【R18】婚約者がとんでもない女を運命のツガイだといいました。 そして私は運命に出会う。【完結】

迷い人

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31.楽園で 01

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 ある騎士が、侍女が、気づいた。

 疑念を持ってしまった楽園の姿が……どれほど歪んでいるかを。

 目の前を覆う崇拝とでもいうべきベールが外れた時、花が咲き乱れ、果実が実り、食べれば蕩けるほどに甘い果実は消えた。

 恐怖で歪んだ彼の顔を、えづきながら泣く彼女の声を、怪しいと思われなかったのは、崇拝の先、皇妃に捨てられると思った者達もまた、絶望に震え、恐怖に怯え、救済を懇願し泣き濡れていたから。





 美しい楽園のような庭園。

 花弁が舞い、鳥が鳴く。

 庭園には季節ごとの花々が咲き乱れ、
 少年少女が甘い声で詩を歌う。

 皇妃ミラの住まう全宮は4つの庭園を持つ。
 皇妃ミラは日替わりで庭を楽しむ。

 日替わりなのは、醜く弱い無数に存在する価値の無い存在を目にしなくて済むから。 同様の意味で屋敷は12存在していた。

 屋敷1つ1つは、決して大きい訳ではない。 そして、全てを居住に使う訳でもない。 それでも屋敷には屋敷ごとに役割を持ちながらも、どの屋敷にも皇妃が満足するための品物が揃えられていると考えれば、どれほどの金銭が必要とするか? どれほどの労力が必要とされるか? 精錬潔白と思われている皇妃ミラの本性を垣間見えるはずなのに誰も疑問に思うものなどいなかった。

 幸福の場では、欺瞞は無粋である。

 その日、皇妃ミラは新緑と白いガーベラが美しい庭に面する空宮そらみやで、少年少女達と戯れていた。 穏やかな微笑みを浮かべる繊細な美少女は皇妃ミラの侍女達。 白い騎士団の制服は皇妃専属護衛の証、ソレを身に着ける少年は、少女と見紛うほどの愛らしい姿をしている。

 皇妃ミラの侍女と騎士。

 小鳥のように少女が歌う。
 子猫のように少年が囁く。
 花弁のように少女が舞い。
 子犬のように少年が笑う。
 
 なんて幸福なのでしょう。
 そう微笑む皇妃ミラ。

 庭先の少年少女達を、美しい容姿をした美女たちが屋敷から眺めていた。 美女たちは部屋を片付け、ドレスの手入れをし、茶の準備をする。 少し前までは自分達が少女達の立場だったのにと、嫉妬を覚えずにはいられない。

 皇妃に愛されているうちは、侍女と言えど姫君のような扱いだし、騎士と言えど幼い王子のような扱いをされる。

 強い視線に、少年少女が集う楽園に不似合いな青年が振り返った。

 背も高く肩幅も広い、あつい胸板に、太い腕、丹精な顔立ち。 その口元は常に微笑みを形づくっている。 青年と視線があった美女は顔を赤く染め、そして周囲はその女性に嫉妬の視線を向ける。

「余りカラカウものではないわ」

 コロコロと笑う皇妃ミラ。

「そんなつもりはないよ。 それより皇妃よ」

 外見から遠くかけはなれた、甘い声。

「なんでしょう陛下?」

「使いに出たものが戻ってきたようだ」

 少年少女達は不思議な様子で陛下と呼ばれた男を見た。

「あらあら、思ったよりも早いわねぇ。 しっかりと仕事をしてきたのかしら?」

 コロコロと笑う皇妃ミラは、少年少女達に微笑んで見せ手にしていたカップを少女に手渡した。

「用事ができました」

「皇妃様、お戻りは?」

 飼い主から引き離される子犬のように、不安そうに寂しそうに少年少女達は視線を向ける。

「あぁ、かわいい子たち。 ゴメンナサイ、今日の用事は少しばかり時間がかかりますの。 次に愛らしいあなた方に会えるのは明後日になりますわ。 それまで、御利巧に待っていることができますよね?」

 皇妃ミラの声に、はにかみ微笑み少女達と、拗ねながらも頷く少年達。



 夕焼け色をした茜宮せんぐうへと皇妃と偽陛下は向かう。 滅多に使われることは無いその屋敷は、専用の使用人が雇われそのほかの者達は入る事を許されていない。

 その場に足を踏み入れる事は光栄か?

 それとも……。

 本物の陛下が住まう離宮から戻った使用人達は、茜宮へと足を踏み入れ戸惑った。 屋敷の内側全てが黒色に塗りつぶされていた。 皇妃が好む優雅に重なり合うカーテンは、黒と茜色、皇妃様が好み、彼女のシンボルとする白とは正反対の色。

 誰もが不安を胸に持った。

 少年少女の頃から、皇妃様に仕えていた使用人達には考えると言う力が欠如していた。 だからモイラの言葉に多少の不安を感じても、その不安を確かめようと思わなかった。 危機感を覚えるまでには至らなかったものも、危機感を覚えた者も問いかける事が出来ないのが現実である。

 体は大人になったが、心はまだ幼い少年少女のままなのだ。

 使いから戻った使用人達を誘うのは、皇妃様が雇うとは思えぬ小さく青黒い醜い男。 人とは思えなかった。

「今しばらくお待ちくだされ」

 くぐもった声。

 きっひひひひひと不気味な笑い声を男はたてる。

「逃げて……しまわないか?」

 騎士の1人が震えながら言った。 皇妃様に仕える騎士に戦う技量は必要とされなかった。

『鍛えると筋肉は固くなるでしょ? そうなると可愛くないですもの』

 そんな理由とも言えない理由。 少年のうちは、自分の美貌と擽ったい皇妃の言葉にソレで良いのだと納得した。 だけど、今は少しだけ後悔していた。

 少しと言うには、未だ危機意識が薄いのだろう。

 視線を交し合い、お互いが伺いあうが、答えを出せるようなものがそこにはいない。 今まで何かを決断するようなことはなかったから。 仕方がないと言えば仕方がない。 そして時間だけが沈黙の中で刻まれる。

「よく、戻りましたね」

「うわぁあ」

 しっしししし。

 背の低い赤ら顔の女性は、赤ん坊なのか老婆なのか不思議な顔立ちをしており、やはり皇妃様がそばに置くとは思えない。 だが、髪だけは春先の小川のように美しい薄い水色だった。

「アナタ」

「なんですかな? 私は何も聞いておりませんぞ。 そう、何も、な~んにも、なにもないないですぞ」

 幼いのかボケているのか分からぬ口調で、女性は踊るように陽気にぴょんぴょん跳ねながら去って行った。

「ぇっと」

「あの……どう……」

 ちらっと覗き見る赤い小さな人。
 しっししししと笑い見つめてる。

 皇妃様を疑ってはいけないと誰もが思った。
 疑問を持ってはいけないのだと、背筋が凍った。

「せっかくですし、お茶、いただきましょうか?」

 トレイに乗せられた茶も菓子も見慣れたものだ。 それは奇妙な安堵感に至る。



 どこから間違いだったのだろう?
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