
俺とマロンは倒れたトロに近づく。
額から血が流れ、腰を打ったのか苦悶の表情を浮かべている。
もう一人の兵士が、テーブルを倒しながら苛立った様子でこちらに迫って来ていた。
「俺たちは腹が減ってるからな、マジでイライラしてるんだよ。下手すると殺すぞ」
怒りがおさまらない兵士の前にマロンが立ちはだかる。
「いいかげんにして! 火の精霊よ。魔力と引き換えに、大きな火の魔法を発現させたまえ!」
ボォッ、と人の顔ほどの大きさの火が飛んでいき、兵士の頭に当たったかにみえた。
「うおっ!」
しかしギリギリで手甲でガードされる。
手をどかした向こうで、額に血管が浮き出た兵士の顔が現れた。
「き、きさま!」
瞬発力といい、トロを投げる腕力といい、やはり兵士の能力は通常の人間の能力より高い。おそらく、魔法使いが城で疎まれた原因は、魔法なんかでは覆せないほどの戦力差があるからなのだろう。
キレた兵士はマロンに突進してきた。
「キャアッ!」
マロンも吹き飛ばされ壁にぶつかる。棚に置いてあった酒瓶が床に落ちて割れた。
俺のせいだ。
魔法が未熟でかまどを割ってしまったから、親切なトロやマロンが傷つけられていく。
さっきまで綺麗に整理されていた食堂もぐちゃぐちゃで、嵐にでも遭ったかのようだ。
兵士の一人はトロの髪を引っ張り上げて、痛がるトロの顔を叩いた。
「兵士に歯向かうとどうなるか分かったか? お前たち魔法使いと、兵士とじゃ雲泥の力の差があるんだよ」
「ぐっ……!」
兵士はにぎっていた髪を離すと、トロは床に倒れ込む。
ゴミを見るかのような目で兵士は俺を一瞥する。
どうやら兵士の怒りは一旦収まったようだ。
……だが、俺のなかで理不尽な暴力に対する怒りが込み上げてきた。
そして大きな疑問が浮かび上がったとき、それが臨界点に達する。
なぜ俺だけが無傷なのか?
それは俺がトロやマロンを守らず、奴らにも歯向かわなかったから。
なぜ行動できなかったのか?
仲間だって決めてなかったからか?
俺はトロやマロン側の人間でありたい。
「火の精霊よ。魔力と引き換えに……」
俺は立ち去ろうとした兵士に向かって魔法を唱えた。
「おいおい、何発来ても無駄なんだよ!」
「全部かわしたら、お仕置きタイムだからな」
それで構わない、喜んでくらってやる。
「大きな火の魔法を発現させたまえ!」
指先が光った瞬間、巨大な火の玉が食堂全体に広がった。
兵士たちは唖然として後ろ歩きで逃げようとしたが、紅蓮の炎は風のように速く、兵士たちを巻き込む。
「ギィヤアアアーー!」
「火だっ! 火を消してくれっ!」
叫び声をあげながら、頭や甲冑の下に燃え移った火を必死で消す。
床に転がったり、踊り子のようにバタバタ逃げ回るが、全身にくらった火はなかなか消せない。
水を求めて二人は食堂を飛び出ていった。
ぽつんと、俺一人が食堂に立っていた。
なんだ今のは……。
マロンが唱えたものをそのまま口にしたのだが、威力が桁違いすぎる。もしかすると、魔法が通常より強くなっているのか?
「イテテ……」
トロが腰と顔をさすりながら立ち上がった。
「うわっ! テーブルが燃えている! ああっ! 床が黒焦げに!」
「す、すみません……それは……」
「あいつらがやったんだな! くそっ、曽祖父の代からの食堂にひどいことをする」
「あ、いや、それは……」
俺が言い淀んでいると、マロンも頭を抱えながら立ち上がった。
「あいたたたー……。だから、店長言ったじゃないですか! ああいう連中は、最初にきつく断ったほうがいいんですよ!」
「まあ、軽傷ぐらいで済んだみたいだから、騎士団よりはマシかな。タクトくんも怪我はないかね?」
「ええっと、はい、大丈夫です……」
うーん。話がすっかり流れてしまった。
まあ、悪い奴らだったし、あいつらのせいにしとくか。
「初日から悲惨だったね。月一ぐらいでああいうガラの悪い連中が来るんだよ。だから、うちはどんどん従業員が辞めていってね……」
「なるほど、そういうことでしたか」
「まあ、どこに行っても商売する店にはああいう連中が来るから、逃げられないよ。ただ、うちはいざとなれば私が従業員を守るからね」
「トロ店長は、やられ方が上手いから、頼りになります」
マロンはさっさと割れたものを片付けながら毒づく。
俺は倒れたテーブルをもとに戻して掃除を手伝うと、マロンは口元を綻ばせた。
「へへっ、少しぐらいいいじゃねぇか」
「ちょっと我慢するだけでいいんだよ」
女の子は男のひとりに手首をつかまれた。
「やめてください! こんなっ……私が可愛いからって強引すぎます!」
「……は? 何言ってんだ?」
男たちは暫し固まる。
「店を開けてくれって言ってんだよ。俺たち、腹減ってるから」
「……」
何か行き違いがあったようだ。
女子は何も聞かなかったかのように、ほうきで入り口を掃く作業に戻った。
「オイ、俺たちは兵士なんだぞ! 言うこと聞けねーんだったら、どうなるか分かってんのか?」
語気を強めた男に、慌ててトロが駆け寄った。
「はいはい、すぐに開けますから! マロンちゃん、掃き掃除は中止。カウンターに入ってくれる?」
「えー……」
マロンと呼ばれた女子は、不満そうにほうきを片付ける。
「それと、従業員が増えました。魔法使いのタクト君です」
「よろしくお願いします」
俺は促されて挨拶する。
「……え! それは、久しぶりにイイ話ですね!」
髪を手櫛で直したマロンは、俺の前でニコニコして頭を下げた。
「マロンです! この食堂の看板娘をしています。じゃあ早速、料理の準備を教えるから付いてきて!」
マロンは俺の腕をカウンターの方に引いて歩いた。
元気で底抜けに明るい女子だな。
移動中も「どうどう」とつぶやいている。馬か何かの設定なんだな、俺は。
カウンター奥の扉の向こうには、一部屋の厨房がある。
かまどが2つ並んで、すでに火は消えているようだった。マロンは薪を放り込んだ
「それじゃあ、火の魔法使える?」
「じつは、この世界に転移したての見習い魔法使いなんだ」
「それは大変だったわね……大丈夫、私がちゃんと教えてあげるから」
咳払いをしたマロンは、指を立てて魔法を唱えた。
「火の精霊よ。魔力と引き換えに、小さな火の魔法を発現させたまえ!」
ポッ、とマロンの指先からライターでつけたような小さな火が灯って消えた。
「おお! 魔法だ!」
「フフッ、さあタクトもできるはず。指先を薪に近づけて、私と一緒に詠唱しましょう」
言われた通り指先を薪に近づけて、マロンが横で呟くのを俺も続いて唱える。
「火の精霊よ。魔力と引き換えに、小さな火の魔法を発現させたまえ!」
ドッゴーンーー!!
爆音と同時に俺は後ろに吹っ飛んだ。
「ギャーッ!」
マロンの地声の叫びが聞こえると、気づいたときには俺は仰向けになっていた。
「なんだ! どうしたんだ!」
飛び散った灰を払いながら、トロが目を丸くして俺とマロンに駆け寄る。
「大丈夫か! 怪我は!?」
「はあ……なんとか……」
俺は起き上がると、マロンもよたよたと立ち上がる。
「うわっ! 父の代で買ったかまどが……」
火入れの窓から上が、爆発でヒビが入ってしまっている。
「す、すみません……俺が魔法を間違ったからかも」
「ゴホゴホッ! それはないと思うけど」
マロンは肩や頭に積もった灰を払い落とした。
「だって、私と一緒に小さい火の魔法を唱えたし」
「本当に……? 巨大な火の魔法ではなくて……?」
「バカにしないで、そこ間違う魔法使いなんているわけないでしょ! それに巨大な火の魔法を唱えられるほど、魔力があるわけないじゃない」
「まあ、そうだな。何か、かまどに問題があったのか? ちょっと今日は料理を出すのは無理だな。客に謝ってくるよ」
「すすみません。本当にごめんなさい」
俺は頭を下げて謝罪すると、トロがにっこり笑う。
「大丈夫、大丈夫」
トロはホールで男二人に説明すると、ガシャン、と何かが倒れる音がした。
「いい加減にしろよ! この野郎!」
「大人しく料理を待っていれば、つけあがりやがって!!」
例の兵士二人が客用のテーブルを倒し、カトラリーが床に散らばっていた。
「申し訳ありません! 見ていただいたら分かりますように、かまどが壊れてしまって……」
「そんな都合よく壊れるわけねーだろ!」
男はトロの胸ぐらをつかんで持ち上げ、カウンターに向けて投げ飛ばす。
衝撃で棚に並んだコップが床に落ちて割れていった。
「トロ店長!」
「大丈夫ですか!」
俺とマロンは倒れたトロに近づく。
額から血が流れ、腰を打ったのか苦悶の表情を浮かべている。
もう一人の兵士が、テーブルを倒しながら苛立った様子でこちらに迫って来ていた。
「俺たちは腹が減ってるからな、マジでイライラしてるんだよ。下手すると殺すぞ」
怒りがおさまらない兵士の前にマロンが立ちはだかる。
「いいかげんにして! 火の精霊よ。魔力と引き換えに、大きな火の魔法を発現させたまえ!」
ボォッ、と人の顔ほどの大きさの火が飛んでいき、兵士の頭に当たったかにみえた。
「うおっ!」
しかしギリギリで手甲でガードされる。
手をどかした向こうで、額に血管が浮き出た兵士の顔が現れた。
「き、きさま!」
瞬発力といい、トロを投げる腕力といい、やはり兵士の能力は通常の人間の能力より高い。おそらく、魔法使いが城で疎まれた原因は、魔法なんかでは覆せないほどの戦力差があるからなのだろう。
キレた兵士はマロンに突進してきた。
「キャアッ!」
マロンも吹き飛ばされ壁にぶつかる。棚に置いてあった酒瓶が床に落ちて割れた。
俺のせいだ。
魔法が未熟でかまどを割ってしまったから、親切なトロやマロンが傷つけられていく。
さっきまで綺麗に整理されていた食堂もぐちゃぐちゃで、嵐にでも遭ったかのようだ。
兵士の一人はトロの髪を引っ張り上げて、痛がるトロの顔を叩いた。
「兵士に歯向かうとどうなるか分かったか? お前たち魔法使いと、兵士とじゃ雲泥の力の差があるんだよ」
「ぐっ……!」
兵士はにぎっていた髪を離すと、トロは床に倒れ込む。
ゴミを見るかのような目で兵士は俺を一瞥する。
どうやら兵士の怒りは一旦収まったようだ。
……だが、俺のなかで理不尽な暴力に対する怒りが込み上げてきた。
そして大きな疑問が浮かび上がったとき、それが臨界点に達する。
なぜ俺だけが無傷なのか?
それは俺がトロやマロンを守らず、奴らにも歯向かわなかったから。
なぜ行動できなかったのか?
仲間だって決めてなかったからか?
俺はトロやマロン側の人間でありたい。
「火の精霊よ。魔力と引き換えに……」
俺は立ち去ろうとした兵士に向かって魔法を唱えた。
「おいおい、何発来ても無駄なんだよ!」
「全部かわしたら、お仕置きタイムだからな」
それで構わない、喜んでくらってやる。
「大きな火の魔法を発現させたまえ!」
指先が光った瞬間、巨大な火の玉が食堂全体に広がった。
兵士たちは唖然として後ろ歩きで逃げようとしたが、紅蓮の炎は風のように速く、兵士たちを巻き込む。
「ギィヤアアアーー!」
「火だっ! 火を消してくれっ!」
叫び声をあげながら、頭や甲冑の下に燃え移った火を必死で消す。
床に転がったり、踊り子のようにバタバタ逃げ回るが、全身にくらった火はなかなか消せない。
水を求めて二人は食堂を飛び出ていった。
ぽつんと、俺一人が食堂に立っていた。
なんだ今のは……。
マロンが唱えたものをそのまま口にしたのだが、威力が桁違いすぎる。もしかすると、魔法が通常より強くなっているのか?
「イテテ……」
トロが腰と顔をさすりながら立ち上がった。
「うわっ! テーブルが燃えている! ああっ! 床が黒焦げに!」
「す、すみません……それは……」
「あいつらがやったんだな! くそっ、曽祖父の代からの食堂にひどいことをする」
「あ、いや、それは……」
俺が言い淀んでいると、マロンも頭を抱えながら立ち上がった。
「あいたたたー……。だから、店長言ったじゃないですか! ああいう連中は、最初にきつく断ったほうがいいんですよ!」
「まあ、軽傷ぐらいで済んだみたいだから、騎士団よりはマシかな。タクトくんも怪我はないかね?」
「ええっと、はい、大丈夫です……」
うーん。話がすっかり流れてしまった。
まあ、悪い奴らだったし、あいつらのせいにしとくか。
「初日から悲惨だったね。月一ぐらいでああいうガラの悪い連中が来るんだよ。だから、うちはどんどん従業員が辞めていってね……」
「なるほど、そういうことでしたか」
「まあ、どこに行っても商売する店にはああいう連中が来るから、逃げられないよ。ただ、うちはいざとなれば私が従業員を守るからね」
「トロ店長は、やられ方が上手いから、頼りになります」
マロンはさっさと割れたものを片付けながら毒づく。
俺は倒れたテーブルをもとに戻して掃除を手伝うと、マロンは口元を綻ばせた。
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