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前編

07

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「なっんで、追いかけてきてくれないのよ!!」

 ジェシカはボソリと呟く。

 運動は余り得意ではないけれど……動きやすい仕事着のままで良かった……でも……久々にあったのだから、もっと綺麗な恰好をして出迎えたかったなぁ……。

 王都内を突っ切る小さな川の上に作られた橋。
 街頭の明かりを受けて、うっすら自分の姿を見た。

 暗いし水面に揺れてはいるけど、きっと疲れた顔に乱れた髪をしているだろうと思う……。 先輩治療師達がそんな恰好では愛想をつかされても当然とでも言うような言い方をしていたのを思い出し……落ち込んだ。

 アンジェの事は否定していたけれど、自分を綺麗に可愛く見せる努力をするアンジェと、今の私では……そりゃぁアンジェの方がカワイイわよね。

 頭を冷やし、誤解は早めに解決よね……。
 何時までも、こんな気持ちでいるなんてゴメンだわ……。

 そんな事を考えながらも、ジェシカは橋を渡り、通り夜を明るく照らす方向へと歩いて行くのだった。 歩いて、歩いて……何となく……気づけば歩きやすい場所を歩いていて……。

 どうしよう……迷ってしまいました……。

 どうして……学生の時、マーティンとアンジェと行動を共にしていたのか? 他の生徒が伴侶を探しに学園に来ている中、自立を求めていると言う共通点があった……。

 あったけど……それが全てではなくて……。
 ここが何処か分からない。
 どうやって帰れば良いのか分からない。
 私が移動できる距離なんて、そう長くは無いのに……。

 自らの方向感覚の無さに嘆いた……。

 はぁ……。

 溜息。

「一体、ここは何処なのよぉ……」

 ボソリと呟く。

 ジェシカの実家の領地は山1つ。
 山の中なら、木々で場所が分かるのに……。

 似たような建物、多くの人、酒の匂い、意味もなく大声を出す人達に混乱していた。

「私が……方向音痴なの知っている癖に……どうして連れ戻しに来てくれないのよ……。 最低なんて言ったから……怒ったのかしら……」

 そう思えば、やっぱり私よりアンジェが好きだったのね。 そう思えてしまう。 だって……アンジェの暴言も暴力もマーティンは受け流していた……。

 アンジェなら許せるけど、私では許せないのね……。

 そう、何時だって彼は私を褒めながら理想を押し付けて来た!! ……そんな気がする。
 アンジェなら、何をしていても、何も言っても、許していた癖に……!!



「先輩、ここのご飯とっても美味しいぃ。 流石先輩、名高い貴族なのに美食のためなら、こんな下町まで調査しているなんて。 カッコいい!!」



 甘えた甲高い声がアンジェを連想させ、私を苛立たせる。

 振りむけば……アンジェによく似た……アンジェ……。

「あんた何しているのよ!!」

「あら、ジェシカこそ、こんな所で何をしているの? 私は先輩にぃ、食事をおごってもらっているのよ。 あんたと違って、私にご馳走したいって思う人はたくさんいるんだから」

 どう? 私ってモテるでしょう? アンジェの微笑みからは、そんな自分への自信が伺う事が出来た。

「わ、私は……さ、んぽよ。 だって、ほら、星が綺麗でしょう」

 感情的になっては……ダメ。

 必死に自分に言い聞かせた。

 人に甘える事で、今の立場を獲得してきたアンジェに嫉妬し……あなたのせいでマーティンと喧嘩したなんて言えば、ニヤニヤとした表情を浮かべアンジェは喜ぶに決まっているのだから……。

「そう? 余り良く見えないわ」

「食事に気を使わないから、視力が落ちているのではありませんか? こんなに煙草の煙を浴びて、酒を飲んで、身体を冷やして、にん」

「ちょっと!! コッチに来てくれる?!」

 物凄く焦った様子のアンジェは私の腕を掴み、引きずるように物影へと連れ出した。

「何よ……。 私に子を育てろと言う前に、赤ちゃんが死んでしまうわよ。 胎児にとって母親が全てなのよ!! 何がきっかけで死んでしまうか十分に用心をしなければいけない事すら知らない訳?!」

「はぁ、そんな時のためにあんたのような治療師がいるんでしょ。 私に何か起きたら……あんたのせい、だから。 赤ちゃん殺しにならないように十分に気を付けなさいよね」

「アンジェ……あなた酔っぱらっているの? ふざけないで……誰が、いつ、あなたの専門医になったのよ。 それだけの金銭を治療院に積んだ訳? 違うわよね」

「友達でしょう!! 私はね!! あんたの嫁ぎ先ブライト侯爵家の子を産むのよ!! 唯一のね……」

「唯一? 何を言っているのよ……マーティンもマーティス室長も、御子さんを持つ可能性は幾らでもあるじゃない!!」

「そうかしら? だって……あなたが言ったのよ? 何がきっかけで死ぬかわからないってね。 それに……些細な事で、子を産めなくなるようにも出来るのでしょう?」

「な、にを……言っているの?」

「あはははっはは、凄い顔、本気にしちゃった? でもね……ここらへんは酔っ払いが多いから気を付けないと。 笑いごとで済まないわよ。 あんた……疲れて更けて見えるけど、身体だけはいいじゃない? きっと……人気者になれるわぁ~。 ねぇねぇ、いいんじゃない。 たまにわさぁ……モテる女って言うのを経験してみても」

 そう言ってアンジェは私の腕に腕を伸ばし、絡ませてきた。
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