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2章 

11.向けられる狂気 03

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「ぁっ……ぐぅ……ふぅ……」

 強引に抱きしめられ、触れ合った口はより大きく開かれ深く舌が侵入し、ドロリとしたものを喉の奥に押し込んできていた。

 吐き出そうとするが、ドロリとした感触はやがて存在しなかったかのように口内で気化し、体内に浸透していこうとしていく。 喉から熱が身体に広がっていく。

「なっに……を」

「くふふはっははっはは」

 私を逃がさないよう抱きしめた男の高笑いが頭上から聞こえた。 背に回した左手で私を拘束したまま、右手で白い髪を愛おしそうに撫で、男の唇が触れる。

 それを愛情と言わないなら、なんというのだろうか? いや……まともな恋愛経験のない私が言うのもなんですけどね。 恋愛経験がないからこそ、余計に勘違いをしやすいと言うか……。

 あと、この人、顔立ちはいい……。

 彼がアンセラム様では? という理由の一つがソレ。 彼の父である国王陛下や、兄であるアレクシス様を凛々しく……少しばかり脳筋よりにしたような精悍さを残した顔立ち。 ケガレの影響か黄金色の髪は黒く、顔の一部には皮膚の硬質化と変色がみられるけれど、総じてイケメンなのだ。

 だけど、イケメンだからと言って気を許しては、むしろ子豚ちゃんだったころの彼に不誠実ではないだろうか?

 なんて、ものすごい速さで思考を展開していた。 いわゆる魔法少女の変身シーンが実際にはかなり短時間で行われていると言うような感じだと考えて欲しい。

 これは現実逃避……決して、走馬灯などではありませんから!



 耳元に乾いた唇が触れれば、ドキッとした。

 身体があつい……。

「これでオマエもオレと同じ半端者……半魔だ」

 ヒヤリとするような声なのに、身体の内側が喉を中心に異常に熱くなっていた。 内側から刺激されているような違和感がある。 熱? ザラリとザラリと内側が撫でられているかのような……そんな感触。

 その違和感の元である喉を無意識にひっかいていた。

 吐きだせるものはなく、焦るほどに咳き込む。

 それが、ケガレに浸食されていくことなのだと分かったのは、身体の異常ではなく、心に異常を感じたから。 自分の中の不平不満、嫉妬、孤独、強い渇望、それが全て神に対する憎悪となっていく。

 なぜ、なぜ……自分が、自分ではない不満が脳裏をグルグルしていく。 何故、私を捨てた、切り離した。 神への恨みが黒く、何処までも黒く、私を塗りつぶし永遠とも言える落下へと私を突き落とすような感覚、そして自我の喪失。

「オレを一人にしないでくれ。 耐えてくれ……。 もう、おいていかないでくれ……一緒にいてくれ、一緒に生きてくれ、オマエだけがいればいい……オレだけの……」

 物凄く身勝手だと思った。

 だけど、いまにも泣きそうな切ない声は、私の罪悪感を刺激してくる。 私の意識の全てが黒く染まる中で、私に触れる手は冷たく、唇は渇き、がさついている。 私は無意識に男の頬に触れ撫でていた。



 香の良いリップクリームをつけて……。

 神を呪う……そんな私以外の何かとは別に、少しばかり間の抜けた能天気な思考が巡る。 自分と言うものの芯を捉えた気がし安堵すれば、浅いが深呼吸をすることができた。

「オレを受け入れて」

 耳元で囁かれる。

 懇願と願いは甘く、身体に浸透していくケガレは、ソレを支配していただろう男の意志に従うかのように、私と言う自我を残しながら、私の身体を侵食し甘い疼きを与えてくるかのように思えた。

 甘い、甘い、感覚。

 うっとりと身を任せそうになる。

 そういえば……神のケガレの中身は、前世における大罪と似ていると記された記録を思い出した。



 色欲

 身体が欲情を訴える。

「いや……」

 私は男を睨みつけた。

「また、オレを拒絶するのか?」

 男が私に問いかけるが、そこに怒りや激情のようなものはなく、どこまでも静かな声だった。 むしろ、私の方が怒りに捕らわれている。

「こんな、支配は許さない!!」

 身体に力が入らないのに、怒りだけは増していく。

 不快だ。

 こんなことをしてくる相手も不快だったけど、怒りそのものが自分の感情からはかけ離れていて不快だった。

「こんなのは嫌なの!! 光の精霊よ!! 我が呼び声に応えよ。 我が身に宿りケガレを払い清めたまえ」

 精霊が呼びかけに集まり、身体に宿れば入れ替わるように光の精霊は体内のケガレを食らうように駆け巡る。

 ほんの一瞬とも言える間でケガレは消え失せた。

 男は私を完全にケガレに落とす気はなかったのかもしれない。

 はぁはぁ、急激な魔力の消失で私は、肩で息をしながら男を睨みつければ、そんな私に彼は言う。

「ぁ……あ……リリア、オマエせいでオレは……オマエが悪い……オマエが悪いんだ……だから、オマエは責任を取らなければいけないんだ!」

 やがて男の声は叫びとなる。

 未だ玄関先にも関わらず……いや、場所の問題ではないか……私を押し倒し、剥き出しになった胸を口に含んだ。 膨らみに歯をあてながら、先端を舌先で舐めねぶり、激しく吸ってくる。

 疲弊しきった身体は、精霊を宿し続けるどころか、指の先まで動かすのが億劫なほどになっていて、嫌だと言う自己主張も満足にできず、僅かに身じろぎし小さく呻き声に、拒絶の言葉を混ぜるだけ。

「んっふぅ、ぃやあ……やだ」

 それでも、動かぬ肉の身体はケガレの侵食によって刺激されたせいか、感じやすくなっているのではないかと思われた。

「ぁ、ああ、んっふっく、いや、やだ、辞めて。 こんなのは嫌」

 私の身体は男のしたいように任せるどころか、シッカリと感じていた。 例え両足の間に男の手が伸びようと、肉の割れ目に乱暴に指がねじ込まれ、かき混ぜられ強引に絶頂へと押し上げられ、男は大きくなった自らの欲望を押し当てようとしていた。



 ドンドンドン。



 返事のない様子に扉がけ破られた瞬間に聞こえたのはラキの叫び。

「何してんのよ!! 私より先に処女喪失なんて許さないんだから!!」

 いや、違うだろうソレと誰も突っ込みはいれないが、僅かな間が生まれたのは確かで、横合いから短刀を手にしたフィンが男に襲いかかった。

 だが、それは避けるでもなく、フィンの短刀は男の腕にあたり硬い音と共に止められた。

「マスター!!」

 幼い猫獣人の少女がラキとフィンに続いて玄関から入って来る。 そして、私と男をギョッとした様子で見て、男の腕をつかんで引き離そうとした。

「マスターツライなら私が相手をするのに!!」

 私と猫獣人の視線があえば、猫獣人の少女の顔に苦悩が浮かび、それは嫉妬? 憎悪へと変貌し、次の瞬間には尻尾も耳もへたんと落ちた。

「オマエには関係ない!! なぜ、ここにいるんだ!!」

「魔物の大群がこっちに向かってきたから……」

 そう言われれば男は舌打ちをし、意識を肉体に反映できない私に男は言う。

「魔物に救われたな」

 男は彼が着ていたローブを私にかけ、その場を後にしフィンは静かに男の後を追っていく。
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