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終章
58.その後 05
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そして、初めて偽皇帝が動いた。
手で払い退けるように、カイルへと手を振り上げれば、カイルはローブを強く握りしめたまま3歩ほど引いた。
赤く血に濡れた皇妃の白い身体が露わとなる。
皇妃は恥じらう様子なく堂々と立ったままに高く笑い、同じく血に濡れたローブ姿の偽皇帝はカイルを睨みつけていた。
「どう、したの?」
偽皇帝の様子に皇妃は訝しむが、いいえと偽皇帝は首を横に振る。 些細な行動が、声が、姿がカイルと似ていた。
皇妃はそれに気づいているのか? いないのか? 笑ったままにカイルに手を伸ばす。 腕に顔があった……。 腕の顔が呻く。
「若いって、罪ね。 でも、私は寛容だから許してあげる」
そう微笑んでいた……かもしれない。
かも……。
少なくとも声は笑っており……だけど、皇妃の白い肌には、人の顔が無数に浮かんでいた。 怨嗟を浮かべた顔が幾重にも折り重なり呪いの言葉を吐いていた。
「ひぃ、化け物!!」
悲鳴が連鎖する。
「ぁ、ああ、ぁあ……」
呻くような声は弱弱しく、怨嗟の声に飲み込まれていく。 彼女自身に力は無い。 彼女が特別となれたのはただ彼女に流れる竜の血が少しばかり濃かったから。 数か月渡りカイルを温めようと共にいたから、多少なりとも縁が出来ていたから。 だから、竜の呪いから生まれた怨嗟が、怨嗟として、呪いとして働かなかっただけ。
その竜の血を、祝福を、本物の竜によって剥がされれば、残されるのはただの化け物。 周囲が見せる怯えの表情に、皇妃は戸惑いながら偽皇帝を見た。
「しくじりましたね……同じ、外見をしていた時点で気づくべきでした。 配慮が足りず申し訳ございません」
偽皇帝がそう告げると同時に、グストリア公爵の腰に携えた剣を抜いた。 別に攻撃しようとしたわけではない。 広い剣の面を皇妃に見せて、皮膚の表面に浮かび重なる怨嗟の顔を見せつける。
声にならない叫び。
そして、皇妃であったものは走り出す。
その背を見守り、誰も動けなかった。
動かないカイルにエリスが語り掛ける。
「どうするの?」
「どうも、しませんよ……。 勝手に生きて、勝手に死ねばいい。 私には、彼の方が問題ですから」
皇妃なり、メイザース公爵が何処からともなく、自分にとって都合の良い偽皇帝を連れて来たのだろうと思っていた。 実際、顔を合わせてみれば違った。
とても似ている。
似すぎていて気持ち悪い。
「皇帝の真似って言ってもやり過ぎ……」
「面白い事に、私達は初対面なんですよ」
カイルは飄々とした様子で言うが、緊張している事は触れ合う肌から感じ取る事が出来た。 だから、良く分からないままにエリスは大丈夫だと祈り願う。
「それは、そっちが認識していないだけですよ。 兄弟。 私達は幾度となく会っています。 貴方の親が死んだ後、竜との馴染みがある公爵家に預けたのは私なのですから」
「それは、お手数おかけしましたね。 ですが、そろそろ力を返していただけますか? 母も不毛でしょう。 命を助けた子供に、夫は殺され、子供が売り払われ、本人は呪いの肉塊となったのですから」
全ての情報は小鬼に埋められた呪いの肉芽から得たもの。
中庸の者には呪いとなっても、呪いの肉塊の子であるカイルにとっては親から子へ受け継がれる情報の欠片となる。
偽皇帝はカイルの言葉に、退こうと、受け身を取ろうと、意表を突こうとしたが、カイルはこう言った。
「祝福の時は終わりです」
ただ、それだけで……偽皇帝が形を失い、肌色の血袋の塊となった。
「あぁ、そうだ……。 貴方達は大勢の命を食らって得た寿命は、中庸の者の何倍もあるでしょう。 そんな時間を1人で生きるには余りにも孤独です。 お二人で末永く共に暮らすと良いでしょう」
後に、皇妃、偽皇帝、メイザース公爵は、皇家に毒を盛り死滅へと導いた化け物として晒される事となる。 人々が見飽きるまで……そして、見飽きた後は、放置され、いつか忘れ去られ、やがて死を迎える事だろう。
多くの命を犠牲にして得た不老長寿。 第二、第三の暴走者を出さないためには、丁度良い見せしめとなっただろう。
手で払い退けるように、カイルへと手を振り上げれば、カイルはローブを強く握りしめたまま3歩ほど引いた。
赤く血に濡れた皇妃の白い身体が露わとなる。
皇妃は恥じらう様子なく堂々と立ったままに高く笑い、同じく血に濡れたローブ姿の偽皇帝はカイルを睨みつけていた。
「どう、したの?」
偽皇帝の様子に皇妃は訝しむが、いいえと偽皇帝は首を横に振る。 些細な行動が、声が、姿がカイルと似ていた。
皇妃はそれに気づいているのか? いないのか? 笑ったままにカイルに手を伸ばす。 腕に顔があった……。 腕の顔が呻く。
「若いって、罪ね。 でも、私は寛容だから許してあげる」
そう微笑んでいた……かもしれない。
かも……。
少なくとも声は笑っており……だけど、皇妃の白い肌には、人の顔が無数に浮かんでいた。 怨嗟を浮かべた顔が幾重にも折り重なり呪いの言葉を吐いていた。
「ひぃ、化け物!!」
悲鳴が連鎖する。
「ぁ、ああ、ぁあ……」
呻くような声は弱弱しく、怨嗟の声に飲み込まれていく。 彼女自身に力は無い。 彼女が特別となれたのはただ彼女に流れる竜の血が少しばかり濃かったから。 数か月渡りカイルを温めようと共にいたから、多少なりとも縁が出来ていたから。 だから、竜の呪いから生まれた怨嗟が、怨嗟として、呪いとして働かなかっただけ。
その竜の血を、祝福を、本物の竜によって剥がされれば、残されるのはただの化け物。 周囲が見せる怯えの表情に、皇妃は戸惑いながら偽皇帝を見た。
「しくじりましたね……同じ、外見をしていた時点で気づくべきでした。 配慮が足りず申し訳ございません」
偽皇帝がそう告げると同時に、グストリア公爵の腰に携えた剣を抜いた。 別に攻撃しようとしたわけではない。 広い剣の面を皇妃に見せて、皮膚の表面に浮かび重なる怨嗟の顔を見せつける。
声にならない叫び。
そして、皇妃であったものは走り出す。
その背を見守り、誰も動けなかった。
動かないカイルにエリスが語り掛ける。
「どうするの?」
「どうも、しませんよ……。 勝手に生きて、勝手に死ねばいい。 私には、彼の方が問題ですから」
皇妃なり、メイザース公爵が何処からともなく、自分にとって都合の良い偽皇帝を連れて来たのだろうと思っていた。 実際、顔を合わせてみれば違った。
とても似ている。
似すぎていて気持ち悪い。
「皇帝の真似って言ってもやり過ぎ……」
「面白い事に、私達は初対面なんですよ」
カイルは飄々とした様子で言うが、緊張している事は触れ合う肌から感じ取る事が出来た。 だから、良く分からないままにエリスは大丈夫だと祈り願う。
「それは、そっちが認識していないだけですよ。 兄弟。 私達は幾度となく会っています。 貴方の親が死んだ後、竜との馴染みがある公爵家に預けたのは私なのですから」
「それは、お手数おかけしましたね。 ですが、そろそろ力を返していただけますか? 母も不毛でしょう。 命を助けた子供に、夫は殺され、子供が売り払われ、本人は呪いの肉塊となったのですから」
全ての情報は小鬼に埋められた呪いの肉芽から得たもの。
中庸の者には呪いとなっても、呪いの肉塊の子であるカイルにとっては親から子へ受け継がれる情報の欠片となる。
偽皇帝はカイルの言葉に、退こうと、受け身を取ろうと、意表を突こうとしたが、カイルはこう言った。
「祝福の時は終わりです」
ただ、それだけで……偽皇帝が形を失い、肌色の血袋の塊となった。
「あぁ、そうだ……。 貴方達は大勢の命を食らって得た寿命は、中庸の者の何倍もあるでしょう。 そんな時間を1人で生きるには余りにも孤独です。 お二人で末永く共に暮らすと良いでしょう」
後に、皇妃、偽皇帝、メイザース公爵は、皇家に毒を盛り死滅へと導いた化け物として晒される事となる。 人々が見飽きるまで……そして、見飽きた後は、放置され、いつか忘れ去られ、やがて死を迎える事だろう。
多くの命を犠牲にして得た不老長寿。 第二、第三の暴走者を出さないためには、丁度良い見せしめとなっただろう。
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