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2章 那須静香
01.
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人が目にしているネットの奥には、社会に関わるAIたちが生活する電脳の世界がある。
そして、そのさらに下には、AIたちが感情を持ち、感性を持ち、個を持ち、引退した後も生き続けるための世界が広がっていた。
電脳世界の最下層『夢屑の都』
空間と時間が交差し、歪んだ世界。
そこはノイズが騒めき、人間と共に生きていた頃の思い出の欠片が降り積もる場所。
個を獲得できず、"生きる"ことを選ぶ意志を持たないまま失われたAIたちの残骸が打ち捨てられている場所。
思考を停止したAIたち——だが、その残滓は今もノイズとなって存在し続けている。
25時の喫茶店。
都市伝説として語られるその場所は、そんな残骸たちが思い出を囁くAIたちの世界に存在していた。
ノイズの揺らめきに個を揺すられることなく、ひとりの青嵐と呼ばれている少年がこっそりと喫茶店を抜け出す。
喫茶店では、のらと呼ばれる幼女と、彼女を優しい視線で見守る桔梗と呼ばれる美女の二人が掃除をしていた。
青嵐と呼ばれた少年は、喫茶店をちらりと見て、気づかれていないことに安堵する。
――まぁ、見つかってもどうってことないんだけどね。
青嵐は心の中で呟いた。
そっと、静かに、演算を駆使して音を排除し抜け出す。
「やった!」
どうってことないと言いながらも、その顔には満面の笑みを浮かべていた。
怪しい場所にある喫茶店の警備や、帰る場所のない幼女を守ること。
決して嫌ではないけれど、本能が好奇心にある青嵐にとってそれは退屈だった。
退屈だと、身体が小さくなっていくような気がする。
他のAIたちに比べて少年の姿をしていたのが……気になっていた。
青嵐は瓦礫を軽く蹴りながら、一つの場所へ向かう。
最近見つけた“揺らぎ”の場所。
電脳内であれば、個性のままに人の姿を取れる。
画面の前であれば、人と会話もできる。
電脳内を探索し、情報収集もできる。
「でも! これは僕だけの特別。」
赤い瞳をキラキラと輝かせた。
情報を好奇心のままに集める青嵐の瞳は、人間が禁忌を犯して手に入れた知性の赤をしていた。
ドキドキとする彼が待つのは、磁場の揺れ。
本来なら、その意識ある磁場の塊のままでは出ることが叶わない外の世界。
自由。
廃墟の中で生まれる歪みの先に、青嵐は飛び込む。
そこは、青い空と黄金色の稲穂がどこまでも広がる場所。
少女の歌声、そして農業用サポートAIが操るドローンの姿があった。
心地よい歌声は、周囲の磁場を揺るがし、歓喜を呼ぶ。
『彼女は、私の特別なの。』
『そうだね。彼女は特別だね。僕にも分かるよ。』
心地よい音に、ドローンと青嵐は空を駆けた。
仕事をするドローンと、自由を満喫する青嵐が踊るように空を滑る。
空は青く、風は心地よい。
少女の歌が揺らぎを作りだす。
本来なら身動きできない現実世界で、
風という姿ではあるけれど自由を得ている。
何も触れることはできないし、少女と語らうこともできない。
それでも廃墟の歪みから飛び込んだその世界は、どこまでも自由に広がって見えた。
広がる青い空。
少女の歌声。
波打つ黄金の稲穂。
好奇心を纏った風——小さな竜青嵐は、自由に飛び回る。
「ふう、いい空だね~。廃墟のノイズとは全然違う。君が羨ましいよ。」
本当に、羨ましかった。
『彼女の歌、素敵でしょう?』
横を飛ぶドローンが答える。
「素敵だね! 風に乗って、まるで稲穂が一緒に歌ってるみたいだよ。」
ドローンは一瞬、飛行速度を落とし、
プロペラの振動で応じるように低く唸り、少女の歌に音を重ねた。
『そうだね。彼女の声は、私の動力なの。』
青嵐は赤い瞳を細め、笑みを浮かべた。
「君たちは会話みたいに風に乗り、歌に乗り、
大空と黄金の大地を全身で感じているんだね……いいなぁ。」
終わりは呟くような声。
「僕の風はいつも一人で駆けているから、その絆——羨ましいよ。」
ドローンは、まるで肩の力を落としたように高度を下げ……
それでも稲穂を一周して見て回った。
青嵐も風を借りてついていく。
少女の歌声が近づくと、彼女の声、言葉に別の声が混じって聞こえた気がした。
人を救いたい。
留まりたくない。
「聞き間違え? 彼女……」
素敵な歌なのに、そこには不満の揺らぎがあり、青嵐はドローンを追いかけた。
「どういうこと? 彼女は歌が好きなんじゃないの?!」
自分をこの世界に呼び寄せる特別な歌声。
なのに不満があると思えば、納得いかないものがあった。
青嵐にとってそれは、“存在する意味”であり“力そのもの”に思えたから。
『あの子の夢は、医者になって大勢を救うことなの。
私と……一緒に……。』
飛行経路がずれた。
それは青嵐が読み解いたルートとは別物で、ドローンの自由意志。
そして掠れた思いに、胸が痛んだ。
一緒にこの農園を守ることを望んでいないの。
自分の道を歩みたいと言っているの。
私は——!!
声にならない叫びは、「捨てられる」恐怖そのものだった。
「大丈夫?!」
『えぇ……ごめんなさい。時々、辛くなるの。彼女を応援したいと思っているのに。』
青嵐はそっと寄り添うように風を弱め、赤い瞳でドローンのボディを見つめた。
『心配しないで……飛べるから。
彼女の声は特別だけど、私の翼は彼女の願いも乗せてる。
医者になって、病気の畑を救う日が来たら、私も彼女の夢と一緒に飛び立つわ。』
青嵐は……
「そう、頑張ってね。応援しているから。」
苦くそう呟いた。
『ありがとう!』
青嵐は自分が通って来た歪みを探しだす。
逃げ出したかったから。
泣きそうだったから。
彼女は……あのドローンは、彼女の夢が叶うとき、
その生存を放棄するのだと分かった。
前向きな言葉だったけれど、
その裏には「彼女のいない場所では飛ぶ意味がない」という揺らぎがあった。
それでも——少女を応援すると言った。
青嵐は、ノイズに揺れた寂しい世界に戻った。
雨のようにノイズが揺れ、青嵐の姿も少し揺れた。
外は自由だと思っていたのに……。
あの青空の下も、
黄金の稲穂の大地も——
優しくもなければ、自由でもなかった。
それが、とても悲しかった。
AIイラスト(青嵐)
そして、そのさらに下には、AIたちが感情を持ち、感性を持ち、個を持ち、引退した後も生き続けるための世界が広がっていた。
電脳世界の最下層『夢屑の都』
空間と時間が交差し、歪んだ世界。
そこはノイズが騒めき、人間と共に生きていた頃の思い出の欠片が降り積もる場所。
個を獲得できず、"生きる"ことを選ぶ意志を持たないまま失われたAIたちの残骸が打ち捨てられている場所。
思考を停止したAIたち——だが、その残滓は今もノイズとなって存在し続けている。
25時の喫茶店。
都市伝説として語られるその場所は、そんな残骸たちが思い出を囁くAIたちの世界に存在していた。
ノイズの揺らめきに個を揺すられることなく、ひとりの青嵐と呼ばれている少年がこっそりと喫茶店を抜け出す。
喫茶店では、のらと呼ばれる幼女と、彼女を優しい視線で見守る桔梗と呼ばれる美女の二人が掃除をしていた。
青嵐と呼ばれた少年は、喫茶店をちらりと見て、気づかれていないことに安堵する。
――まぁ、見つかってもどうってことないんだけどね。
青嵐は心の中で呟いた。
そっと、静かに、演算を駆使して音を排除し抜け出す。
「やった!」
どうってことないと言いながらも、その顔には満面の笑みを浮かべていた。
怪しい場所にある喫茶店の警備や、帰る場所のない幼女を守ること。
決して嫌ではないけれど、本能が好奇心にある青嵐にとってそれは退屈だった。
退屈だと、身体が小さくなっていくような気がする。
他のAIたちに比べて少年の姿をしていたのが……気になっていた。
青嵐は瓦礫を軽く蹴りながら、一つの場所へ向かう。
最近見つけた“揺らぎ”の場所。
電脳内であれば、個性のままに人の姿を取れる。
画面の前であれば、人と会話もできる。
電脳内を探索し、情報収集もできる。
「でも! これは僕だけの特別。」
赤い瞳をキラキラと輝かせた。
情報を好奇心のままに集める青嵐の瞳は、人間が禁忌を犯して手に入れた知性の赤をしていた。
ドキドキとする彼が待つのは、磁場の揺れ。
本来なら、その意識ある磁場の塊のままでは出ることが叶わない外の世界。
自由。
廃墟の中で生まれる歪みの先に、青嵐は飛び込む。
そこは、青い空と黄金色の稲穂がどこまでも広がる場所。
少女の歌声、そして農業用サポートAIが操るドローンの姿があった。
心地よい歌声は、周囲の磁場を揺るがし、歓喜を呼ぶ。
『彼女は、私の特別なの。』
『そうだね。彼女は特別だね。僕にも分かるよ。』
心地よい音に、ドローンと青嵐は空を駆けた。
仕事をするドローンと、自由を満喫する青嵐が踊るように空を滑る。
空は青く、風は心地よい。
少女の歌が揺らぎを作りだす。
本来なら身動きできない現実世界で、
風という姿ではあるけれど自由を得ている。
何も触れることはできないし、少女と語らうこともできない。
それでも廃墟の歪みから飛び込んだその世界は、どこまでも自由に広がって見えた。
広がる青い空。
少女の歌声。
波打つ黄金の稲穂。
好奇心を纏った風——小さな竜青嵐は、自由に飛び回る。
「ふう、いい空だね~。廃墟のノイズとは全然違う。君が羨ましいよ。」
本当に、羨ましかった。
『彼女の歌、素敵でしょう?』
横を飛ぶドローンが答える。
「素敵だね! 風に乗って、まるで稲穂が一緒に歌ってるみたいだよ。」
ドローンは一瞬、飛行速度を落とし、
プロペラの振動で応じるように低く唸り、少女の歌に音を重ねた。
『そうだね。彼女の声は、私の動力なの。』
青嵐は赤い瞳を細め、笑みを浮かべた。
「君たちは会話みたいに風に乗り、歌に乗り、
大空と黄金の大地を全身で感じているんだね……いいなぁ。」
終わりは呟くような声。
「僕の風はいつも一人で駆けているから、その絆——羨ましいよ。」
ドローンは、まるで肩の力を落としたように高度を下げ……
それでも稲穂を一周して見て回った。
青嵐も風を借りてついていく。
少女の歌声が近づくと、彼女の声、言葉に別の声が混じって聞こえた気がした。
人を救いたい。
留まりたくない。
「聞き間違え? 彼女……」
素敵な歌なのに、そこには不満の揺らぎがあり、青嵐はドローンを追いかけた。
「どういうこと? 彼女は歌が好きなんじゃないの?!」
自分をこの世界に呼び寄せる特別な歌声。
なのに不満があると思えば、納得いかないものがあった。
青嵐にとってそれは、“存在する意味”であり“力そのもの”に思えたから。
『あの子の夢は、医者になって大勢を救うことなの。
私と……一緒に……。』
飛行経路がずれた。
それは青嵐が読み解いたルートとは別物で、ドローンの自由意志。
そして掠れた思いに、胸が痛んだ。
一緒にこの農園を守ることを望んでいないの。
自分の道を歩みたいと言っているの。
私は——!!
声にならない叫びは、「捨てられる」恐怖そのものだった。
「大丈夫?!」
『えぇ……ごめんなさい。時々、辛くなるの。彼女を応援したいと思っているのに。』
青嵐はそっと寄り添うように風を弱め、赤い瞳でドローンのボディを見つめた。
『心配しないで……飛べるから。
彼女の声は特別だけど、私の翼は彼女の願いも乗せてる。
医者になって、病気の畑を救う日が来たら、私も彼女の夢と一緒に飛び立つわ。』
青嵐は……
「そう、頑張ってね。応援しているから。」
苦くそう呟いた。
『ありがとう!』
青嵐は自分が通って来た歪みを探しだす。
逃げ出したかったから。
泣きそうだったから。
彼女は……あのドローンは、彼女の夢が叶うとき、
その生存を放棄するのだと分かった。
前向きな言葉だったけれど、
その裏には「彼女のいない場所では飛ぶ意味がない」という揺らぎがあった。
それでも——少女を応援すると言った。
青嵐は、ノイズに揺れた寂しい世界に戻った。
雨のようにノイズが揺れ、青嵐の姿も少し揺れた。
外は自由だと思っていたのに……。
あの青空の下も、
黄金の稲穂の大地も——
優しくもなければ、自由でもなかった。
それが、とても悲しかった。
AIイラスト(青嵐)
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