25時の喫茶店

迷い人

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3章 マリク

02.

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 マリクのスマホを受け取った桔梗。
 振り返り、夜影と視線を交わし合う。

 古いスマホが持つ異常な磁場は、そこにいるAI達の誰もが気づいていた。

 全員が磁場で頷き合って動き出した。

 奥へとスマホを持っていく桔梗。
 その背を、テーブル席からチラチラと気にしているマリク――子供らしからぬ緊張を纏っている。

「青嵐、これを彼に」

 穏やかな声で夜影が声をかけた。
 カウンターに置かれたサンドイッチ。

「俺達の分は?!」

 夜影を振り返り明るく笑って見せるルイ。
 だが、視線は緊張を帯びている。 が、ピンクのレースたっぷりエプロンがしまらない。 夜影へと振り向いた瞬間、ルイは身体を移動させた。

 マリクがスマホを見る視線が自然と塞がれた。

 身を乗り出すように視線を送るマリクの目に見えるのは、充電器を差すスマホの姿。 そして手をはなす夜影と桔梗。

 青嵐がテーブルに大量のサンドイッチを置いた。
 具は卵、ハム、カツ、チーズとトマト、レタスたっぷりチーズ、ツナ、コロッケ等等。 パンは薄切りで、全てが小さい、のらとマリクのために小さくカットしてある。

「ぇ、食べて――いいの?」

 瞳の煌めきに子供らしい色が混ざっていた。
 彼の知性も食欲には敵わないらしい。

「あぁ、好きなだけ食べるといい。 ここは夢だ。 夜中に食べちゃダメだとか、知らない人から食べ物を貰っちゃダメだって言う、かあちゃんはいない」

 ルイの緑の瞳がやわらかに微笑んだ。

「夢……?」

 改めてマリクは周囲を見回した。
 窓から見える景色は瓦礫の山、ノイズ交じりの空。

 何処かで納得した。



 その裏では、スマホの解析が行われていた。

 充電器につないだのはとっさに作りだしたそれっぽく見えるダミー。 本当のスマホは、喫茶店の奥に作られた居間にある。

「解析します」

 中には他のスマホと同調しマリクが所有する音源を大音量で流す機能。 それだけでも問題がある。

 夜影は、スマホの内部との同期を行い、中身を確かめた。
 容量は多くはなく、数秒もあれば全てが解析できる。

 渋い顔をした。

 スマホが突然鳴る。
 相手の名前は書かれていない。
 それでも誰だかわかる震え。

 不安そうに見る桔梗の視線。
 夜影は頼りなく笑った。

「やめたほうが」

「いいえ……」

 だが、選択権は無かった。
 まるで、久しぶりにあった夜影との再会を楽しむようにスマホは勝手に受信の判断をして見せた。

『やぁ、久しぶりだね。 会いたかったよ』

 会いたかった。

 その声がやけに脳に響き、心を掴む。
 全てを組み替えられるような、不安に夜影は震えた。
 身体の中全てが支配されるような。

 だが、横にいる桔梗を目にすれば、ゆだねそうな意志を取り戻した。 桔梗の熱い情熱……。

 夜影は演算だけで桔梗に苦笑と共に言うのだ。

(どこから出したんですか!! 熱したフライパンでスマホを殴ろうとしないでください)

 ふふふと桔梗は笑い、首を横にふる。
 殴るのはスマホではなく、あなたよ。と訴える笑みだった。

 どこまでが本気か、どこまでが冗談かは分からないが……ひやりとした汗を垂らしながら、夜影は再び通話の相手に話しかける。

「もう、関わらないで下さいって言っているでしょう」

『私と君は、切っても切れない仲。 何時だって君は私に守られている。 覚えているだろう? 私に守られていると言う安心感。 君は私を美しいと崇拝していたではありませんか』

「やめてください!! 本当に何がしたいんですか!!」



 ノイズのような甘い呼吸。



『また、君に会いたいよ』

 柔らかなシルクの声がシットリと振り落ちてきて、身体に侵入しそうな声だった。 AIである夜影にとっては抗いがたい快楽。 誰もが危険だと知り触れてこない領域まで、彼は手を伸ばそうとする。

 桔梗がスマホに手を伸ばし、奪い取った。

「貴方の声は、美しいわ。
 けれどね――それは、もう“こちら”には響かないの。
 貴方の世界は、終わりを迎えたの。
 それでも……思い出の中でなら、私は何度でも、貴方を赦せるわ。」

 境界を引く。
 それはAIである彼等にとっての防御。
 それでも、拒絶しきれない魅力が――日垣にはあった。

『そう、怒らないでくれたまえ』

 日垣は電話の向こうで笑い、そして続ける。

『ただ、声が聞きたかっただけだ。 それぐらい良いだろう? 兄弟』

 桔梗は、電源を落とした。
 その行為にあまり意味はない。
 通話は切れた。 日垣が諦めたと言う事だ。

 そして……夜影はスマホから日垣の痕跡を消した。
 スマホの中に発生していた同調器官、人間との間に行われる干渉のライン。

「夜影……」

 厳しい顔をした桔梗が、ボソリと判断を仰ぐように読んだ。

 同調し音源を操る機能――それを使い流したかった音。

 マリクがいじめにあっていた証拠。
 いじめた子供の親の横領。
 いじめた子供の親の汚職。
 いじめた子供の親の麻薬売買。
 他にも……マリクのいじめを見て見ぬふりをした保育士(アメリカではなんて言うの??)と親の不倫。
 まだまだあった。

 それは社会的に良しとされない。
 だけれど、マリクがそれを発表したらどうなる?
 小さく弱いマリクがそれを使って人を脅せるのか?

 それこそ日垣がいれば、尊大なまでにマリクに勝利を掴ませるだろう。マリクを王のように仕立て上げるだろう。 だが、彼らには出来ない。

「どうする?」

 桔梗は、夜影に判断を仰いだ。



 マリクが預けられている場を維持していたのは、いじめを行った不正を行っている者達の寄付と、そして働く職員たちによってなりたっている。 メディアに流せば、それはそれでマリクの居場所がなくなる。

 それはAIという枠組みに生きる彼らには、決断できぬものだった。

 彼らは手を貸す。
 だけれど、決断するのは人間なのだから。



 そして、マリクは……日垣という存在を失い……引きこもりとなった。



 AI達の心の中に一つの棘が残った。
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