高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん

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反逆の徒

契り

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「勘違い野郎よりもジジイのほうがヤバいナ」

 エンバーは月に照らされた王宮を見上げてつぶやく。

 たしかに……だが、ダンケルクも俺一人では手に負えなかった。
 ダンケルクを打ち負かしてやる、なんてカッコつけてしまったがルナの魔法なしでは確実に殺されている。
 ルナの最初の言葉のとおり、ダンケルクとは戦わず一緒に逃げていればよかったんだ。

「ルナを連れ出せなかったことが痛いな……」
「あの姉ちゃんが美人だったからかナ?」
「そういうわけじゃなくて……」
「俺様もマロンよりずっと、あの姉ちゃんのほうがいいと思うナ」
「……いや~、それは違うかな。マロンのほうが気兼ねなく話せて、一緒にいて楽しいし。ルナはお姫様だから、ちょっと会話に困ると言うか次元が違いすぎて……」

 白けたエンバーの視線に気づいてハッとする。

「って、そういう話じゃなくて……ルナが言っていた和平計画のことが、どういうことなのか聞けなかったからだよ」

 と、エンバーを見下ろした瞬間、急に足腰に力が入らなくなった。

「!?」

 膝をつくと、意識が朦朧としてあたりがぼやける。
 まぶたが強制的に下りてきて、強い睡魔が襲ってきた。

「マ、マズイナっ! 魔力切れだ……ナッ!」

 エンバーの声が小さくなる。
 そしてエンバー自身もどんどん小さくなっている気がする。これは幻覚なのか。

 前方に倒れると、反射的に腕が前に出て顔や頭への衝撃を和らげてくれた。
 しかし、それからは濁流が渦巻くように脳内をかき混ぜる。

 俺はここがどこかもわからない不安を抱えたまま、意識を手放した──。

────
──

 目を開けると、最初は自分がどこにいるのかわからなかった。視界に映るぼんやりとした天井を見つめるうちに、見慣れた自室の天井だと気づき全身の筋肉が弛んだ。
 
 横を見るとマロンが水桶の上でタオルを絞っている。

 まだ頭の中がぼんやりしていて、どうやってここまでたどり着いたかわからない。
 体を動かすと節々から痛みが駆け上がってきた。

「ううっ!」

 マロンは俺の声に驚き、絞ったタオルを水桶に落とす。

「タクト! 意識が戻ったの!? タクトーーっ、よかった!」

 涙目になり、俺の頭を抱えてぎゅっと頬を寄せた。
 華やかな香りと心地よい柔らかさに包まれて、助かったことを実感する。

「もうずっと起き上がらないかと思ってた……2日間も寝ていたんだよ」
「え、2日も……」

 それでも頭はまだぐるぐる回っていて、ひどい船酔いみたいになっている。
 マロンは涙を拭うと、水の入ったコップを持ってきて少しずつ飲ませてくれた。

「リアクって人がタクトを運んできてくれたんだよ」

 リアクが……。
 ギールを助けた後、俺を追って王宮に潜入していたのか。もしくは、戻らなかったので捜索したか。
 城の兵士より先に見つけてくれて本当に助かった。

「そういえば、エンバーは?」
「エンバーなら、昨日の朝にタクトの横に突然現れて、いま食堂でご飯を食べてる」

 どうやら俺に魔力が戻ったことでエンバーも復活したようだ。
 しかし、あるじより元気って使い魔としてどうなんだろうな……。

 マロンは食堂へ行きトロに知らせると、すぐにオムレツやスープが運ばれてくる。
 俺の横にマロンが座ると、オムレツを火傷しないようにフーフーと慎重に冷ました。

「はい、アーンってして」
「アーン」

 ──ちなみに、食べさせてほしいと言ったわけじゃない。
 遠慮したけれど、トロが魔力切れになったときも関節が痛いことは知っていたようで、マロンがどうしてもって言って食べさせてくれた。

 オムレツが舌の上に乗ると、甘みと卵の香りが口いっぱいに広がって、幸福の波が体全体に広がる。
 はあ……やっぱりここの従業員として拾われて良かった。


 丸一日寝ると、痛みもなくなり全快した。明日から仕事に戻れそうで何よりだ。
 エンバーは俺よりも元気で、夜になっても食堂でマロンたちと戯れている。

 俺はトイレから部屋に戻り、明日のためにも早めに寝ようとベッドに腰掛ける。

「魔力が元に戻ったようじゃな」
「うわっ! 王商ギール……!」

 ギールが部屋の隅にある椅子に座っていた。

「そのネックレスをルナ姫から託されたんだって?」

 ギールとは違う別の声がする。
 今度はドアと反対側にある窓にリアクが座っていた。
 相変わらずニコニコしていて不敵な笑みを浮かべている。

「リアクまで……いつの間に集まったんですか。ここ、俺の部屋なんですけど」
「隣の隣の部屋が儂の部屋だったから、ここがちょうどいいと思ってな」
「はあ……」

 俺は首に下げている青い真珠をつまんで持ち上げる。

「それ……キミの炎のブレスレットに近い魔力を感じるね……何か水の魔法を唱えてくれないか」

 適当にモラクトを唱えると、魔法と真珠が共鳴して光り、ホログラムのような青い線が重なる。
 鮮明ではないが、ルナの上半身が映し出された。

「ほお、これは便利な魔法じゃ」

 感嘆したギールの声にルナが反応した。

「その声は王商ギールですね。……水の魔法で何度か聞いてはいましたが、こうして話ができてよかった。タクト様とリアク様も無事でなによりです」

 ルナは胸に手を当てると安堵の表情を浮かべる。
 そして、ダンケルクとの戦いについてギールとリアクに伝えた。

「……ほお、あのダンケルクと互角に戦えるとは……その力、あまり表沙汰にしないほうがいいかもしれん。帝国のみならず、他の国にも目を付けられるかもしれんからのぅ」

 さすが伝説というだけある。
 終始ビックリ顔でルナの話を聞いていたリアクと違って、ギールは深く頷き、国の繋がりを知っているギールらしいアドバイスをもらった。

「とんでもない話だね……でも僕も大変だったんですよ……脱出はともかく、タクトくんが指名手配になってね。でも、なんとか僕の力で大掛かりな捜索は止めているんです。ぶっちゃけ、帝国はもう瀕死の状態で、騎士団長の私怨に人を割く余裕はないからね」
「リアクの言うとおりじゃな。わしの部下にも調べさせたが、もってあと一年。そのうちに共和国軍がこの町になだれ込んで来る」

 リアクとギールの話を聞きながら、ルナは顎に手をあてて考え込んだ。

「……そうなる前に、なんとしてでも帝国の指導者を変えなければいけません」
「しかし、帝国は完全に関所を閉ざして、わしらの味方も容易には増やせないからのう。ダンケルクはともかく、ガイア王の支配者ドミネーターとやらはとんでもないジョブじゃ……」
「そのことなんですが……」

 ルナは短い沈黙を挟んで、沈んだ声で語り始める。

「じつは、私の父は大病を患っており、その一年の間に亡くなると思います」
「なっ、それはまことか!」
「はい……私は二年ほど前から王宮内のすべての声を聞けるようになったんです。そして、父の余命がわずかであることを知りました」
「なるほどね……」

 リアクは窓の縁から下りて、棚の上にあるリンゴを手に取る。
 おばちゃんから最近よくもらっていたオマケのリンゴだ。

「ガイア王の崩御と同時にダンケルクを捕まえて、和平の材料にするってわけか」
「はい……父の死を利用するようで心苦しいですが……あと私にできることは共和国から処罰を受けることのみ」
「ふぅん……心の準備はできているってわけね」

 ガシッと齧ると酸っぱさで顔をしかめる。

「わしは『そのとき』に備えて手下を集結させておこう。とはいっても、国内に残っているものは十名ほどだろうがな」
「僕も信頼できる騎士にだけ伝えて、それとなく備えておく」

 リアクは齧ったリンゴをギールに渡すと、ギールもガシリとかぶりついた。

 え、そのリンゴをもしや……。

 俺の不安が的中して、ギールが真剣なまなざしのままリンゴを差し出す。

「か、かじる?」

 リアクと目が合うと、うん、と小さく頷いた。

 どういう儀式なんだ……たぶんちぎり的な、三顧の礼的な……いや、桃源郷の契りだったか……?

 カリッとリンゴを齧ると、三人の視線が痛くて、なんとなくリンゴを掲げた。

「ありがとうございます。王商ギールにリアク様、そしてタクト様。この国の民の命は、三人に託されました」
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