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01.公爵家の妻と言うものは……
03.ずっと逃げたかった
私は、私の言葉に唖然とする前公爵の愛妾マロリーの横を通り過ぎようとした。 まるで、聖なる魔法で呪いを解いたかのように、私の心に根付いた責任感が薄らいでいたのだ。
だが、マロリーは私の腕を掴み黄金の瞳が威圧的に睨んでくる。
「何、かしら?」
「何を考えているのよ」
笑いそうになるのを堪えた。
彼女もまた、公爵家の存続と、残された女達の日常生活、戦場の物資補給に尽力してきた私が、簡単に公爵夫人の座を放棄するなどと考えてなかったのだろう。
何も知らない……。
全てを狂わせておいて、平和な人ね。
私が無感情な感情を向ければ、マロリーの金色の瞳が感情に震えており、私の頬を叩いてきた。
私はソレでも静かに微笑んだ。
だって、感謝しているんですもの。
私の責務を代替えしてくださる方を迎えてくれると言うのですから。
「私は、ずっとココから解放されたかったの。 だから、ありがとう」
「あんた、ユーグに惚れていたんじゃないの? 知っているのよ。 死にかけたあの子を、貴方が助けていた事を」
「私が何故、貴方と前公爵の子に興味を持たなければなりませんの? 私を捕らえていたのはミリヤ様だけですわ……」
ユーグを愛していない私にショックを露わにしたマロリーには、正直驚いたけれど、もとより彼女と話をすること等ないのだから……私は頭を下げ執務室を後にした。
「お待ちください、お嬢様!!」
慌てて追いかけて来たのは年配の執事長。
「冗談でございますよね」
震える声。
「本気ですわ」
「なぜ!! 今なんですか!!」
前公爵とミリヤ様が暗殺された日から、ダンベール公爵家に関わる者達には苦難しかなかった。 前公爵の失態を知り、早々に逃げ出した者もいるなか、私はできうる手段を全て使い、民が不自由しないよう務めた。
「公爵家を存続させ、民を守れ……。 そうミリヤ様に教えられてきたからかしら? もう十分でしょ? ダンベール先代当主の汚名を返上した当主が戻って来て、公爵家を支えたいと言う女性が大勢立候補なさっているなら。 丁度、引き時と言うものですわ」
「あれだけ、あれだけの苦難を乗り越えておきながら、どうしてあっさりと手放すのですか!!」
「私の願いではなく、ミリヤ様の願いだからでしょうか?」
5年間。
戦場を駆けたのは、ダンベール公爵家に連なる者だけだった。
多くの者達は、人員的協力も金銭的協力も拒んだ。
「人? 金? ふざけるな。 領地を奪われた事で損失を受けるのは、その土地に住むものだけではないのだぞ!! 人も金もコチラが欲しいくらいだ!!」
そう13歳の少女に貴族達は吠えた。
「陛下から領地を預かっておきながら、なんの防衛手段も講じず安穏と暮らし、あっけなく奪われた癖に、自分には責任はありませんなんてずうずうしい話ですわ」
私にとって、魔力暴走を防ぐための感情抑制に必要なのは、感情を小出しに処理することに他ならなかった。 例え生意気だと殴られても……負けるつもりはなかった。
負ければ、ダンベール公爵家が潰れる……民が虐げられる。
それはダメだいけない……。
『公爵夫人として重要なのは、公爵家を存続させ、民を守る事よ。 誰よりも強くなければいけないの。 守りなさい、守るの。 それが、貴方を公爵家に預かった意義なのだから』
公爵夫人ミリヤは、毎日のように語った。
『公爵夫人と言うのは、役割の名称でしかないの。 愛は無く、ただ搾取されるだけ。 だから愛情を求めるなんて無駄は諦めなさい。 愛せば愛されるかもなんて希望は捨てなさい。 どうせ……あの下品で無知な庶民から生まれた子よ、希望を持てば惨めで残酷で不幸な未来しかないわ。 だから、貴方は自分の生き方を模索しなさい。 生きていくため、自分のため、公爵家を利用し、一人で生きていける知恵をつけなさい』
寝物語のように私を呪い続けた。
この呪いは、どれほど虐げられても、奉仕し続け、希望を持ち続けた哀れな女だとミリヤ様を嫌った後も、私の内側に根強く蔓延っていた。
代替えを得た事で、私の心に絡まる呪いは薄れたのだろう。
早く逃げないと……。
私の中で揺れる思いが、何時、民に哀れみをむけてしまうか……私自身想像もつかなければ、コントロールもつかないのだ。
「本当に、民を見捨てるのですか?」
歩き出そうとする背に執事は続ける。
「平気でしょ。 だって、男達は帰ってくるし。 ユーグが戦争賠償として手に入れて来た領地、金山、銀山には陛下も満足されたと、5年間、ダンベール領で負担した金品をはるかに超える褒賞を約束してくださいましたもの。 あぁ、そうだわ。 ユーグが帰ってきた暁には、沢山褒めてさしあげて、あの子はとても甘えん坊で寂しがりやだから」
「お嬢様が!! お嬢様が褒めて差し上げればよろしいではありませんか……」
「だって、私はあの子が嫌いだもの。 知りませんでした?」
「……存じておりました。 ですが!! せめて、せめて5年間の間送ってきた手紙ぐらいは、読んでくださってもよろしかったのではありませんか?」
「必要な物資を工面するだけでも大変だったのに、面倒な事を言わないでって何度も言ったでしょう? なんで、あの女の息子の機嫌を取らないといけないのよ」
「ですが!!」
「勘違いしないで……先代先々代に仕え、良くものを知っていたから側においていただけ。 私、貴方の事も大嫌いですの」
「……存じて、おります……」
「貴方達が、私に代わって手紙を返していた事も知っているわ。 どうせ、甘えん坊の坊ちゃん向けな可愛らしい返事を書いていたのでしょう? 丁度いいじゃない。 あの女が連れてくる女性が、ユーグ恋しさにその手紙を書いていたことになさい」
「お嬢様!! あんまりです!!」
「良く言うわ……」
「あんまりだったのは、貴方達よ……」
私は2歳から、公爵夫人ミリヤに育てられた。 愛妾マロリーを溺愛する公爵は、彼女の願う通りにミリヤ様を虐げた……。 そして、彼等もまた同じだったのだから。
だが、マロリーは私の腕を掴み黄金の瞳が威圧的に睨んでくる。
「何、かしら?」
「何を考えているのよ」
笑いそうになるのを堪えた。
彼女もまた、公爵家の存続と、残された女達の日常生活、戦場の物資補給に尽力してきた私が、簡単に公爵夫人の座を放棄するなどと考えてなかったのだろう。
何も知らない……。
全てを狂わせておいて、平和な人ね。
私が無感情な感情を向ければ、マロリーの金色の瞳が感情に震えており、私の頬を叩いてきた。
私はソレでも静かに微笑んだ。
だって、感謝しているんですもの。
私の責務を代替えしてくださる方を迎えてくれると言うのですから。
「私は、ずっとココから解放されたかったの。 だから、ありがとう」
「あんた、ユーグに惚れていたんじゃないの? 知っているのよ。 死にかけたあの子を、貴方が助けていた事を」
「私が何故、貴方と前公爵の子に興味を持たなければなりませんの? 私を捕らえていたのはミリヤ様だけですわ……」
ユーグを愛していない私にショックを露わにしたマロリーには、正直驚いたけれど、もとより彼女と話をすること等ないのだから……私は頭を下げ執務室を後にした。
「お待ちください、お嬢様!!」
慌てて追いかけて来たのは年配の執事長。
「冗談でございますよね」
震える声。
「本気ですわ」
「なぜ!! 今なんですか!!」
前公爵とミリヤ様が暗殺された日から、ダンベール公爵家に関わる者達には苦難しかなかった。 前公爵の失態を知り、早々に逃げ出した者もいるなか、私はできうる手段を全て使い、民が不自由しないよう務めた。
「公爵家を存続させ、民を守れ……。 そうミリヤ様に教えられてきたからかしら? もう十分でしょ? ダンベール先代当主の汚名を返上した当主が戻って来て、公爵家を支えたいと言う女性が大勢立候補なさっているなら。 丁度、引き時と言うものですわ」
「あれだけ、あれだけの苦難を乗り越えておきながら、どうしてあっさりと手放すのですか!!」
「私の願いではなく、ミリヤ様の願いだからでしょうか?」
5年間。
戦場を駆けたのは、ダンベール公爵家に連なる者だけだった。
多くの者達は、人員的協力も金銭的協力も拒んだ。
「人? 金? ふざけるな。 領地を奪われた事で損失を受けるのは、その土地に住むものだけではないのだぞ!! 人も金もコチラが欲しいくらいだ!!」
そう13歳の少女に貴族達は吠えた。
「陛下から領地を預かっておきながら、なんの防衛手段も講じず安穏と暮らし、あっけなく奪われた癖に、自分には責任はありませんなんてずうずうしい話ですわ」
私にとって、魔力暴走を防ぐための感情抑制に必要なのは、感情を小出しに処理することに他ならなかった。 例え生意気だと殴られても……負けるつもりはなかった。
負ければ、ダンベール公爵家が潰れる……民が虐げられる。
それはダメだいけない……。
『公爵夫人として重要なのは、公爵家を存続させ、民を守る事よ。 誰よりも強くなければいけないの。 守りなさい、守るの。 それが、貴方を公爵家に預かった意義なのだから』
公爵夫人ミリヤは、毎日のように語った。
『公爵夫人と言うのは、役割の名称でしかないの。 愛は無く、ただ搾取されるだけ。 だから愛情を求めるなんて無駄は諦めなさい。 愛せば愛されるかもなんて希望は捨てなさい。 どうせ……あの下品で無知な庶民から生まれた子よ、希望を持てば惨めで残酷で不幸な未来しかないわ。 だから、貴方は自分の生き方を模索しなさい。 生きていくため、自分のため、公爵家を利用し、一人で生きていける知恵をつけなさい』
寝物語のように私を呪い続けた。
この呪いは、どれほど虐げられても、奉仕し続け、希望を持ち続けた哀れな女だとミリヤ様を嫌った後も、私の内側に根強く蔓延っていた。
代替えを得た事で、私の心に絡まる呪いは薄れたのだろう。
早く逃げないと……。
私の中で揺れる思いが、何時、民に哀れみをむけてしまうか……私自身想像もつかなければ、コントロールもつかないのだ。
「本当に、民を見捨てるのですか?」
歩き出そうとする背に執事は続ける。
「平気でしょ。 だって、男達は帰ってくるし。 ユーグが戦争賠償として手に入れて来た領地、金山、銀山には陛下も満足されたと、5年間、ダンベール領で負担した金品をはるかに超える褒賞を約束してくださいましたもの。 あぁ、そうだわ。 ユーグが帰ってきた暁には、沢山褒めてさしあげて、あの子はとても甘えん坊で寂しがりやだから」
「お嬢様が!! お嬢様が褒めて差し上げればよろしいではありませんか……」
「だって、私はあの子が嫌いだもの。 知りませんでした?」
「……存じておりました。 ですが!! せめて、せめて5年間の間送ってきた手紙ぐらいは、読んでくださってもよろしかったのではありませんか?」
「必要な物資を工面するだけでも大変だったのに、面倒な事を言わないでって何度も言ったでしょう? なんで、あの女の息子の機嫌を取らないといけないのよ」
「ですが!!」
「勘違いしないで……先代先々代に仕え、良くものを知っていたから側においていただけ。 私、貴方の事も大嫌いですの」
「……存じて、おります……」
「貴方達が、私に代わって手紙を返していた事も知っているわ。 どうせ、甘えん坊の坊ちゃん向けな可愛らしい返事を書いていたのでしょう? 丁度いいじゃない。 あの女が連れてくる女性が、ユーグ恋しさにその手紙を書いていたことになさい」
「お嬢様!! あんまりです!!」
「良く言うわ……」
「あんまりだったのは、貴方達よ……」
私は2歳から、公爵夫人ミリヤに育てられた。 愛妾マロリーを溺愛する公爵は、彼女の願う通りにミリヤ様を虐げた……。 そして、彼等もまた同じだったのだから。
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