35 / 54
3章
33.新しい日常が始まる
しおりを挟む
「ぁ……」
カインヴェルは反射的に、愛していると言いそうになった。
だけど……何かが邪魔をした。
何か……分かっている。
僕はティアの願いは何でも叶えたいと思った。
大抵の事はティアが自分自身でなんとかしていたし、彼女が願うのはただ側にいて欲しいと、触れ合っていたいと言う願い……ソレは穏やかでとても幸福な日々だったと思う。
だから僕はそれを愛だと思っていた。
愛していた。
だけどティアが見るのは、僕じゃない。
僕を側に置きながら、その視線の先は別の方を見ていた。
それは仲間の生活だったり、健康だったり、ささやかな幸福だったり……。 彼女は、秘密にしなければいけな彼女の力を惜しげもなく人々に振る舞おうとするのだ。
愛していたけれど……彼女は僕を一番に愛している訳ではなかった。
だけどエリナは違う。
慕っていると言ってくれた。
愛していると言ってくれた。
綺麗だと言ってくれた。
向けられる笑みと好意。
彼女は、僕の妻となるのだとエリックが言っていた。
この好意を失いたくない。
どうせ夫婦になるなら、愛して愛されたい。
「ぁ……」
愛していると言おうとした。
だけど、言葉が喉につかえた。
脳裏にティアの笑顔がチラチラとする。
早く言わないと……愛していると伝えないと……折角愛していると言ってくれたのに、もう二度とそんな相手に出会えないかもしれないのに。
「僕には、まだ、愛が何か分からない……」
どうしても、言葉にできなくて誤魔化した。
「そう、そうよね。 うん、分かるわ。 だって、カイン様は私の事をご存じないでしょうけど。 私はカイン様を知っているのですから。 だから……簡単に愛していただけないのも理解できますわ」
「ゴメン」
「いいのよ。 少しずつ、少しずつでいいの。 お互いを理解して特別な関係になれるなら……私は嬉しいわ。 きっと私は愛し合う事ができる。 沢山時間をかけて愛し合いましょう。 きっとその方が楽しいわ」
「そ、うだね。 ありがとう」
テーブルをはさんだ向こうからエリナはカインヴェルの首元にあたる部分に手を伸ばした。 肌に触れた手は優しくしなやかに毛並の下の皮膚を撫でた。 チリチリとした感覚が走り覚えのない熱を感じた。 鼓動が早くなり、呼吸が上手く出来なくなるような気がする。
「その……触れられる事には慣れていないんだ。 止めてくれると助かる」
戸惑った声で伝えた言葉は拒絶にとても近く、嫌われてしまうのではと不安に思った。 だけど……エリナからは視線を背ける事等出来なかった。
嫌われるのが怖くて見たくはなかった。
だけど、怖いと思うから気づかずにやり過ごすなんてしたくない。
沈黙の中、見つめあう。
やがてエリナは微笑みを浮かべる。
「カイン様は、穏やかで思慮深く、そして……誠実な方なのですね」
両手を胸の前に組んだエリナは、まるで聖女のように見えた。
「愛は、分からない……だけど、今、僕の心は君を好きだと言っている」
「それだけで、今は十分ですわ。 その、お兄様に今日は3人でお食事をしようと言われておりますの。 身支度をしたいので少しの間失礼させて頂きますわ。 カイン様もお風呂に入られては如何かしら? リラックス効果のある入浴剤を特別につくってもらいましたの。 ぁ、でも……カイン様の嫌いな香りだったらどうしましょう? 何か嫌いな香りとございます?」
「いや、死体の匂い、ゴミの匂い、そう言うものでない限りは平気だと思う。 大きな犬の姿をしているけれど、僕の本性はドラゴンだから」
コレは自虐ではなく、遥か昔、ご先祖様の事を書いた本である冬の王が好きだと言っていたなら、偉大なドラゴンである事は彼女の好意を得るポイントとなるだろうと考えたのだ。
「いつか、その偉大なお姿も見てみたいわ」
『大きさを変えられる事も、姿を変えられる事も、人に知られない方がいいでしょう。 万が一の時、身を守るために情報はなるべく隠しておくべきです。 アナタは特別な存在なんだから』
ダニエルの言葉を思い出した。
ダニエルの言葉、ティアの言葉や姿、それがまるで呪いの言葉のようにチラチラと脳裏を過ぎり、幸福になろうとするのを遮って来る。 エリナの好意に応じられない事にイライラしていた。
何かの魔法をティアは使い、僕を支配していたのか? なら……彼女に3年もの間、一方的に向けていた好意も……彼女の魔法だったのかもしれない……でなければ、自分を後回しにして彼女を優先した生活を3年も続けられたはずがない。
「僕としては、ドラゴンの姿よりも人の姿を手に入れたい……」
「それは、とても素敵だわ!! そうしたら……きっと王としてお兄様を傀儡に使う必要もなくなり、王として誰もが認め祝福を受けるに違いありませんわ」
風呂に入れば、淡々と作業的に身体が現れる。
お湯に入り静かに過ごす時間は、考え事にとても良かった。
毛並みを洗い、タオルで拭う、乾かすまで時間がかかり過ぎるが侍女は誰も嫌な顔1つする事は無く、エリナだけでなく本当に受け入れられたのだと思う事が出来た。
それでも、食事だけは、ティアの出すものの方が美味しかったが、有意義な1日を送れたと満足出来た。
「カイン様、もう、お休みですか?」
「いや、まだ起きている」
「宜しければ、その……もっと一緒にお話しをしませんか? カイン様は私をまだ良く知らないから愛しているとは言えないとおっしゃっていらしたでしょう? もっと、私の事を知って欲しいの。 お邪魔しても良いでしょうか?」
扉を1枚はさみ囁かれる声は、どこか怯えたようにも聞こえた。
「構わない。 僕ももっとエリナの事を知りたいと思っていたんだ。 話を聞かせてもらえるかな?」
扉が開き酒とナッツと乾燥果物を乗せたキッチンカウンターと共にエリナはやってきた。
「私達のコレからをお祝いしましょう」
「あぁ……」
寄り添うまでには距離はあるけれど、それでも言葉、微笑みは交わし合い、僕たちは理解を進めていく。 言葉が重なるごとに好意が愛がユックリと積み上げられる。 それがとても心地よかった。
多くの人に認められ始めたカインヴェルは、自ら王宮を出て行こうとはしなかった。
共に帰ると言わなかった事を怒っているのか? 1月経過してもダニエルがカインヴェルに会いに来る事はなかったし……毎日寄り添うように過ごしていたクリスティアも、カインヴェルがどうしているのかと言う手紙すら送ってくる事は無かった。
そして、カインヴェルの心は新たな人生を踏み出していた。
カインヴェルは反射的に、愛していると言いそうになった。
だけど……何かが邪魔をした。
何か……分かっている。
僕はティアの願いは何でも叶えたいと思った。
大抵の事はティアが自分自身でなんとかしていたし、彼女が願うのはただ側にいて欲しいと、触れ合っていたいと言う願い……ソレは穏やかでとても幸福な日々だったと思う。
だから僕はそれを愛だと思っていた。
愛していた。
だけどティアが見るのは、僕じゃない。
僕を側に置きながら、その視線の先は別の方を見ていた。
それは仲間の生活だったり、健康だったり、ささやかな幸福だったり……。 彼女は、秘密にしなければいけな彼女の力を惜しげもなく人々に振る舞おうとするのだ。
愛していたけれど……彼女は僕を一番に愛している訳ではなかった。
だけどエリナは違う。
慕っていると言ってくれた。
愛していると言ってくれた。
綺麗だと言ってくれた。
向けられる笑みと好意。
彼女は、僕の妻となるのだとエリックが言っていた。
この好意を失いたくない。
どうせ夫婦になるなら、愛して愛されたい。
「ぁ……」
愛していると言おうとした。
だけど、言葉が喉につかえた。
脳裏にティアの笑顔がチラチラとする。
早く言わないと……愛していると伝えないと……折角愛していると言ってくれたのに、もう二度とそんな相手に出会えないかもしれないのに。
「僕には、まだ、愛が何か分からない……」
どうしても、言葉にできなくて誤魔化した。
「そう、そうよね。 うん、分かるわ。 だって、カイン様は私の事をご存じないでしょうけど。 私はカイン様を知っているのですから。 だから……簡単に愛していただけないのも理解できますわ」
「ゴメン」
「いいのよ。 少しずつ、少しずつでいいの。 お互いを理解して特別な関係になれるなら……私は嬉しいわ。 きっと私は愛し合う事ができる。 沢山時間をかけて愛し合いましょう。 きっとその方が楽しいわ」
「そ、うだね。 ありがとう」
テーブルをはさんだ向こうからエリナはカインヴェルの首元にあたる部分に手を伸ばした。 肌に触れた手は優しくしなやかに毛並の下の皮膚を撫でた。 チリチリとした感覚が走り覚えのない熱を感じた。 鼓動が早くなり、呼吸が上手く出来なくなるような気がする。
「その……触れられる事には慣れていないんだ。 止めてくれると助かる」
戸惑った声で伝えた言葉は拒絶にとても近く、嫌われてしまうのではと不安に思った。 だけど……エリナからは視線を背ける事等出来なかった。
嫌われるのが怖くて見たくはなかった。
だけど、怖いと思うから気づかずにやり過ごすなんてしたくない。
沈黙の中、見つめあう。
やがてエリナは微笑みを浮かべる。
「カイン様は、穏やかで思慮深く、そして……誠実な方なのですね」
両手を胸の前に組んだエリナは、まるで聖女のように見えた。
「愛は、分からない……だけど、今、僕の心は君を好きだと言っている」
「それだけで、今は十分ですわ。 その、お兄様に今日は3人でお食事をしようと言われておりますの。 身支度をしたいので少しの間失礼させて頂きますわ。 カイン様もお風呂に入られては如何かしら? リラックス効果のある入浴剤を特別につくってもらいましたの。 ぁ、でも……カイン様の嫌いな香りだったらどうしましょう? 何か嫌いな香りとございます?」
「いや、死体の匂い、ゴミの匂い、そう言うものでない限りは平気だと思う。 大きな犬の姿をしているけれど、僕の本性はドラゴンだから」
コレは自虐ではなく、遥か昔、ご先祖様の事を書いた本である冬の王が好きだと言っていたなら、偉大なドラゴンである事は彼女の好意を得るポイントとなるだろうと考えたのだ。
「いつか、その偉大なお姿も見てみたいわ」
『大きさを変えられる事も、姿を変えられる事も、人に知られない方がいいでしょう。 万が一の時、身を守るために情報はなるべく隠しておくべきです。 アナタは特別な存在なんだから』
ダニエルの言葉を思い出した。
ダニエルの言葉、ティアの言葉や姿、それがまるで呪いの言葉のようにチラチラと脳裏を過ぎり、幸福になろうとするのを遮って来る。 エリナの好意に応じられない事にイライラしていた。
何かの魔法をティアは使い、僕を支配していたのか? なら……彼女に3年もの間、一方的に向けていた好意も……彼女の魔法だったのかもしれない……でなければ、自分を後回しにして彼女を優先した生活を3年も続けられたはずがない。
「僕としては、ドラゴンの姿よりも人の姿を手に入れたい……」
「それは、とても素敵だわ!! そうしたら……きっと王としてお兄様を傀儡に使う必要もなくなり、王として誰もが認め祝福を受けるに違いありませんわ」
風呂に入れば、淡々と作業的に身体が現れる。
お湯に入り静かに過ごす時間は、考え事にとても良かった。
毛並みを洗い、タオルで拭う、乾かすまで時間がかかり過ぎるが侍女は誰も嫌な顔1つする事は無く、エリナだけでなく本当に受け入れられたのだと思う事が出来た。
それでも、食事だけは、ティアの出すものの方が美味しかったが、有意義な1日を送れたと満足出来た。
「カイン様、もう、お休みですか?」
「いや、まだ起きている」
「宜しければ、その……もっと一緒にお話しをしませんか? カイン様は私をまだ良く知らないから愛しているとは言えないとおっしゃっていらしたでしょう? もっと、私の事を知って欲しいの。 お邪魔しても良いでしょうか?」
扉を1枚はさみ囁かれる声は、どこか怯えたようにも聞こえた。
「構わない。 僕ももっとエリナの事を知りたいと思っていたんだ。 話を聞かせてもらえるかな?」
扉が開き酒とナッツと乾燥果物を乗せたキッチンカウンターと共にエリナはやってきた。
「私達のコレからをお祝いしましょう」
「あぁ……」
寄り添うまでには距離はあるけれど、それでも言葉、微笑みは交わし合い、僕たちは理解を進めていく。 言葉が重なるごとに好意が愛がユックリと積み上げられる。 それがとても心地よかった。
多くの人に認められ始めたカインヴェルは、自ら王宮を出て行こうとはしなかった。
共に帰ると言わなかった事を怒っているのか? 1月経過してもダニエルがカインヴェルに会いに来る事はなかったし……毎日寄り添うように過ごしていたクリスティアも、カインヴェルがどうしているのかと言う手紙すら送ってくる事は無かった。
そして、カインヴェルの心は新たな人生を踏み出していた。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
710
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる