25時の喫茶店

迷い人

文字の大きさ
21 / 23
3章 マリク

06.

しおりを挟む
 笑い声が響く公園にいつの間にか辿り着いていた。
 チェスの駒が軽やかに動いていた。

 チェスをする子達をちらりと見れば、マリクの目にはチェスの勝負の終わりが見えていた。

 笑い合う年の近い少年達。
 つまらない勝負に、盛り上がっている。
 勝者に向けられる称賛に、僕ならもっとできるのにと思ってしまう。

 でも、怖い。

『どうしたの?』

「なんでもないよ」

『そう? でも……貴方ならもっと上手にできるわ』

 そう言ったかと思うと、ミーアはチェスをしている子達に声をかけた。

「この子と勝負をしてみてよ!!」

 スマホから聞こえる声に彼らは興味を持った。

 胸がざわつく。

「いいなぁ~。 可愛い! すごい、こんな友達がいるなんて!!」

 ざわつきは消え、その気持ちは得意とでも言うようなものに塗り替えられる。

 それがきっかけで、少しずつ友達の輪に溶け込んでいく。
 ミーアと過ごす時間が、ただの画面越しの楽しみから、現実の人間関係へとつながっていった瞬間だった。

 マリクは、ミーアと過ごす時間を重ねるたび、少しずつ自分の世界が広がっていくのを感じていた。
 公園でチェスを楽しむ友達の姿に、心が温かくなる。
 僕が勝負をする間、友達たちと会話するミーアに胸が痛んだ。

 それをミーアに相談したら、笑われた。

『何を心配しているの? 私は貴方だけの友達よ。 大好きだよマー君』

 気持ちが穏やかなものへと落ち着くが、僕の心はいつだって落ち着かない。

『好きよ。 マー君、私の大切な人。 ねぇ、友達とはどう?』

「僕も、友達と楽しくやっていけるみたい。 全部ミーアのおかげだよ」

 そう答えてもマリクの胸の中には、友達への信頼とは別に、嫉妬、依存、独占欲が育っていった。

 ミーアを通じて知った世界は、少しずつ、確かに彼のものになっていく――。



 だけど……



 公園のベンチに座るマリクの視界に、ミーアを持つ別の子――裕福そうな少年が現れた。
 その子もまた、画面の中でミーアと触れ合っている。

「僕だけのミーア……!」
 胸が締め付けられるように痛む。
 心の奥で、独占欲と嫉妬心が渦巻いた。

 その時、ふと気づく。
 壊れたスマホの原因は、あの喧嘩のせいではない。
 自分自身の手で叩き割ったものだった――感情のままに行動した結果、失ったもの。

「僕……僕は、ミーアを独り占めしたくて……」
 悔しさと後悔、そして嫉妬の入り混じった複雑な感情に、胸が苦しくなる。

 それでも、ミーアは画面越しに微笑み、優しくマリクを見つめていた。
 その笑顔は、彼の心を少しずつ落ち着かせ、現実の世界と、ミーアを通じてつながる希望をそっと感じさせた。

 耳に聞こえるのは、

 今日のダ~リンに胸がドキドキ、分かる?私の鼓動。
 ダ~リン……声が聞きたい、耳元に囁いて。
 今日は暑いから気を付けて。

 僕のミーアは、こんな甘えた声を出してくれたことはない。僕との会話は、いつも冷静で、僕を外の世界に導くためだった。…だけど、あの甘い声は、僕がずっとミーアに求めていた、たった一つの、温かくて甘い、二人の世界だった。

「ミーア、可愛い……。 新しい服が発表されたの、どれも似合っているよ。 選べないから全部買おう。 君は僕の特別。 ねぇ、ミーア。ミーアにとって僕は?」

『ただ一人の人よ』



 胸が痛い。
 頭が熱い。

 ミーアの声が、誰かのものになっていくようで――僕の世界が、崩れていくようで。

 気づけば、拳が震えていた。

『僕のミーアを、返して……!』

 視界の端が赤く染まる。ミーアの声が遠くなる。僕の中で何かが壊れた――その瞬間、拳が勝手に動いていた。

 その叫びは、誰にも届かないまま、拳となって宙を舞い、気づけば、見ず知らずの少年に殴りかかっていた。



 殴り、殴られる。



「何するんだよ!!」

「僕の、ミーアは僕のだ!!」

 マリクの叫びと共に、少しだけ年上の少年はマリクのスマホを取り上げ、地面にたたきつけ何度も、何度も踏みつけた。

「やめて!! ミーア!! ミーア!!」

 拳を振るった僕の手が、スマホを求めながら震えていた。
 ミーアの声が、遠くで泣いているように聞こえた。

 地面に倒れ込み、視界が揺れる。

 僕は……何を守りたかったんだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

[完結]優しすぎた選択

青空一夏
恋愛
恋人の玲奈とコンサートへ向かう途中、海斗は思いがけない出来事に遭遇する。 たいしたことはないはずだったその出来事とその後の選択は、順風満帆だった彼の人生を狂わせた。 十年後、理由の分からない別れを抱えたまま生きる海斗の前に、忘れていた過去と向き合うための期限が訪れる。 これは、優しさから選んだはずの決断が、取り返しのつかない後悔へと変わった物語。 これは、すべてを手に入れてきたはずの人生を歩んできた男が、たった一度の選択で、一生後悔することになったお話。 ※本作は他サイトにも掲載しています。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

嘘コクのゆくえ

キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。 生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。 そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。 アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで…… 次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは…… 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。 作者は元サヤハピエン主義を掲げております。 アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

処理中です...