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03.姉妹の確執

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「申し訳ございません」

 岩男が後ろ髪をひかれながら戻って行く様子を見送りながら、背後から絞り出すような声で謝罪が告げられた。

 振り返れば、怒り、悲しみ、困惑……侍女の顔には様々な表情が浮かんでいる。

 何しろ世間で姫将軍と呼ばれている『ドロテア・タルモア』は、ギルモア王族の末端の姫君であり、そして……今、私の目の前で頭を下げている侍女『ドーラ・タルモア』の妹。

 今までも幾度となくランディ様との邂逅が、ドロテア・タルモアによって妨害されていた。

 わざと敵兵の罠に兵士を突進させ、戦場を混乱に陥れ、ランディ様を戦場に引き留めた事は1度や2度ではないのだと、行く先々で聞かされてきた。

「何時ものことです、気にする事ではありません。 それに姉妹だからって、アナタが謝る必要なんてないわ」

 婚姻の儀から6年。
 その間、ランディ様にあったのは22回。

 戦場に拠点を置くランディ様。
 国の改革のために、ギルモア国を巡っていた私。

 仕事のため遭遇出来る機会は限られていたのだから、私だけが文句を言える状況ではない。 文句を言うなら、お喋りする時間を作ってもらえなかった事だろうか?

 魔喰ましょくから助けられた時。
 プロポーズをした時。
 婚姻の儀が行われた時。
 そして年に3回、建国祭と国王夫婦の誕生日の年に3度。 あと1回は偶然。

 彼は、王都に戻るときは何時だってドロテア・タルモアを伴っており、何時だって私は遠くから彼を眺めるだけ。

 最初の頃は、私はランディ様を見つければ走り寄って行った。 挨拶をし、戦場での武勲を湛え、苦労を労う言葉をかけた。 ランディ様から返される返事は何時だって短く『あぁ』とだけ言って、視線を背け、黙り込まれてしまう。

 そして沈黙開始から1分後にはドロテアと共に戦場支援を行っている貴族や、傭兵の依頼者の元へ挨拶回りを始めるのだ。

「ですが、姉妹だからこそ、あの子の言動を腹立たしく感じるものなのです。 どうせドロテアのこと、痛い痛いと言っているだけで、ケガをしていないはずです。 昔から自分の言う事を聞かせる時の癖のようなものですからね!!」

「……」

 黙る私を横に、憤りを隠せないドーラは怒り続けた。

「ランディ様が戦場から一時たりとも離れられない。 たった一人に戦場を頼らなければいけないなら戦等止めるべきです!! どうせ伯父上方は、ドロテアに丸め込まれているに決まっています」

 何しろギルモア国が身を置く戦争の殆どが略奪、そして傭兵としての参戦。 防衛でも、侵略でもなく、力を誇示し、欲しいものを得るために行っている。

 田畑を耕し、製造を行う、そんなものは戦う事が出来ない弱者の役目。 それがこの国の人の在り方……いえ、魔喰を倒すために神から与えられた人獣の在り方。 だからこそ、姉妹でも、一方は姫将軍と呼ばれ武勇を湛えられ、もう一方は悪魔と呼ばれる娘の世話係を押し付けられると言う格差が生まれるのだ。

「死ねばいいのに……」

 憎々し気に双子の姉ドーラがボソリと呟く。
 彼女もまた……ギルモアの民なのだ。

 私はドーラの怒りを、呟きを、気づかぬふりをして微笑んで見せる。 泣きたくなるような気持ちを耐える事ができるのは、彼女が私の代わりに怒ってくれるからだろう。

「それでも、人に求められる事は、凄い事だと思うわ」

 彼女が怒るから……私は優しい言葉だけを呟ける。

「優しい私のお嬢様」

 そう言って、ドーラは私を優しく抱きしめてくれるのだ。




 6年前、私の夫となった男、ランディ・ギルモア。 私よりも7歳年上の彼は、人獣の中でも強い獣の因子を持っていると言われ、5歳の頃から戦場に出ていると言う。

 ランディ様は、私がいるから王都に戻らないのではなく、ギルモアが国に定められる以前から、戦場で生まれ、戦場で育っていたのだから仕方がない。 私はずっと自分にそう言い聞かせて来た。

 魔力の多い者を好んで喰らう【魔喰】の大群に故郷が襲われた時。 略奪の旅に出ていたランディ様とその一族の気まぐれによって、私達の一族は救われた。

 今にも喰われる寸前、ランディ様は私を救ってくれた。
 そして、言葉をかけて下さったのだ。

『世界が怖くないって教えてあげる』

 これは、もう運命!! 幼い私は思ったのだ……。

 だが、命を助けられたにもかかわらず、流浪の略奪者であったギルモアの民との関わりを嫌った一族は、私がランディ様に嫁ぎたいと言う熱い思いを持つ事を阻み、監禁したのだ。

『あのような蛮族に塔の英知を与えるなどあり得ない』

 まぁ、監禁なんて私に意味はないですけどね。 一族の誰よりも大きな魔力を持っていた私が、ギルモアの民と合流するのは、逃亡から3年後の事だった。

「私をアナタの妻にして欲しいの。 後悔はさせないわ!!」

 当時17歳だった彼は、私の訴えにこう答えた。

「構わないが、俺には生涯を共にすると誓った幼馴染がいる。 共に戦い背中を預ける事が出来る相手だ。 幼い頃から一緒に成長し、何でも話し合える相手だ。 彼女は俺の一番の理解者であり共に生きる者だ。 例えアンタを妻に迎えたから言って、ソレを変えるつもりはない。 自分が優先されると思わないのであれば妻として迎え入れよう。」

 強引に妻にしろと言ったのは私なのだ……。

「もしかして、その方と婚約をしていたのですか?」

「いや、ただ、そんな言葉で縛れないほど大切な相手だと言うのは確かだ」

 凄い微妙な気分になったものの、婚姻さえしてしまえば、私が彼の一番に慣れるのだと思っていたのだ。

 まさか……これほど、関係性を深める事が出来ないなんて、想像もしていませんでしたけど。



 でも、こんな事のために、私、頑張ったのだったかしら??
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