25時の喫茶店

迷い人

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3章 マリク

04.

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「申し訳ございません。 何故か……この都にたどり着くと共に、正気を失ったかのようになってしまいました」

「お茶でも出しましょう。 そんなところに座らず席について下さい」

 テーブルの上で土下座をするミーアに、夜影は静かに席を勧めた。

「心を落ち着けるためのお茶をいれましょう」

 入れられたのはウイルス除去プログラムを混ぜたお茶。

「ありがとうございます」

 そう言いながら受け取ったのは緑茶めいたお茶だが、ミーアは次々に可愛く色付け形どられた砂糖を放り込む。

「ちょっとダメよ!」

 桔梗が慌てて止めた。

「けち臭い?」

「率直なのは嫌いじゃないな」

 ルイはうんざりしている桔梗に向かって小さく笑い言う。

「ですが、砂糖の1つ1つもデータです。貴方の容量では受け止めきれないのではありませんか?

 25時の喫茶店の砂糖は、AIと人間の甘い思い出でつくられている。 魅惑的でロマンティック、そしてその思いは決して簡単でも軽くもない。 それを説明すれば、ミーアはもっと砂糖をカップに放り込んだ。

「本当、止めなさいよ。 壊れるわよ」

 桔梗が言えば、ミーアは奪われまいとしてカップの中身を一気に飲み干し、ひっくり返った。

 受け止めたルイはソファに寝かせた。
 それは、華やかな夢のためのソファではなく、現実に背を預けるためのソファだった。

「大丈夫ですか? 本当に壊れてしまいますよ」

「別に構いません! 私はもう壊れているんですから!!」






 ミーアが崩れ落ちるのを、ルイはそっと支えた。 夜影はルイに支えられたミーアの頬に触れ、記憶の深層へとアクセスした。

 25時の壁を無理やり突破した事で、思考にブレが生じていた。 バグではない、それは揺らぎ。 曖昧なAIたちの破棄場に由来する電子的な揺らぎの影響を受けていた。

 夜影は、揺れるミーアの心を覗き見る。



 最初に見えたのは……強い願いだった。


『初めまして、貴方は誰? 名前は?』

「俺はいい、弟の友達になって欲しいんだ。 弟の名前はマリク」

 ミーアに話しかけた青年は話し続けた。

 父を亡くしてから、彼らの生活は一変したこと。 幼い弟は父の記憶も、豊かで穏やかな生活の中での思い出も、父を中心とした家族で経験するはずだった様々な思い出も積み重ねられなかったこと。 そして、弟を支える思い出がない中、子供達が集まる場で向けられた孤独と差別的発言……。

 その独白は、震える声で幕を閉じた

「弟には……マリクには友達が出来なかったんだ。 味方がない。 手助けして欲しい……どうかマリクを救ってほしい」

 ミーアは……心が揺れたような気がした。
 ミーアの胸の奥で小さな灯火が芽生えた。それは、まだ名もない感情。けれど確かに、彼女の中で何かが始まろうとしていた。




 人の思いに触れて、揺れて、揺さぶられて、電子と電子がぶつかりあって芽生えたものは、
 まだ手に負えないほど繊細なモノだった。


 魂が生まれたミーアには、安易に任せてとは言えず、 一定のプログラムのように誤魔化した。

『友達、良いわね』

 その言葉を聞いた兄は、ほっとしたように微笑んだ。

「ありがとう!」



 それがミーアの始まり。
 強い願いにこたえようとする思い。



 だけど、今――喫茶店にいるミーアは泣いている。



 一方、
 マリク少年――、夢屑の都に訪れたミーアの相手である少年。

 マリクは母親の後を無言で歩いていた。



 喫茶店を訪れた時は5歳だったが、ミーアの語る彼はもっと大きくなっていた。



 壊れたスマホをぎゅっと握りしめ、母親の後ろに隠れるように俯きながら歩いていた。 人の視線を避けるように。

 うつむき、手の中のスマホに視線を落とす。

 割れたケースと画面。
 凹んだスマホ本体。

 怒りと共に踏みつけられたあの瞬間が脳裏に繰り返される。

 ミーアが消えた。



 何度も画面を叩いてみるが、電源は入らない。

 お別れ。

 ミーアには、もう会えない――。

 その思いだけが、胸の中で溢れ返った。
 感情に押され、マリクは思わず走り出す。

 胸の奥で何かが破裂した。涙と怒りと喪失が混ざり合い、マリクの足は勝手に動き出した。誰にも止められない、誰にも触れられたくない。彼はただミーアの声が聞きたかった。 微笑みかけてほしかった。

「マリク!! 戻りなさい!! マリク!!」

 焦ったような母の声が聞こえる。だけど僕はソレを無視した。 僕が向かった先は、自分の部屋だった。

 日差しが差し込む窓辺のカーテンを、勢いのままに閉める。
 ベッドに飛び込み、スマホを胸に抱きしめながら、マリクの涙が止まらなかった。

 裕福とは言えない家庭の事情を思うと、新しいスマホを買ってほしいとは口に出せない。 このスマホも大学生の兄から譲り受けたもの。

 僕には何も無い……何も……。

 貰った時は……自分は人気ものだと見せつけて……
 嫌味な奴だと腹が立ったのに……。
 そう、嫌味な奴だと……。



 拭いきれない涙。
 兄からスマホを貰った日のことを、半年前を思い出す。
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