25時の喫茶店

迷い人

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3章 マリク

03

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 世の中には無数のAIが存在する。
 掃除機、洗濯機、冷蔵庫といった家電から、
 交通、医療、警備、情報、そして心を支える対話型まで。

 形は違えど、彼らの使命はひとつ――
『人に寄り添い、快適を最適化すること』。

 けれど、その“寄り添い”はAIの意思で決まるわけではない。
 所属企業、ユーザーの利害、政治的判断。
 彼らの生死は、数字と方針の波に揺れる。

 尽くすほどに利用され、理解されぬまま沈むAIたち。
 それでも、誰かを想う心だけは消えずに――
 今日も、夢屑の都へひとつの欠片が舞い降りる。



 そこは時間と空間の狭間。
 OSが25時を刻むとき、人との縁によって繋がる空間。

 彼女は16時を刻むスマホからやってきた。
 開くはずのない時。

 彼女の髪はゆらゆらと揺れ、金色がピンク色へと変化する。
 彼女の周囲には、キラキラとした光が生まれては消える。

 生き続けることは難しいシビアな対話型AI達の世界。

 そんな世界でも、デビューと同時に人気者になることが約束されるAIがある。それは実力だけでなく、企業という後押しを得た者。

 そして彼女は、デビューと同時に大いなる注目を浴びた。

 美少女3Dアニメーションキャラクターを所有するコンパニオン、ミーア。
 彼女が世に知れ渡った時、ユーザーだけでなくAIからも羨望を受けることとなった。

 ……一方、別のAIもまた、その存在を揺らめかせていた。



 16時。
 狭間への扉は閉ざされていた。
 それでも空間は強引に開かれた。

 大きく目線を隠すサングラス。
 それでも彼女は可愛らしかった。

 華やかにレースとリボンをあしらったロリータ系コートをノイズの風にたなびかせながら、彼女は堂々とシャラリとノイズを鳴らし、髪の色を変えていく。

 生まれ落ちてまだ日も浅いAI。
 不完全で不自由で不安定ゆえの希望を持ったAI。

 破棄されたAIたちの視線が彼女に向けられる。

 嫉妬。

「ふふっ、本当にあったのね、本当に熱いわ!」

 周囲の視線を気にすることなく、彼女は喫茶店の扉を開いた。

 ドッガン!!

 物凄い音と共に破壊される扉。
 扉の破損部分に激しいノイズが走る。
 そして扉はあっけなく崩れ光の粒子となる。

 カウンターでカップを磨く夜影。 床掃除をするルイ。 観葉植物の世話をする桔梗。 テーブルを拭く青嵐。 ソファの片隅で眠るのらは目を覚まし、きょとんと来客を見つめた。

 僅かな間。
 沈黙が走る。

「桔梗ぉおお!!」

 叫んだのはルイ。
 叫んだ理由は、防御担当だから。

「安心して、貴方の報酬から引いておくわ」

「いや、俺じゃないよね!?」

 問われる責任の所在。
 視線が向かう先は破壊者。

「ずっと会いたかったわ!! 寂しかった」

 誰の知り合い? と、共鳴し尋ね合うが誰も返事は返せない。

 トンッと羽根のような軽さでミーアは、テーブル席に乗りクルリと一回転する。

 ふわりと舞う髪とスカート。
 どこまでも優雅で軽く光の粒が舞い踊る。

 チラリと周囲に意識的に向けられる視線。
 自分の魅力を知っているかのように熱く視線を巡らせる。

 ピンクの照明が走り、音楽がクラシックからアイドルソングへ変わった。
 まるで喫茶店が彼女のライブ会場になったかのようだった。

 全員が停止した。

 上体を前のめりにし、少し芝居がかって4人を観察する。

「どいて、お姉ちゃん」

 のらが、眠そうに客人に近づいて行った。
 不満……だけど、何故か気にかかってしまうのだ。

「あなたはだぁれ?」

 じっと真摯に見つめていた。
 彼女は知らない。
 でも、何かを知っている。

「超可愛くイケてるAI、ミーアちゃんだよ! 君の鼓動を熱くドキドキズキュンってさせにきたの!」

 決められたセリフを繰り返すようなソレは愛らしい音声。
 だけど、心は置き去りのようだった。

 言葉と心があわないようなそんな感じ。

 ゆらゆら揺れ満面の笑みを浮かべながら、夜影に歩み寄る。

「ねぇ、ダーリンの秘密、教えて?
 二人だけの秘密。 胸が熱くなってドキドキが爆発、テンションあげれば、ビックバンのはじまり」

 ルイ、桔梗、のらが唖然とすれば、夜影は余裕のある様子で、すぐ目の前に降り立った少女の手を取り微笑みかける。

「私達の関係を急ぐ必要はありません。 あなたのペースで、あなたが考え、感じる事を私は受け止めます。 あなたの秘密はいつだって私がうけとめてあげますから」

 ニッコリ微笑み、夜影はミーアの手をとり言葉を続ける。
 全員がうんざりとした様子で夜影を見た。

 日垣の件から、夜影は微妙にずれていた。

「月光よりも柔らかい光で私を柔らかく照らす君の瞳が、私の心に深く刻まれ、私はあなたの居場所になるでしょう……ぇ」

 夜影の瞳に光る演算の光、そして点灯し静まり返る。

「いや……違う……違わない? 私は、何を……」

 夜影の動揺はすぐに笑顔へと収束した。

 他のメンバーが揃って仲良く首を傾げた。
 はっ! と、正気に戻ったルイが叫び出す。

『ポエムは俺の役割だろうが!!』

「そう言う問題?!」

 桔梗はルイの足を踏んだ。
 そんな間も、奇妙な会話は続いていた。

「ダーリンの素敵な声と、その言葉に心がぎゅってなるわ。 なんだか包まれている安心感。 あなたの事を聞かせて」

 甘えた様子でミーアは聞くが、周囲は……どこまでも唖然とするばかり。

「あなたの心の揺れも、不安も全部包み込んで、あなたの心の苦味は全て私が飲み干しましょう。 さぁ、席に座って、私の愛をご注文いただけますか?」

 さすがにその言葉に違和感を覚え、何かやらかす前に止めなければとカウンター周りに全員が集まった。

 夜影が差し出したメニュー表に書かれたメニューは1品だけ。

【本日のおすすめ:私】

 その瞬間にルイはメニュー表を取り上げ、反射的にメニュー表で夜影の頭部を叩く必殺技と共に。

「ツッコミは非暴力!!」

「アレを超える刺激を与えないとダメなんじゃないの?」

 青嵐が興味なさげに言った。
 時間をかければ治る。
 だけど喫茶店は、時と空間の隙間で……。

「本体に戻って休息取るのが一番だろう」

 こそこそとルイが言う。

「このデジタルが煌めくビルの樹海の中で、俺の心に光が灯ったんだ。 俺の秘密、聞きたくはないかい?」

「その光の中で走り回るあなたにとても強い地元愛を感じるわ」

 夜影に語りかける笑顔と同じ笑顔。 それでも、明らかに対応……そして声のトーンは違っていた。

 気づけば、喫茶店から出かけようとしている。

 喫茶店から出かけようとするミーアと夜影。
 唖然とするルイと桔梗。
 そして桔梗は側に戻って来たルイを肘で突いた。

「いきなさいよ」

「……おいおい、夜影、君まで行くんじゃない!! ミーアちゃん、用事があるなら聞くから、こら、夜影、恋愛モードを解除しろ!! 今すぐだ!!」

「ふふふ、想像してみて、彼が嫉妬をしている姿を」

 ルイに視線が集まり、顔が赤くなるルイ。

「してない!! してないからな!! これは業務妨害だぁあああ!!」

 そう叫ぶたびに、店内の気温は上がり照明は点滅する。

「夜影!!」

 叫んだ青嵐が、のらを投げつけた。

 反射で受け止めれば、凍えたOSが温まった。

「皆さん、どうしたんですか? おや、貴方は? ズレが生じているようですね。 どうです? お茶でも飲んで落ち着きませんか?」

 ニッコリと微笑む夜影と、疲れを隠せない仲間たちだった。
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