私を裏切った運命の婚約者、戻って来いと言われても戻りません

迷い人

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03.雨が降る

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 枯れ木のようになった私の身体を、ヨハンは怯える事も嫌悪する事も無く抱き上げ抱きしめ支え、姉は間接も硬くなった私の手を握りしめながら馬車へと向かった。

「さぁ、帰りましょう……偉大なる方々にとって、私達は使い捨てなのでしょう」

 怒りと悲しみの混ざる姉の声が聞こえた。

「止めなさい……偉大なる方々にかかれば、どんなに魔導を極めた私達でも……」

 父も義母も姉もヨハンも怯えたように言葉を閉ざした。

 でも実際は、私達は私達が思っている以上に、彼等にとって小さな存在だったのかもしれない。 竜の民たちは世界樹の復活を祝い、酒を掲げて乾杯の声を上げ歓声をあげ、祝福の言葉を次々に王に告げ始めていた。

「殿下たちも、お祝いにお戻りください」

 父は、見送ろうとする黒白の殿下に恭しく頭を下げた。

「礼は改めてさせていただこう」

「いえ……良いのです……。 これが運命なのですから」

 その父の声に含みがあるように感じたのは、きっと私の耳が徐々に遠く聞こえ辛くなっていたからに違いない。



 そして馬車の中。
 ガタゴト揺れる振動に私の強張った身体が揺れる。

 寒い。

 痛い。

 乾きが……ツライ……。

 喉をかきむしりたい衝動に手を動かそうとしたが、間接が固まったように動かす事が出来なかった。

 ツライ……。
 苦しい……。
 寒い……。
 痛い……。

 馬車に乗る頃には、何も見えず、聞こえなくなっていた。

 何も無い……。
 何も聞こえない。

 孤独に叫びたいけど、叫ぶ声を失っていた。
 泣きたいけれど、涙を流す事が出来なくなっていた。
 


 なにもない暗闇に慣れれば、やがてこの国を満たす薄いマナが見えた。 物凄くまばらだけど……それでも微かにソレは存在している。

 魔導師にとって重要なのは、マナの循環。
 世界のマナと自分のマナを練り合わせる。

 幼い頃からずっと訓練してきた。

 だけど、上手く出来なかった。
 上手く出来ない私を導いてくれたのがヨハンだった。
 未来の夫として……。

『導き手は特別な関係となるから。 彼はシーラの運命の相手なんだよ』

 そういって、ヨハンは私の導き手、婚約者となったのだ。

『シーラ、私のマナを感じ取って』

 手と手を取り合い、重ねて、ヨハンはマナを流してくれる。
 優しく甘く、口づけのように。

 身体中を巡る自分以外のマナが巡る時、苦しいのに身体の内側がジンジンと痺れる不思議な感覚がした。

 それを思い出すと、胸がくすぐったくも温かな思いがする。

『ヨハン……』

 そう心の中で呟けば、ヨハンのマナが私の中を巡りだす。 乱暴に荒々しく、抉るように……。

「良い子だねぇ~。 こんな姿になっても、良く私の魔力に馴染んでくれているようです」

 ヨハンのマナが巡る事で、私は外の音が聞こえた。
 うっすらとだけれど、周囲が見えるような気がした。

 私は、小さな子供が作った木の枝を縄で結んだ人形のように、馬車の壁に背を預けて床に座っていた。

 髪から頬がゴシゴシと撫でられる。

「良い子だ」

 枯れた肉体が、ヨハンのマナを吸い、その手の滑らかな質感を感じ取ることが出来る。 ゴトンと言う馬車が小石に跳ねる勢いに、私はヨハンの手に頬を摺り寄せた。

「おや、危ない」

 抱きしめるように、私の身体が支えられる。

 こんな姿になっても受け入れて貰える……それは凄い悦で、私は動かない身体の変わりとでも言うように、私の中を巡るヨハンのマナに寄り添った。

 マナが巡り、巡る、乱暴に荒々しく……。

 んっ……ふぅっ……。

 苦しいのに、どこか甘い感じがした。

 身体を巡りに巡り……ヨハンのマナは私の内側に何かを求めているように感じ取れたけれど、それを考えるだけの余裕はなかった。

 ぁ、はぁ、んっふぅ……。

 心が震えて見悶えるが、私の枯れた身体は動く事も、声を漏らす事も出来ない。 マナが巡りに巡る乱暴に何かを探すように、急ぎ走り、苦しく……そして、甘い。

 やがて、細い、細いマナの道を見つけたヨハンのマナは、そこを突き抜けて行った。 身体に走るのは激しい慟哭のようで……私は、その訳の分からない……乱暴な……気持ちよさに気を失い欠けていた。

 そこに……別の魔力が流れ込んだ。

 ヨハンを通して、父の母の姉の。

 雨、雨、雨、雨、雨雨雨雨雨雨雨 延々と脳裏に響く叫びのような羅列された音のようで文字のようなソレに、私は耳を塞ぎたくなるが、身体は上手く動かす事ができず。 雨を求める寒さに身体が震えた。

 雨が降って来る。
 激しい雷を伴う雨。
 冷たく激しい雨。

 寒い。

 雨が降って来る。
 雨が降りしきる。

 私の内に雨が溜まる。

 それは、暴力に等しかった。
 周囲を寄ってたかって殴りかかられるように、私は、父の、母の、姉のマナを拒絶していた。 そして拒絶すればするほど……こじ開けようとして乱暴に殴りつけるそれを私は受け入れる事が出来ない。

 雨雨雨雨雨雨雨、荒れよ、吹け、雷よ音楽を奏でよ。

 父の声が聞こえた気がした。

 身体に慣れないマナは、乱暴で乱雑で、私を削る。

 痛い、ツライ、苦しい……どうして、こんな事をするの?!

 寒い……。
 寒いよ……。

 私は、その痛みに耐えかね逃げていた。

 乱暴に殴りつけるように私の身のうちを削るマナは、私と繋がる何かへと流れていく。 それがとても乱暴で、乱雑で……ザラリザラリと削られ……痛みや苦痛となる。

 私はソレが嫌で逃げ出す……。

 深く深く、沈み、安全な場所を探し行く。

 ぴちゃん、ぴちゃん。

 落ちる水音は、楽器の音のように心地よくて……気持ちよくて……だから私は温かな優しい音へと意識を向かわせた。

 そこは世界樹の下。
 世界樹の根は大きく広がり巨大な空間を作っていた。

 網目のように張り巡らされた淡く輝く水晶のような世界樹の根は、どんな芸術品よりも美しいに違いない。

 地中の中に広がる大地。
 水晶の花々が咲き広がり、様々な属性を持つ柔らかなマナが淡く輝いている。

 ぴちゃんぴちゃん。

 落ちる水音は、巨大な湖を作り出していた。
 淡く輝くマナを映し出し、湖も輝いている。

 この水は飲めるのだろうか?

 水の中に手を差し入れた。

 肉の器がないため、水は私の手を素通りするけれど、手の中には水をかたどったマナが残っていたから、私はそのマナに口をつける。

 甘い……。

 私は飢えた獣のように、湖の水を飲んだ。

 ふぅ……。

 息をついて、冷静に私は周囲を見回す。
 ようやくそれだけの余裕が出来たのだ。

 余裕が出来れば、聞こえなかった声が聞こえ始める。

 雨を呼ぶ声ではない。



 コレは……何?



 そう思った瞬間、私の魂は世界樹の元から離れた。

 見下ろすのは私の身体。

 ベールをつけ、手袋をはめ、分厚く肌を隠すようなストッキングを履き、肌を一切見せる事無い姿で、棺桶に寝かされていた。

 外は雨が降っていた。
 雨がざぁざぁと、見たことがないほどの激しさで降っていた。

「成功したらしい」

 父が言う。
 そんな父に寄り添い義母の口元が歪んだ。

「私達の人生を無茶苦茶にしたこの国の者達に復讐を……」

 義母の言葉に、あぁと頷いた父は呪文を唱えるように私の耳元に囁き、その手をヨハンの背にあてた。

「シーラ、雨を降らせるんだ。 雨をざぁざぁと降らせるんだ。 この横暴で尊大で身勝手な竜の民の国に雨を降らせるんだ」

 父が語る中、ヨハンは私の手を包み込むように握りしめていた。



 雨が降る。
 雨が降りしきる。

 この雨が、世界樹の力だと竜の民はまだ誰も気づいていないに違いない。
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