私に『婚約破棄よ！』と言わせたい婚約者。 無視していたら殺されかけたのだけど、助けてくれた方が好みだったので、このまま死んだことにします。

2章 新しい生活の始まり

09.男と白虎と私の縁 03

「ヴァルツ、彼女はまだ無理が出来る状況ではないんじゃないかな？」

「だが、新聞に書いてある内容を放っておけば。　婚約者を失くした子爵令息の嘆きに、多くの人間が振り回される事になってしまう。　それに本人が戻りたいと言うなら早い方が問題は少ない」

　なら、なぜ、今まで報告しなかったのか？　と言うのは、白虎が語ってくれた。

「アナタの体調が万全ではないところ申し訳ないのですが、……記憶がある限りで構いません。　君の中の真実を語ってはもらえませんか？　私達はアナタが眠っていた3日間、日常的に毒を盛られ、川に落とされたと言う事実と、新聞に書かれていた悲しみの事実から、アナタの回復を促す以上の行動が出来ませんでした。　マイは私達にどうして欲しいですか？」

　穏やかに白虎は小さな子を言い含めるように語った。　

「このまま、死んだことには出来ませんか？」

　私の質問に、ケセルさんも、白虎もどこか安堵したように見えた。

「そう決めたなら、俺達はこのまま記憶喪失の女性を拾ったと言う事で進めよう」

　ずいぶんとアッサリしていて拍子抜けだった。　唖然としている私にケセルさんは言葉を続けた。

「とはいえ、自分の意志で保護を頼んだと一筆書いてもらおう。　記憶の混濁が収まった途端に、自分の死を知って自分の大切さを知った婚約者の元に戻らなければ！　なんて言いだしたら困るんでね」

「はい。　もともと、保護する予定だったんですか？」

　まるで準備をしてあったかのように、書類が差し出された。

　それは保護者申請書と書かれた書類で、犯罪者雇用、奴隷売買、養子縁組、最近は人材派遣を行う使用人組合が登録使用人との間に使ったりと、結構幅広い用途で使われるものが提示された。

「OKを貰えたならな。　植物魔法の使い手は珍しいから。　手元に置いておけるなら置いておきたいと考えるのは、当然だろう？」

「名前、佐藤舞衣でいいかな？」

「マイがソレを自分の名だと認識しているなら、申請時にエラーは出ないはずだ」

　この場合の申請は、神殿、エラーを出すのは契約の神様。

　書類を書き終えて差し出せば、ケセルさんは書類をチェックしはじめた。

「よし、問題はない。　これで向こうが死亡届けを神殿に提出した時点で、記憶混濁者の保護という名目で提出すれば、ステニウス子爵家に仕えた人間は消え、マイと言う人間が正式に国に登録される」

「それにしても申請書を容易するなんて……」

　正直呆れた話だ。

　紙こそ神殿から1000ゼニー程度で購入できるが、実際に申請となれば相応の金銭を支払う必要が出てくる。

「万が一見つかって返せと言われても困るからな」

「殺そうとしたくらいですよ。　そんな事言う訳ないじゃないですか」

「それがまず信じられない。　植物魔法の使い手。　その血統だと言うだけで、価値があるのにそんな訳は……いや、君の祖父は、君たち血統をオープンにはしていなかったと言うことか？」

　ケセルさんの言葉に白虎は言う。

「まぁ、私達も秘密だよと言って教えてもらった訳ですし、それに、植物魔法の担い手と分かれば、まず作らせられるのは興奮剤や、問題があるが高値で取引される植物になるでしょうから、隠すのも理解できますよ」

「そうなんですか？」

「えぇ、この国では禁止薬物とされていますが、他国でそう言うものがあったと聞いた事があります」

「いえ、そうではなく、秘密な事なのに、なぜ知っているのですか？」

「それは、アンタの父親に実際に見せてもらった」

「私達も戦場に出ていた事があるんですよ。　まだ小さな時で」

　私は何処か恥ずかしそうに語る白虎に、猫を想定して話を聞く。

「ヴァイスは、戦場が怖いってピーピーと何時も泣いていてな。　ソレを宥めるのに甘い果物をこっそりくれたんだよ」

「猫なのにピーピー？」

「比喩だ。って、顔が赤いぞ。　熱がまた上がりだしたか」

「今日はお開き、彼女の両親にはお世話になったんですし、時間をかけて恩を返していきましょう」

　白虎が言えば、ケセルさんはジトっとした目で白虎を見ていた。

「オマエは、好意を向けられたからって……甘くなってないか？」

「私も男です。　可愛い子には甘くなると言うものですよ」

　さわさわと大きな肉球で私の額を撫でてくる。

「まぁ、人間扱いされているようには見えないがな」

　白虎の優しく甘い笑い声と、寄り添う毛並みに私はウトウトと意識を落としていった。