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本編
10.敵ではないが、味方でもない
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アイズお爺様がお亡くなりになり10カ月。
湖を高台から眺める森の中。
ヒッソリと隠れ佇む先代皇帝、アイズお爺様、ダンお爺様の隠れ家は、広大な敷地を持つわりに、屋敷は小さく使用人も多くは雇えない。
「実際には通いにくいだけで、隠れ家ではなかったと思いますのよ?」
それでも、熱心に調べようとしなければ、この場所を知ることは難しいでしょう。 私は、そんな辺鄙な場所まで私に会いに来てくださったエイダ王女殿下に嫌味交じりの微笑みを向けた。 幼馴染と言っても幼い頃と今は違い、職務でなければ会うことだって滅多にない。
「確かに、常に必要な人員を置けないなら、来訪の前には大勢の人間が掃除に訪れていたでしょうね。 まったく、お爺様方も美しい隠れ家なら、城下に幾つも所有できましたでしょうに」
「あら、城から遠い事が不満と言う訳ではありませんの。 思っていた以上に来客があることが不満ですのよ」
私が肩をすくめてみせれば、エイダ様は僅かに視線を逸らしになって、私は小さく溜息をついた。
直接押しかけてくるような方は稀で、例え婚姻により身内となったクルール公爵家の方々とて、突然の来訪はなさいません。 いえ……公爵家の方々の所業があるからこそ、直接押しかけてくることが出来ないと考えるべきでしょうか?
数日毎に舞い込む公爵夫婦からの謝罪の手紙、2カ月前からはワイズ様からの手紙が加わりました。 何をお考えなのか……いずれも謝罪と言い訳の羅列。 必死な文面を見れば、許さない私が悪人のような気分に思えてしまい、気分がすぐれなくなってしまうというものです。
だから、見るのを辞めました。
謝罪は、許されたい側の自己満足でしかありませんわよね……。 私はエイダ様の前でそんな言葉を口に出すことはありません。 例え彼女は幼馴染であっても、王女殿下なのですから。
「王女殿下ともあろう方が、雑用のためにいらっしゃるなんて」
エイダ様はまだ何も言っていないにもかかわらず、私が申し訳ないと心痛むふりをしてみせれば、
「そう思うなら、アンタの方から出てきなさいよ」
「生憎と、私の帰るべき場所は、もうここしかございませんもの」
「王宮には、いくらでも空いている部屋はありましてよ?」
「肩が凝るような場所は、遠慮したいですわ。 それに……エイダ様もこちらの方が良い息抜きになるでしょう?」
ニッコリと笑って見せれば、ニッコリと返された。
「そうね……最近は、本気でシアに出てきて欲しいと思っておりますのよ」
「どうかなさいましたの?」
「アナタに会いたい、紹介して欲しい。 夜会に招待したい。 どうせ、離縁されるなら、今から息子と見合いを」
エイダ様が肩をすくめれば、私も真似をした。
「私に用事とは、クルール公爵夫婦とユリウス様だけではございませんの?」
「ユリウスは……正式に離縁をしてから、アタックすると言っておりましたわ」
「私、男の方は……その、お爺様や公爵、ワイズ様を見ていて、もう嫌だと思うようになりましたの……」
肩をすくめて言えば、エイダ様は苦笑する。
「アイズ様は、慈善的で、豪胆で、愛情深くて、行動的。 多くの方が彼に感謝と尊敬の念を持っていて、アナタの思いは理解されないでしょうね」
「私だって決して感謝していない訳ではありませんわ。 ですが……善人の側にいて幸福になれない私が、どのような方と共にいれば幸福となれるのでしょうか?」
「それは、とても難しいわね。 でも、アナタを愛したいと言う人は多いのよ? 気が向いたらでいいから、考えておいてちょうだい」
私は肩をすくめた。
「どうせ、私自身を愛そうなどと言う変わり者等、ユリウス様ぐらいでしょう。 後は加護縫いの利権関係でしょうね……」
それでもグリフィス家が所有していた財産が表沙汰になってないだけマシと言うものでしょう。
加護縫いやり過ぎましたわ。
ここ2カ月、広い敷地を管理するため、日用品のあらゆるものに加護縫いを付与し、少々の魔力で日常作業を簡略化する紋章を生み出していた。
魔水ノコギリ、サイクロン型落ち葉集め、魔木乾燥庫、そして湯沸かし、鍋、オーブン、風呂、ありとあらゆるものに加護縫いを付与して、日用品を魔法アイテム化した訳。 出入りの業者さんが、是非使いたいと言うから幾つか作って差し上げたら、実物がないのに知名度だけが広がって、加護縫いの紋様を売って欲しいと言う手紙が届くようになった訳なんですよね。
「そうね、城内でも使ってみたいと言う者が多いのですよ。 何しろ無駄に広くて天井が高いですから」
「確かに、お城は大変ですわね」
「オークション形式で、紋章を1つ1つ売るっていうのはどうかしら?」
「別にお金に困っている訳ではありませんから、出来るなら金銭よりも、人柄で選びたいものですわ」
「それは難しいわね。 金儲けの種を欲しがるような人間は、シアの言う人柄に選ばれることはないでしょうからね」
「商売人の方には多少は寛容に慣れると思いますわ。 幾ら人柄が良くても、偽善で商売をしようとして失敗すれば、世間に向ける人柄がよくとも、身内を不幸にすることを知っておりますもの」
「そういえば、クルール公爵も正式な謝罪をさせてもらいたいと言っていましたわよ」
「どうせ、アイズお爺様の残したものが理解できないとかでしょう? そういうのは私ではなく、お爺様と感性が近いワイズ様に伺う方がよろしいのではありませんか? なんて、意地悪を言っていても仕方がありませんわね……。 お爺様が残した財産に関して、目録に状況を書いてお手紙を出しておきますわ」
クルール公爵家は、例え金銭管理が下手くそだったとしても、毎月それなりの収入が入ってくる。 特にお爺様がいらした時代だと
・領地収益(継続)
・英雄年金(×)
・騎士年金(×)
・相談役報酬(×)
・親衛隊給与(中止中)
×はアイズお爺様の死で停止した資金。 これだけの収入がお爺様が生きていらした時代にあったのに金が残らなかった理由は、決して王家から嫁いだ公爵夫人の浪費ではありません。
全てがお爺様の慈善費用なのです。
私が婚姻によって得た屋敷も、アイズお爺様とグリフィス家による所有で、弁護士によって管理されていたため無事に残っていたに過ぎません。 アイズお爺様個人の持ち物でしたら、売却をなさるか、お家の無い方々の住まいとなっていたことでしょう。
お爺様には悪い癖と言うか……。
土地を担保に金を借りた人が、農地を没収されかけているのを知れば、その土地を購入し、皆が豊かになれる最高の事業計画を立てるのだと励むものの、いつもアイズお爺様の提案は非現実で事業計画は頓挫。
そのうち、土地の所有権はクルール公爵家、使用権は元土地所有者へ『ただ』で貸し出す始末。 結果としてお爺様のお金は一切溜まることなく、事業計画は何も実行されず、手の付けられない資産だけが増えていくんです。
ワイズ様が、剣を提供し人様の借金を返したあげく、面倒ごとばかりを背負っているのを聞けば……よくにた祖父と孫だと呆れるばかりなのです。
「ところで、ワイズとは話をしましたの?」
「いいえ……」
「話をしませんの?」
「改めてお話することはございませんわ」
彼女は大切な親友であり幼馴染ではありますが、それは私と彼女だけの関係ではなく、ワイズ様ともまた親友であり幼馴染な訳ですから、彼に関して悪く言うのは控えましょう……。
今の状況を維持しながら、離縁へと持っていけば、全ては私にとって優位になります。
お爺様の代で作り上げたクルール家は、お爺様の側に仕えた私を失う事で、貴族社会からの信頼を失うことでしょう。
私がクルール家から離れれば、クルール家はグリフィス家の財産的補償を失い、領地に対して行われている取引から手を引くものも出てくる事でしょう。
そして……お爺様によって準備されていた妻である私がいなくなれば、次期当主となるワイズ様の人柄も誤魔化しがきかなくなるはずです。 なにより、新しい妻を迎えるだけの財産がクルール家にはありません。
いえ、既にアーダ・オーバリーによって崩れていますか……。
金銭に困った公爵家の方々は、アーダ・オーバリーが受け継ぐべき爵位を回復させればすくわれると、望みを託すかもしれません。
ですが、全ては彼女の嘘です。
誰も何もすくわれません。
彼女自身もすくわれることはないでしょう。
遡る事30年の間、爵位を返上したのはグリフィス家のみ。
そして、ダン爺様は若い頃の大ケガを負い、子供は母しかいませんでした。 よって母の子である私以外にグリフィス家の直系は存在しないのですから。 アーダはただの詐欺師でしかありません。
これらすべてを語れば、エイダ殿下はきっとワイズ様に同情し、彼のために働きかけ、それが私にとって不利な状況を生み出す事となるでしょう。
そう考えれば、エイダ様は敵でなかったとしても、味方とはなりえないのです。
湖を高台から眺める森の中。
ヒッソリと隠れ佇む先代皇帝、アイズお爺様、ダンお爺様の隠れ家は、広大な敷地を持つわりに、屋敷は小さく使用人も多くは雇えない。
「実際には通いにくいだけで、隠れ家ではなかったと思いますのよ?」
それでも、熱心に調べようとしなければ、この場所を知ることは難しいでしょう。 私は、そんな辺鄙な場所まで私に会いに来てくださったエイダ王女殿下に嫌味交じりの微笑みを向けた。 幼馴染と言っても幼い頃と今は違い、職務でなければ会うことだって滅多にない。
「確かに、常に必要な人員を置けないなら、来訪の前には大勢の人間が掃除に訪れていたでしょうね。 まったく、お爺様方も美しい隠れ家なら、城下に幾つも所有できましたでしょうに」
「あら、城から遠い事が不満と言う訳ではありませんの。 思っていた以上に来客があることが不満ですのよ」
私が肩をすくめてみせれば、エイダ様は僅かに視線を逸らしになって、私は小さく溜息をついた。
直接押しかけてくるような方は稀で、例え婚姻により身内となったクルール公爵家の方々とて、突然の来訪はなさいません。 いえ……公爵家の方々の所業があるからこそ、直接押しかけてくることが出来ないと考えるべきでしょうか?
数日毎に舞い込む公爵夫婦からの謝罪の手紙、2カ月前からはワイズ様からの手紙が加わりました。 何をお考えなのか……いずれも謝罪と言い訳の羅列。 必死な文面を見れば、許さない私が悪人のような気分に思えてしまい、気分がすぐれなくなってしまうというものです。
だから、見るのを辞めました。
謝罪は、許されたい側の自己満足でしかありませんわよね……。 私はエイダ様の前でそんな言葉を口に出すことはありません。 例え彼女は幼馴染であっても、王女殿下なのですから。
「王女殿下ともあろう方が、雑用のためにいらっしゃるなんて」
エイダ様はまだ何も言っていないにもかかわらず、私が申し訳ないと心痛むふりをしてみせれば、
「そう思うなら、アンタの方から出てきなさいよ」
「生憎と、私の帰るべき場所は、もうここしかございませんもの」
「王宮には、いくらでも空いている部屋はありましてよ?」
「肩が凝るような場所は、遠慮したいですわ。 それに……エイダ様もこちらの方が良い息抜きになるでしょう?」
ニッコリと笑って見せれば、ニッコリと返された。
「そうね……最近は、本気でシアに出てきて欲しいと思っておりますのよ」
「どうかなさいましたの?」
「アナタに会いたい、紹介して欲しい。 夜会に招待したい。 どうせ、離縁されるなら、今から息子と見合いを」
エイダ様が肩をすくめれば、私も真似をした。
「私に用事とは、クルール公爵夫婦とユリウス様だけではございませんの?」
「ユリウスは……正式に離縁をしてから、アタックすると言っておりましたわ」
「私、男の方は……その、お爺様や公爵、ワイズ様を見ていて、もう嫌だと思うようになりましたの……」
肩をすくめて言えば、エイダ様は苦笑する。
「アイズ様は、慈善的で、豪胆で、愛情深くて、行動的。 多くの方が彼に感謝と尊敬の念を持っていて、アナタの思いは理解されないでしょうね」
「私だって決して感謝していない訳ではありませんわ。 ですが……善人の側にいて幸福になれない私が、どのような方と共にいれば幸福となれるのでしょうか?」
「それは、とても難しいわね。 でも、アナタを愛したいと言う人は多いのよ? 気が向いたらでいいから、考えておいてちょうだい」
私は肩をすくめた。
「どうせ、私自身を愛そうなどと言う変わり者等、ユリウス様ぐらいでしょう。 後は加護縫いの利権関係でしょうね……」
それでもグリフィス家が所有していた財産が表沙汰になってないだけマシと言うものでしょう。
加護縫いやり過ぎましたわ。
ここ2カ月、広い敷地を管理するため、日用品のあらゆるものに加護縫いを付与し、少々の魔力で日常作業を簡略化する紋章を生み出していた。
魔水ノコギリ、サイクロン型落ち葉集め、魔木乾燥庫、そして湯沸かし、鍋、オーブン、風呂、ありとあらゆるものに加護縫いを付与して、日用品を魔法アイテム化した訳。 出入りの業者さんが、是非使いたいと言うから幾つか作って差し上げたら、実物がないのに知名度だけが広がって、加護縫いの紋様を売って欲しいと言う手紙が届くようになった訳なんですよね。
「そうね、城内でも使ってみたいと言う者が多いのですよ。 何しろ無駄に広くて天井が高いですから」
「確かに、お城は大変ですわね」
「オークション形式で、紋章を1つ1つ売るっていうのはどうかしら?」
「別にお金に困っている訳ではありませんから、出来るなら金銭よりも、人柄で選びたいものですわ」
「それは難しいわね。 金儲けの種を欲しがるような人間は、シアの言う人柄に選ばれることはないでしょうからね」
「商売人の方には多少は寛容に慣れると思いますわ。 幾ら人柄が良くても、偽善で商売をしようとして失敗すれば、世間に向ける人柄がよくとも、身内を不幸にすることを知っておりますもの」
「そういえば、クルール公爵も正式な謝罪をさせてもらいたいと言っていましたわよ」
「どうせ、アイズお爺様の残したものが理解できないとかでしょう? そういうのは私ではなく、お爺様と感性が近いワイズ様に伺う方がよろしいのではありませんか? なんて、意地悪を言っていても仕方がありませんわね……。 お爺様が残した財産に関して、目録に状況を書いてお手紙を出しておきますわ」
クルール公爵家は、例え金銭管理が下手くそだったとしても、毎月それなりの収入が入ってくる。 特にお爺様がいらした時代だと
・領地収益(継続)
・英雄年金(×)
・騎士年金(×)
・相談役報酬(×)
・親衛隊給与(中止中)
×はアイズお爺様の死で停止した資金。 これだけの収入がお爺様が生きていらした時代にあったのに金が残らなかった理由は、決して王家から嫁いだ公爵夫人の浪費ではありません。
全てがお爺様の慈善費用なのです。
私が婚姻によって得た屋敷も、アイズお爺様とグリフィス家による所有で、弁護士によって管理されていたため無事に残っていたに過ぎません。 アイズお爺様個人の持ち物でしたら、売却をなさるか、お家の無い方々の住まいとなっていたことでしょう。
お爺様には悪い癖と言うか……。
土地を担保に金を借りた人が、農地を没収されかけているのを知れば、その土地を購入し、皆が豊かになれる最高の事業計画を立てるのだと励むものの、いつもアイズお爺様の提案は非現実で事業計画は頓挫。
そのうち、土地の所有権はクルール公爵家、使用権は元土地所有者へ『ただ』で貸し出す始末。 結果としてお爺様のお金は一切溜まることなく、事業計画は何も実行されず、手の付けられない資産だけが増えていくんです。
ワイズ様が、剣を提供し人様の借金を返したあげく、面倒ごとばかりを背負っているのを聞けば……よくにた祖父と孫だと呆れるばかりなのです。
「ところで、ワイズとは話をしましたの?」
「いいえ……」
「話をしませんの?」
「改めてお話することはございませんわ」
彼女は大切な親友であり幼馴染ではありますが、それは私と彼女だけの関係ではなく、ワイズ様ともまた親友であり幼馴染な訳ですから、彼に関して悪く言うのは控えましょう……。
今の状況を維持しながら、離縁へと持っていけば、全ては私にとって優位になります。
お爺様の代で作り上げたクルール家は、お爺様の側に仕えた私を失う事で、貴族社会からの信頼を失うことでしょう。
私がクルール家から離れれば、クルール家はグリフィス家の財産的補償を失い、領地に対して行われている取引から手を引くものも出てくる事でしょう。
そして……お爺様によって準備されていた妻である私がいなくなれば、次期当主となるワイズ様の人柄も誤魔化しがきかなくなるはずです。 なにより、新しい妻を迎えるだけの財産がクルール家にはありません。
いえ、既にアーダ・オーバリーによって崩れていますか……。
金銭に困った公爵家の方々は、アーダ・オーバリーが受け継ぐべき爵位を回復させればすくわれると、望みを託すかもしれません。
ですが、全ては彼女の嘘です。
誰も何もすくわれません。
彼女自身もすくわれることはないでしょう。
遡る事30年の間、爵位を返上したのはグリフィス家のみ。
そして、ダン爺様は若い頃の大ケガを負い、子供は母しかいませんでした。 よって母の子である私以外にグリフィス家の直系は存在しないのですから。 アーダはただの詐欺師でしかありません。
これらすべてを語れば、エイダ殿下はきっとワイズ様に同情し、彼のために働きかけ、それが私にとって不利な状況を生み出す事となるでしょう。
そう考えれば、エイダ様は敵でなかったとしても、味方とはなりえないのです。
応援ありがとうございます!
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