偽りの婚姻

迷い人

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序章

01.会いたい理由

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 南国に面する国々との長い戦争に、ルーベンス国は勝利した。

 全能神を奉る宗教国家デニール国の仲裁により、南国の領土の一部をルーベンスに組み込む形で休戦協定が結ばれ、人々は長い戦争の終わりに歓喜する。

 長い戦争は、貴族達の財産を消費し、領地は疲弊し、長く贅沢は禁じられていたが、久々の祝いの場に人々は賑わいを見せていた。

 宮廷楽団を伴った社交界など何年ぶりだろうか?

 人々は自然と微笑みを浮かべる。

 祝賀の祝いでは多くの者達が勝利と、訪れるべき平和に酔いしれていた。 軽快な音楽が流れ、老いも若きも踊りだす。 流行に敏感な令嬢達は、今後訪れるだろう、芸術、ファッションを楽しそうに語り合う。

 そんな中、不機嫌そうな男がいた。

『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』

 勝利の立役者ともいえる25歳の若き将軍である。

 年代物のワインのように赤い髪、好戦的な金色の瞳をした体格の良い男は、優美さをかなぐり捨てて、大勢の中からたった1人を探し出そうと、落ち着かない様子を見せていた。

「伯爵様、此度は……」

 美しく着飾った年若い令嬢が声をかけるが、

「失礼」

 相手にするようすなく、女性をよける。 戦の功労者である将軍が、広間を歩き回れば自然と人々の熱い視線が向けられていた。

「どうしたのかしら?」

 ヘルムート伯爵家は、長い没落の日々を送っていたが、此度の戦による褒章で一度は手放した領地を再び取り戻すと同時に、爵位を父から譲り受けた。 人々が彼の一挙一動に興味を持つのも仕方がないと言うものだ。

 だが、その将軍の勢いが険悪になり、声をかける人々を荒々しく拒絶する様子に、人々の表情から笑みが消えた。

「まるで飢えた獣のようですわ」
「凶悪な……」
「宰相を幾人も輩出した家系でありながら嘆かわしい」
「多く血は彼を魔物に落としたと言うことかねぇ……」

 恐怖を感じつつも人々は、彼を誹謗しはじめた。

 戦場では、戦神の化身とも呼ばれた男に、よくぞそのような言葉を吐けるものだ。 自らの筆頭騎士に向けられる嘲笑に王太子ライオネルは不快に顔を歪める。

「我が騎士パーシヴァル。 落ち着かない様子だが探し人かな?」

「妻を探している」

 もともと冗談を言うような男でなければ、笑って流していたに違いない。

「それはめでたい、ぜひ私にも紹介してくれ」

「ソレが見つからない。
 夫の活躍を祝う場に、いないわけなどないのだが」

 やけに他人行儀な言い方に、ライオネルは怪訝な顔をした。

「共に来なかったのかね?」

「屋敷には戻ってない」

「今も屋敷で待っているのではないのかなぁ?」

「そのような関係ではない。 それに今日は重要な話があって探していると言うのに……」

 そのような関係ではない妻とは? と疑問に思うが、重要な話が気にかかりライオネルは尋ねる。

「何を告げるんだい?」

 10年来の友人に妻がいたことを秘密にされたのは、気分の良い話ではなかったが、色気のある話を目の前の男がするなら、ぜひからかってやらねばと言う思いが膨らんだ。

「離婚を申し立てる」

「いやいや、それは突然過ぎないかな? そもそも貴族の婚姻と言うのは家同士の約束ごとだ。 そう簡単に済ませる事ができるものでもあるまいさ」

「今回の報奨金で学園の入学資金、入学準備金、寮費、学費、用立ててもらった金を返済するだけの目途はついた」

「受けていた援助金を返済できるようになったから、婚姻を解消したいと?」

 ライオネルは頭を抱えたくなる気持ちを必死に我慢する。

「そういうことだ」

「私が知っている限り、君は学生時代も、騎士になってからも、当然戦場に出てからも屋敷に戻っているようには思わなかったのだけど?」

「当然だ」

「何をもって当然と言うのか分からないが、金のための婚姻だったとはいえ、もう少し夫としての義務を果たすべきではなかったのかな?」

 子供に言い聞かせるようにライオネルが言えば、

「夫としての務めを果たし、子が出来てしまえば爵位は彼女の子のものになってしまうじゃないか」

「そりゃぁ、当然のことだろう。 そもそもその妻である人の子が、自分の子ではないと言う考え方はどうなのだろうか?」

 この世界での婚姻は、家同士の結びつき政略的に行われるため、異性との交流には余り煩くはなく、妻である女性が生んだ子は夫の子と言う考えが一般的である。 血筋を厳密にする王族となれば、遊び相手まで厳選されるが、借金で落ちぶれていたヘルムート伯爵家に援助をしてくれていた相手に対して言える言葉ではない。

「……」

 パーシヴァルは黙り込んだ。

「学園入学からなら10年だろ? 金が出来たから離縁をする。 出ていけ! と言うのは、余りにも無情ではないかね? 夫としての務めも果たさない相手を待ち、婦人は10年もの間を無駄に時間を過ごした訳だろう?」

「俺には必要な時間だった」

 ライオネルは、自らの筆頭騎士に呆れたように溜息をついてみせる。 彼の汚点は、自らの汚点になりえない。 先回りして事を納めることを考えていた。

「それで、妻の名はなんと?」

「シヴィル」

「珍しくない名だね。 旧姓は?」

 そう告げるのは、数年前から母が世話になっている治療師が同じ名前であったためだ。

「シヴィル・マノヴァ」

「というと……王都1の豪商と言われていたマノヴァ商会の1人娘だと言うのか?」

「あぁ」

「なるほど……なら安心するといい、マノヴァ商会の会頭の娘には婚姻歴はなかった。 わざわざ婚姻証明を無効化させる必要などない。 そして借金の方だが、会頭が西方の王族相手に行った取引を理由に一昨年極刑を受け、商会自体が存在していないから返済する必要もない」

「そ、んな。 俺は結婚証明書にサインをしたぞ!!」

「だが、その証明書が提出されていなかったのが事実だ」

「では、俺はなんのために今まで……」

「そこは、私のためと言っておけ」

 王太子殿下は、苦笑をあらわに動揺する筆頭騎士を休ませるべく、広間を後にさせた。



「ご挨拶をしなくても、いいのですか? パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵とは浅からぬ縁があるのでしょう?」

 穏やかに落ち着いた女性が声をかけてくる。

「お気遣いありがとうございます。 華々しい祝いの席、金で繋がった縁もとうの昔に途切れております。 今更、ご挨拶をして煩わせてしまうこともありませんわ」

 淡々と返すのは、パーシヴァルが妻だと思っていた女性『シヴィル・マノヴァ』

「どなたかを必死に探していらっしゃるようですよ」

「探し探されをするような関係などございません。 王妃様のお気遣いは嬉しくございますが、私個人の主張を通させていただくなら、余り会いたい相手ではございませんので」

「あら、それはどうして?」

 亡くなった母よりもまだずっと年上の女性だが、王の寵愛をいっしんに受けた王妃は、今でも愛らしい少女のような瞳を向けてくる。

「母も私も、あの方とあの方の母君には、苦汁をなめさせられておりますから」

 苦笑交じりに私は答えた。
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