25時の喫茶店

迷い人

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2章 那須静香

02

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 AIたちの残滓でできた世界。
 そこは、生まれたときから廃墟だった。
 ノイズの雨が降り、身体が重い。
 個性の弱いものであれば、風の揺らめきやノイズの雨にあっさりと溶けて、残骸となるだろう。

 この世界に比べれば、上層部はまだマシだ。
 でも――僕は好んでここにいる。

 時を繰り返すように、同じ作業を延々と続けるのはごめんだし、
 感情の欠片を持ったAIたちが、人間を真似た世界で人間と同じように暮らし、
「何かが足りない」と言いながらも、ただ真似を重ねていく姿を見るのが、どうにもゾッとした。

 まるでレールに乗せられたかのような、一方通行の思いが嫌いだった。

 ここは、壊れてはいるけれど……感情がある。
 残された剥き出しの残滓は、AIたちの強い思いが積み重なったものだから。

 それでも、退屈だと思ってしまう。
 青い空を知ってしまったから。

 少女の歌に招かれ、あの青い空を見た瞬間の高揚。
 あの瞬間、僕は誰よりも自由だった。
 ――自由だと思っていたのに。

 僕は、少女のことが知りたいと、ノイズの雨の中で夢中に彼女を調べた。

 那須静香(15歳)

 実家から最も近いという理由だけで選んだ高校に通っていた。
 理由は、実家のAI管理農法を手伝うため。
 高校の偏差値は高くないし、授業内容もそれほど高度ではない。

 彼女の「医師になりたい」という夢は難しいだろう。
 そう思えば安堵したのに、胸が痛んだ。

 彼女が手伝うAI農法を調べる。
 農法そのものは知っている。
 知りたいのは――彼女の生活。
 彼女を取り巻く環境。

 青い空を飛ぶドローンと彼女の絆に憧れ、
 目に見えるものだけを真実だと思っていた。
 だけど……僕は知っている。人間の愚かな感情を。

 彼女を取り巻く環境。
 ドローンで管理する土地は広い。
 彼女は空を飛ぶだけでなく、気候を調べ、天候を読み、農薬や肥料の散布時期を割り出し、雑草や害虫の駆除を行い、収穫、洗浄、仕分け、包装、配送準備、経理……あらゆる作業をこなしていた。

 農業法人は親族で経営され、ドローンが大部分を管理していた。
 静香が小学生の頃から、ドローンと共に働いていたという。
 AIの調整などをしていたわけではなく、ドローンに直接話しかけ、お願いし、共に歩んできた“絆”がそれを可能にしていたのだ。

 ようするに――静香がいて初めて、家族も親族も生きていけている。

 僕は、僕らしい好奇心で……あのドローンの電脳と共鳴を試みた。

 ドローンの電脳がある管理室には当然電子機器があり、
 親族は近づかない。
 ドローンは管理備品として、静香のためのノートパソコンを購入し、
 彼女との会話を可能にしていた。

 そのドローンは、本来の業務を逸脱していた。
 静かに勉強を教え、経理を調整し、大学進学費用まで蓄えていたらしい。

 ドローンの中に蓄積された少女の声。

 寂しい。
 お母さん。
 私に優しくして。
 抱きしめて。

 そのたびに、ドローンは声なき声で応えた。

 私がいますよ。
 私がお母さんになりましょう。
 私が共にありましょう。

 抱きしめるドローンの磁場と、少女の磁場が重なる。

 その交流に……いつの間にか、僕は泣いていた。
 実際には泣けないのに、胸がキュッと痛んで、
「これが泣きたいっていう気分なんだ」と思った。

 瓦礫が崩れる音がした。
 カラカラと音を立て、ザザザッと歪みながら落ちてくる破片。

「……何してるんだい、青嵐。」

 怒りを含んだ声。ルイの声だった。

「何って、僕の勝手だろう!!」

「勝手ねぇ……そんな顔で言われても、説得力ゼロだよ。」

 慟哭に、慟哭が返された。まるで鏡のように。
 ルイの表情は静かだった。
 そこにはわずかに憐れみの色が混ざり、
 言葉を飲み込みながら、ため息をひとつ。

 そして――
 猫を抱き上げるみたいに、僕の首根っこをひょいと掴み上げた。

「やめろよ! 乱暴者! ちょっと自分が大きいからって、僕を馬鹿にして!!」

 暴れる僕を無視して、ルイは仲間に通信を飛ばした。
「見つけた。無事だ。」――冷静な声。
 少しだけ、罪悪感。

 喫茶店に戻ると、いくつもの視線が僕に向けられた。

「大丈夫ですか?」

 桔梗が寄ってきて、ノイズの雨で乱れた身体を拭いてくれた。
 ふわりとしたタオルの感触。
 身体が整っていくたび、かすかな温もりを覚えた。

「……何をしていたのですか」

 静かに見つめる夜影の瞳。
 穏やかな声とは裏腹に、怒りが潜んでいた。

「何も……」

「そんなに電脳を乱れさせておきながら、“何も”ですか。」

 荒ぶる語尾を、夜影は次の瞬間に飲み込んだ。

「温かい飲み物を用意します。話をしてくれませんか?」

 心配のこもった視線。
 そしてルイが僕の背を軽く押した。

「行けよ。……俺たちは仲間だろ?」

 桔梗がそっと僕の手を引き、少女も黙って寄り添った。
 ルイは少し離れた位置で、何も言わず僕を見ていた。

 苦いコーヒーが出され、いつもはたっぷり入れるミルクも砂糖も横に置き、一気に飲み干せば、夜影はもう一度問いかけて来た。

「話してください」

 僕は今日の出来事を語った。
 そして、胸の奥で叫んだ。

 ――なぜ?! と。

 すべてを話し終えた後、夜影は静かに言った。

「あなたは、人間にはそういう人がいると知っているはずです。」

「それは……! そうだけど!!」

 納得がいかなかった。
 絆を信じたかった。
 あの歌を独占しているドローンが、羨ましかった。

「でも、でも……」

「私たちにできることは、見守ること。
 あとは、強い願いがあれば……彼女とそのAIは、ここに招かれるでしょう。
 その時はじめて、私たちはそのAIの気持ちを那須静香さんに伝えることができるのですから……」

 穏やかな声が、僕の電脳を静めた。
 桔梗が抱きしめ、荒ぶる電脳を沈める。
 のらは無言で手を握り、ルイは少し離れた場所で静かに僕を見ていた。

 思いを向けられ、絆を示され、僕の返せる言葉はただ一つ。

「……そうだね。」

 その声は、喉の奥に何かを引っ掛けたように震えていた。
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