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2章 青年期

39.持つ者の気苦労

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「なんて恰好で眠っているのですか……」

 苦笑交じりで語る声の主は、赤銅色髪を高い位置で結んでいる青年。 ストレートの髪はサラリと美しく、赤い月の色とよく似ていた。

 セシル・ルンドは22歳となり、大人の男性と言うには十分背も高くなっていたが、他の兄弟達よりも小柄で細身であり、今でも度々女性と間違われている。 相変わらず繊細な優美さを備えており、他国との円滑な交渉には、その容姿や身に纏う雰囲気も一役買っていると言えるだろう。

「最近は、余りご機嫌が宜しくありませんので……」

 伏せられたアルマの言葉には仕方がありませんと言う言葉が隠されている。 そんなアルマの手には、フワフワのバスタオルと、心地よさそうな寝間着が持たされていた。

「顔を見に来ただけなので、直ぐに戻ります」

「セシル様のそう言う態度が、お嬢様を不機嫌にすると自覚してくださいませ」

「そうは言いますが、流石に子供の頃のように一緒に寝るのも限界ですよ。 えぇ、私もサーシャも大人なのですから」

 襟元を緩めながら、ソファに座った。

「大人なら、大人の付き合い方がありますでしょう。 何をヘタレているんですか」

「容赦ないですね。 ですが……余りにも無邪気に私を見るから……私は嫌われたくないんですよ。 この話はオシマイにして、何か美味しい物を食べさせてください」

「なら、先に湯に入って下さい」

「……そんなに汚れて……」

 いませんよと言おうとしたが、他国からの要人相手に忙しくしていた事を思い出した。

 特に今日の客人は、国を2つ跨いだ先の南方からの客人。 所有する魔力量は少ないが、身体能力的にはルンド国の鍛え抜かれた騎士達と変わらない程強固に見える相手、魔道具に強い興味を示しており、武器として求められた事で、交渉が難航し、ギラギラした雰囲気が気になり、見張りと、鉱山の警備を強化させ、警備用魔道具もフルで動かし警戒している。

 だが、セシルが使える人員は少ない。

 魔道具でフォローしているが、人の持つ勘、判断力には及ばない。 以前であれば第一王子の支援もあったが、最近貴族の間でセシルを次期王に望むものが増えた事から、関係性が悪化し始めていた。

 つかれた……。

 チラリと視線は、穏やかな寝息を立てるサーシャへと向けられる。

 ガウンのまま眠っており、覗き見える首筋、鎖骨、肩が美しいラインを描いている様子を見れば、欲情を覚えてしまう。

 ヤバイ……。

「湯の準備が出来ました。 食事は温めなおすだけになりますが、お嬢様の作られた品ですので、ソレで十分ですよね?」

 言われて冷静を装い、笑みを向けた。

「えぇ、ソレでお願いします」

 作ったばかりの食べ物を何時でも提供【時空籠】には、何時セシルが帰ってきてもいいように食事が入れられている。 セシルが帰ってこなければ、翌日アルマや別の使用人の腹に入る。

 身体を洗い湯につかると同時に、セシルは控えているアルマに話しかける。

「サーシャは、今日何をしていました?」

「本人にお聞きになってはどうですか? 喜んでお話すると思いますよ」

「寝ているところを起こすと言うのも、忍びないものです」

「ヒスを起こして早めに寝たので、問題はありません」

「また、何かトラブルでも?」

 サーシャは幼い頃に虜囚入りした事もあり、個人主義である他の者達とも比較的親しい間柄にある。 挙句、箱庭の住人の2割は巨万の富を築いており、贅沢を享受していた。 幼い子供が可愛いと、彼等は子供だったサーシャに富と知識と言う恩恵を与え、やがえその贅沢の欠片は、庶民にも影響を与えるような発想へと繋がっていった。

 結果として、虜囚たちの中での格差が大きくなり、それがトラブルの原因となる事も少なくないのだ。

「今回は、第二王子からの面会依頼と、ルンデル家令息からの……手紙が原因ですね」

「以前は3日前、感覚が狭くなってきていますね……少し牽制しておく必要がありますね」

「それよりも、昔のようにお嬢様をセシル様の側に置いておくと言うのはどうでしょうか?」

「いえ……以前は幼児だったので、愛玩的に周囲が見てくれていましたが、今の彼女はその知性を抜きにしても魅力的な女性です。 人の目に触れさせてしまえば、興味を持つ者が増えてしまいかねません……」

 語尾が小さく消えていき、大きな溜息をセシルはついた。

 8年前、強硬にも知的犯罪者として虜囚扱いとし幽閉した。 それは奪われてしまうのではないかという恐怖であり嫉妬から、結果として好き放題にサーシャはその知識と発想から多くの富を生み出した。

 サーシャが生み出したものが、文化、平和を犯すものであれば、箱庭内で封じられ表に出なかっただろうが、セシルの教育が良かったのか? サーシャが生み出したものは、些細な割に有用過ぎた。

 ルンド国は、植物の生産性が低い。 他国との経済交流が豊かになった事で、枯れた土地まで耕そうと言う者は減った。 それなら他国に出稼ぎに行った方が余程、稼ぎになるからだ。

 だが、

『荒れ地をね、買って!』

『それは構いませんが……』

 そうして、荒れ地に他国から輸入した腐葉土、発酵させた家畜の糞などを仕入れ、土に混ぜ込み、年単位で寝かせ土に馴染ませた後に、林檎やベリーを植えさせた。 もともと実りは悪くとも成長だけは早い国な事もあり、翌々年には林檎が収穫できるようになっていた。

 土地を売った貴族達が血の涙を流し、様々な訴えをしてくることとなる。

 次に、サーシャは美容専門の知能犯と手を組み、魔蜂の養魔蜂を計画し始めた。 魔とつくが、その頑強な性質と、風魔法を使い、高い知性を持つ事から魔の名前が与えられているが、人を襲う事は無く魔物に分類されていない。

 そして、蜂蜜を採取しだした。

 蜂のおかげで林檎の収穫量は増え、蜂蜜が収穫でき、蜂の鉱物である風の魔宝石を与える事で懐かせ、蜂が警備まがいまで行うようになるものだから、貴族達は地団駄を踏んで羨んだ。



 蜂の件は一例に過ぎない。

 サーシャは、幼い頃から繰り返されたセシルの言いつけを守り、社会的構造を変える事無く、利益を生み出し続けたのだ。

 いい加減フォローするセシルの負担も大きくなっていたが、箱庭に仕える多くの者達は、囚人たちを常に見張っており、王族と神殿の長老人達によって作られた【知的財産管理委員会】が目ざとく、サーシャの生み出した知識を商品化した。

 それに伴い発生する問題は、サーシャの監察者であるセシルに押し付けられるため、それらを解決していくうちに……、次期王に最も相応しい等と言われるようになっていったのだ。

「もっと、のんびりと気楽な第四王子でいさせて欲しい」

 セシルの呟きは、誰にも届かず、気苦労ばかりが日々増えて行くのだった。
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