私を裏切った運命の婚約者、戻って来いと言われても戻りません

迷い人

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02.世界樹の復活

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 空は暗い雲に覆われ、昼なのに暗い。
 この国の多くの時間は雲に覆われている。
 風には乾いた砂が混ざり、竜族の者達が発するマナを攫って行く。

 父と義母の故郷である隣国のような、美しく温かな日差しも無ければ、花の香りも無い。

 何処までも陰鬱。
 なのに、何処までも勝気。
 庶民の1人まで、竜の血が流れると言う誇りを胸に生きている。



 陰鬱な表情をした衛兵が私達を仰々しく出迎えた。

「皆様がお待ちになっておられます」

 大広間の向こうから、大勢の人の声や気配が聞こえる。

 なぜ、
 遅刻を責めているために待っているの?
 意地悪を楽しむために待っているの?

 私が怯えれば、姉のヴィヴィアンが私の肩を抱き顔を寄せる。

「大丈夫、大丈夫よ。 私がいるわ。 何があっても絶対連れ帰るからね」

「私も共におりますよ」

 ヨハンが私の手を握った。

 クスリとヴィヴィアンとヨハンが視線を交わし、ねぇ と声に出さず頷きあう。

「可愛い子」
「愛しい人」
「「私達が一緒ですよ」」

「ねぇ、貴方……楽しみですわね」

「あぁ、とうとう私達の報復が始まるんだ……楽しもうじゃないか」

 義母ニーヴィと父ジェフリーの言葉の意味を理解する余裕が、この時の私にはまだなかった。



 大広間の扉を開かれれば、大勢の人々が待ち受けていた。
 王国の騎士達が、正装に身を包み大広間の外周を囲んでいる。

「世界樹の巫女よ。 我らが国アクロマティリを救う時が来た。 その身をもって世界樹と心を通わし、平穏をもたらすのだ!!」

 国王が盛大に声を上げれば、集まった王族、貴族達が雄たけびを上げる。

 父が義母が、姉が婚約者が、歓声にこたえるよう手を振った。

「な、なになの?」

 私だけが戸惑っている。
 王の言葉が、自分に関わりあるなんて思う訳も無い。

「シー、静かに」

 姉が私の隣で、不安そうな私を諫め、少しだけ握る手の力を強めていた。 そして、反対側の手を持つヨハンもギュッと手を握りしめている。

 心強い。

 今にも逃げ出したいと思う私には、そうは思えなかった。

 大広間を囲む騎士達の先頭を勤める2人の男が歩みよる。

 黒い騎士服を着た大柄な男は第一王子で、黒焔の戦神と呼ばれている。
 白い騎士服を着た背の高い細身の男は第二王子で、白氷の戦神と呼ばれている。

 滅びかけの国であるアクロマティリが生き延びているのは、2人が支える国軍のお陰でもある……とは言え、武力をもって近隣諸国に強奪の如く支援を要求するのだから、その屈強な2人に怯えるしかできない。

「ここよりは我々がお守りします」

 2人の王子が手を差し出してきた。
 だが、姉も婚約者も私の手を放す事はない。

 そして父は言う。

「申し訳ありませんが、この子は繊細な子でして」

 周辺国を恐怖に陥れる戦神と呼ばれる二人を前に、父は不敵に笑っていた……そんな気がしたのだ。

 王子二人は不快を露わに顔をしかめるが、顔を合わせ頷き合い、私に向けられた手を引いた。

「では、ご案内いたしましょう」

 そして、私達は竜たちが宴会でもしそうなほどの広い大広間を進んでいく。

 少し疲れたかも……。

 そう思ったのは私だけではなく、姉も婚約者も、父、義母もらしく、二人の王子は赤金色の瞳と、青銀色の瞳で笑うのだ。

「やはり、ここからは俺達がお連れしますよ」

「いや、構わないで貰おう。 私の娘はとても繊細なんだ」

「そうですか……」

 大広間の中央に行くまで、10分はかかった。
 集まった貴族、王族達が馬鹿にするように笑っていた。

 訳の分からない私は怯えるしかないけれど、
 訳が分かっているだろう私以外の家族は、苦虫をかみつぶしたと言うか、とても悔しそうな顔をしていた。

「こちらが、わが国の世界樹です」

 黒焔の王子が、枯れた私の背丈ほどの木を前に言った。

「これが世界樹ですって?」

 女公爵であり、父に呪いをかけた母が死んだとき、一度だけ私は父たちの故郷へと連れ帰ってもらった。 空を隠すような王城の上一面を覆いつくすような巨大な木だった。

 両王子は私の前に膝をつく。
 それにならって、私達を見守っていた王族貴族も膝をついた。

 そして歩みよってきた王様が言うのだ。

「我々の世界樹を目覚めさせるのだ」

 何を言っているのか分からなかった。

 そんな私の顔を姉と婚約者が眺め見て、手をとったまま世界樹の前まで連れて行き、取っていた手を枯れて子供の胴ほどの世界樹に手を掲げさせた。

「何なの?」

 不安そうにしても、押し付けた手は放してもらえず、父と義母は呪文を唱えだす。

「「世界を守る、気高く優しき尊し母よ。 気高き力、慈悲深き心をもって、我が子の嘆きに応え、目を覚ましそのかいなを広げたまえ……」」

 その後の呪文は、私が学んだ事の無い言葉の羅列だった。

 いや、それ以前に、枯れた木に私のマナが魂が吸われていく。

 見えるのは、この国では見る事の出来ない広大な星空。 大地深く根を張り、大地を抱き、それは蓄え爆発寸前になっている巨大な実を抱えていた。

 根の下には巨大な空洞と、石造りの神殿。
 今は人のいない、それこそ神々の世のように美しい場所。

 妖精たちが語り掛けてきた。

『お帰りなさい姫様』
『お帰りなさい私達のオチビちゃん』

 歓迎の言葉とは裏腹に、私が生まれてからため込んでいたマナは凄い勢いで世界樹に吸われていた。 膨大な力を溜め込んでいるにも拘らず。

 そして……竜の広間に不似合いな貧弱な枯れ木は、今は水晶のような美しさを取り戻し、背を伸ばし枝を伸ばし葉を広げ、竜の広間一杯に広がって行く。

 あぁ……国によって、世界樹は違うんだ……。

 良く分からないまま、私は倒れた。

 倒れる瞬間……キラキラと輝く水晶で出来た世界樹が私の姿を映し出す。 まだ子供で痩せていて、女らしさの欠片も無く、公爵家の子と言うには、質素なドレスで……それでも必死に恥をかかないように体裁を整えていた私の姿は……世界樹が少し前までそうだったように枯れた木の枝のようになっていた。

 倒れ込む私を支えようと2人の王子が前にすすむが、姉と婚約者が阻止した。

「殿下方が触れて良いものではありません」

「なんと、なんと醜い……」

 そう嘆いたのはこの国の王だった。
 そして国王は続けた。

 穢れに満ちた汚物を眺めるような視線を向け、

「世界樹が復活した暁には、我が王子のいずれかの妻として王家に迎えようと思っていたが、それは余りにも余り……、これは約定違反だぞジェフリー!!」

「世界樹の復活ともなれば、その見た目がおおい変わるのは伝えていたはずです。 それほど大変な術なのだと申したではありませんか」

「まさか、このような老婆になるなどとは……いや、これでは屍だ……屍を我が国の妃として迎える等とは誰が想像すると言うんだ!! 私が想像していたのは復活した世界樹のような美貌だ!! このようなものを我が国の王妃として迎え入れる訳にはいかんん!! 詐欺だ、規約違反だ!!」

「そう叫ばずとも、王がそのように申されるのは予想しておりました。 その予想通り出会ったことが非常に残念でなりません……。 ですが、我々も陛下の拒絶を押し切り約定を守れと言うつもりはありません。 ご安心くださいませ」

 父は仰々しく頭を下げた。
 下げた頭の先で、馬鹿にしたように鼻で笑う。

 そもそも私にはヨハンと言う婚約者がいる訳で、王子の妻と言うのは国王陛下の勝手な押し付け的な褒美に過ぎないのだ。

「世界樹復活の祝いの席に水を差すつもりはありません。 我々はここで帰らせて頂きます」

 頭を下げる父に続き、姉、私を抱き上げた婚約者が、父にならって国王陛下に対して略式の礼を行った。

 そして、私達が帰ろうとする背に声がかけられる。

「我らが大切な人です。 お守りさせてください」

 そう告げる白氷の王子。

「いえ、結構ですわ。 殿下は今宵この国の復活を祝いお楽しみくださいませ」

 妖艶な笑みを浮かべ、姉は王子の言葉を恭しく拒絶した。



 馬車に戻った家族たちは……王家の国王陛下の対応を怒るでもなく、こらえきれない悦びに顔を歪めているように……薄れる意識の中、笑う家族を見たような気がした。
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