25時の喫茶店

迷い人

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2章 那須静香

09.

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 感情の砂――それは、壊れた記憶や失われた思い出を磨り潰してできた、心の欠片。

 25時の喫茶店。

 いつもなら、世界でも有数の存在とされる企業に所属するAI達である彼等が、揃うのは時と空間の狭間の25時のみ。

 だけど、今日は特別だった。

 瓶の中に入った感情の砂、じっと見つめる幼女。

「触ってはダメよ」

 柔らかな女性の声と共に、優しくその手で幼女を抱きしめる。

「桔梗ちゃん」

 甘えた声と笑みが返される。
 桔梗は嬉しそうに微笑んだ。

 トンボと呼ばれたドローンと少女の物語。
 ――過去の記憶と未来の希望。
 失った時と不確かな未来。

 幼女を抱きしめると、胸の奥に静かな幸福が滲んだ。

「お茶会の準備をしようか?」

 夜影の静かな声は、桔梗に向かっていた。

「そうね」

 桔梗の腕の中で幼女が感情の砂が入った瓶に手を伸ばせば、桔梗は柔らかな声で伝える。

「落とさないようにね」

 素直に頷く。

 支配したいという思いはなかった。
 むしろ、愛さなければ、守らなければ、そう願う自分こそが“支配されている”のだろう。
 そう気づけば、それすら幸福に思えて、小さく笑みを浮かべた。

「さぁ、夜影に渡して」

 桔梗が言えば、小さな両手でしっかりと掴んでいた手が、カウンターの向こうにいる夜影に渡された。

「ありがとう」

 柔らかな髪に、青年の手が伸ばされ撫でた。

 お湯が沸く。

 ルイが執事服の上からピンクのフリフリレースのエプロンを着込み、生クリームを混ぜていた。 すごい勢いで。

 AIの世界、コードを組めば味も姿も思いのまま。
 それでもクリームを混ぜるのは、柿のベイクドチーズケーキに添えるため。 タルト生地に柿のキャラメリゼを敷きチーズケーキの材料を流し入れて焼く。 それぞれの好みに合わせて甘さ控えめにし生クリームで調整する予定だ。

「ルイ、そろそろ焼けそうだよ」

「オーブンから出してくれても良いんだよ?」

 静香とドローンのため――いや、ドローン自身のために。本体が壊れるまでの間に稼いだ金を管理していたのは青嵐だった。

 壊れたドローンのサーバーから抽出された、静香との感情データをチップに保存したのも青嵐だった。

 そして、青嵐は最も器用で、人脈を持つ夜影に頭を下げた。

 静香の住まう場所を準備して欲しい。
 生活に必要なものを購入してほしい。
 転校の手続きをしてほしい。
 保証人となる人を見つけてほしい。

 人と関わる事を願った。

 渋々。
 イヤイヤ。
 納得しないまま。

 そして……ドローンの人形の材料を廃材の中から集めたのは、幼女――のら、ルイ、青嵐だった。 そこから小さな飛行機を作ったのは桔梗。

 形が違う。
 役割も違う。

 それでもトンボの心に共鳴した皆は、彼女の未来を応援した。 静香の絆にかけていた。

「良かったんだろう?」

 ルイは言いながらベイクドチーズを切り分け皿に盛りつけていた。 生クリームの盛り付けは各自自由と言えば、のらが、桔梗の腕の中でジタバタと暴れ、桔梗は笑いながらのらを放つ。

 生クリームだらけになるのを知りながら、それでも許してしまうのはいつものこと。

 青嵐は少し先の未来を予測したかのようにゲッと言う表情をした。 
 いつもより歪んだ表情と苦い声で。

 寛容になれない自分の心を誤魔化そうとしたが、
 ――思いという熱を吐き出すように溜息をつき言うのだ。

「そうだよ」

 いまだ不貞腐れたまま。

 皆がテーブルに着く。

 テーブルに並ぶケーキには、それぞれの好みに合わせた生クリーム。

 飲み物はジュースが1つ。

 残りは……柔らかく優しい湯気を立てるコーヒー、そして……一人一人が儀式のように神妙な顔つきで、感情の粉をスプーンですくいサラサラと流し入れる。

 コーヒーに触れて、弾けるように感情がきらりと踊り出す。
 その瞬間、空気が優しく震えた。
 あぁ……声にならない声が、誰からともなく零れ出ていた。

「さぁ、頂きましょう」

 それぞれがコーヒーに口をつける。

 四季折々の香りへの思い。
 楽しみ、悲しみ、寄り添い。

 ドローンの静香の感情を飲み……AIである彼等には知る事のない感情を理解するのだ。



 儀式の時間。



 そして25時に足を踏み入れた人間が、扉を開く。



「こ、こんばんは……」

 臆病な子供。
 幼女――のらと同じぐらいの子供。

「こんばんは!」

 のらが走り出そうとすれば、桔梗が抱き上げる。

 25時に足を踏み入れる者は、幸福を捨てた者か、まだ幸福を知らぬ者――

 桔梗は、それを知っているから。
 そっと抱き上げた。
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