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後編

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 口を塞ぐ手が離された瞬間。
 ジェシカは慌てて元夫マーティンが立つ場所から離れた。

 ベッドを間に睨み合う2人。

「もう、私とあなたとは何の関係もない事を理解されていないのですか!!」

「おかしなことをいいますね。 関係ないと言いながらあなたはこの屋敷にいるではありませんか。 それに……結婚以前、学生時代には、何の誓約も無かったにも関わらず、私たちはよく一緒にいたじゃないですか」

「それは、あなたが勉強を教えて欲しいって言ったからでしょう!! どうしても騎士になりたいのだと、そのために点数が足りないから助けて欲しいと言ったのはあなたでしょう!! それに、学生時代にはアンジェが必ず一緒で2人きりになんてなった事は無かった……こんな夜遅くに女性の元に訪れるなんて不謹慎な事を許したこと等もありません!!」

「そんなに……怒らないで下さい。 私達は1度は夫婦だったんです。 夜に一緒に寝室にいる事は当たり前の事です。 聞いて下さい。 私は……深く反省したんです。 あなたを妻に迎え……あなたと夫婦になれたことを自慢に思いながら、真の夫婦になれなかった事を」

「……」

 結婚式を行い神殿に婚姻の申請を出しただけの関係を、夫婦だと言うのは違うでしょう!! そう思ったけれど、言葉にしてしまえば……まるでマーティンに愛されなかった事を不満に思っているかのようで嫌だった。

「それは、どうも……」

 ジリジリと私は数ミリ、数センチずつジェシカは壁伝いに移動していた。

「愛しています」

「それは、嘘だわ。 あなたは私を愛した事なんてない」

「本当です!! どうして疑うんですか!!」

 ティス様の愛情を知れば、マーティンが私を愛していたのではない事は分かり過ぎるほどに分かった。 ただ、都合良く利用していただけ。

「私には、あなたが必要なんです。 なのに、私はあなたの愛情に甘えきってしまってしまい、あなたに報いる事は無かった。 そう……あなたなら、何があっても私を裏切る事無く支えてくれるだろうと、信用しきっていたんです」

 それは……謝罪と言うよりも、私を責めているようにしか聞こえない。

「愛しているんです。 どうか、やり直してください。 あなたがいなければ……私はやっていけない。 騎士になり一人前となった事で……あなたへの劣等感は失われ、少しばかり嵌めを外してしまいましたが……あの程度の事で怒っていては、騎士の妻なんて務まりませんよ。 魔物と命をかけて戦う騎士にとって、酒を楽しむ事等当然のこと。 そりゃぁ、アンジェとの間に子供を作ってしまいましたが、アレは私が騙されたんです!! どうか、今まで通り、私の側にいてください」

 ジリジリと逃げている事に気付いているのかいないのか、マーティンも少しずつ距離を詰めて来る。

「あなたは!! あなたとアンジェは!! 将来当主となる事が認められた訳でしょう!!」

「認めて? 認めてなんかいない……ただ、屋敷で飼い殺されているだけだ。 毎日、毎日、毎日、毎日!! 訳の分からない事で私を責めて来る、頭がおかしくなりそうだ!!」

 マーティンは学園での成績は悪くは無かった。
 だから、本人も出来ると勘違いしてしまっていたのだ。

 それはマーティンにも分かるよう、ジェシカが教えていただけだと言うのに……。





 マーティンは理屈が通らなければ、そこに躓き何も覚える事が出来ない。

 いや本人が楽しいと思う事なら覚えるけれど、机の前に大人しく座り、やりたくもない勉強を強いられる事は、彼にとって不本意で理不尽なこと。 彼のルールから外れたものは覚えられない、いや、彼にとって覚える価値が無いものだった。

 〇〇を覚えれば、テストをクリアー出来る。 だからこれを丸暗記して。 なんて事を理解できない。 納得できない。

 なぜ、ソレを覚えなければいけない?
 なぜ、それが突然に出て来る?

 例えるなら、〇〇と言う地方は、気温が××~△△ほど、春は早く訪れるが夏は暑い、だからここに書かれているものがよく栽培され特産となっている。 こう言えば覚えるのだ。 ただし教える側の労力は半端ない。

 唯一の抜け道は“〇〇だから××になる” と言う理由部分の〇〇が事実でなくても、納得さえできれば良いと言うところ。 納得した上で覚えさえすれば二度と忘れる事はないのだから、学園での成績は良かった。





「あなたが当主になりたがっていたことは知っているわ。 頑張ればいいじゃない」

「頑張っている!! 頑張っているとも!! だけど……ジェシカでないとダメなんだ。 君だけが、私の本当の力を引き出してくれる。 私を理解してくれるんだ。 君を裏切って悪かった……私を許してくれ。 こうして屋敷に来たと言う事は……私とやり直したいと思っているのだろう? まだ私を愛しているのだろう? お願いだ……私の元に戻ってくれ。 今度は、今度こそ……夫としての役目をつとめよう」

「必要ない!! あなたなんて大嫌いなんだから!! それに、アンジェの事はどうするのよ!! 子供まで作っておいて無責任でしょう!!」

「あいつは!! 私の事を馬鹿にしている!! 決して好きな訳じゃない!! 私を利用しているに過ぎないんだ」

「そんな事、子供を作った言い訳にはならないわ」

「だから!! ソレはアンジェに騙されたと言っているんだ!! お願いだ……君がいなければ、私はやっていけない。 私はダメな人間なんだ。 君がいないと私はただの無力で無価値な人間に成り下がってしまう。 折角与えられたチャンスも無駄にしてしまう……頼む……頼むから、私と一緒に生きて欲しい。 愛しているんだ」

「嘘よ!! あなたが愛しているのは、愛される自分なんでしょう!!」

「そんな事はない!! 愛している。 こんなに必要としているんだ。 胸が苦しくて張り裂けそうで……君がいないと不安で吐き気すら覚える。 なのに!! 君は私を見捨てると言うのか!! そんな薄情な人間なのか!! ……あぁ、君は私が当主になることが出来ないと諦めている。 だから……一緒に生きる事を諦めたんだな」

「私が結婚した頃、あなたは騎士で、自ら武勲をたて出世すると言っていたわ。 侯爵家の当主になるなど欠片も語って居なかったでしょう」

「……だが……可能性はあったんだ。 君が、兄様以上の実績を治療院で残してくれれば、君が当主の仕事を引き受けてくれれば、私にもチャンスはあった。 むしろ!! 騎士としての地位は良い付加価値となっただろう!! 賢い君の事だ……気づいていただろう」

 マーティンが当主になりたいと言う欲を抱いている事は知っていたけれど、当主としての役割を全て私に押し付けようと思っていたなんて想像もしていなかった。

「いい加減にして!! 私は、あなたが嫌いなのよ!!」

「もうそうやって気を引こうとしなくていいんだ。 私は、反省したのだから、これからは良い夫になるよう努めるから。 私を当主にしてくれれば、君に全てをあたえてやってもいい。 だから、頼む!! この通りだ。 もう一度私の妻に……戻って欲しい。 今度は、ちゃんと抱いてあげるから……」

 マーティンは穏やかな笑みを浮かべているつもりなのだろう。 だけれど、その微笑みは引きつり、欲にまみれ醜く……だけど何処までも強引に壁を背にする私に手を伸ばしてきていた。
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